中編。放課後の恐怖、オタクワールド。
「なんか今日眠そうだよねノリきゃん。どしたの?」
次の日、またもお昼。えみリッチにニヤニヤ顔で言われて言葉に詰まった。
「ちょっと、ね」
子供趣味に手を出しました、その結果眠れませんでした。なんて言えるわけがない。
「あっ、ちょっと スマホとんないd」
「お、おお! そうか、そうかそうか。ついにノリきゃんもこっちに足を。キュッキュッキュ」
喜びを抑えられない、そんな顔。
「……笑い方、おかしいよね?」
「噛み殺しきれない笑いだとなぜ気付いてくれないんですか先輩」
「……先輩? しかもなんか、声が急に静かになったし」
「よし、これはみんなに連絡せねば」
スマホを投げつけるようにこっちに返して来た。
目を丸くしてるあたしをよそに、えみリッチは自分のスマホを取り出して、
「え? なにそのスピード? 早すぎなんだけど??」
スマホが付いて来ないぐらいのスピードで、メールを打ち始めた。
昨日のメールも、こんな調子で打ってたんだろうな、えみリッチ。もうちょっとゆっくり打った方が効率はいいと思うんだけどな。
送信を終えたみたい。そしたら数秒後に、教室の数か所から「おお」って言うどよめきが上がった。男女どっちの声もした気がする。……気味が悪い。
「ふっふっふー」
噛み殺しきれない笑みをまたしてるえみリッチ。こんな顔、あたしと話してる時、一回もしてくれたこと……ないなぁ。
*****
「さ、我らが『議場』に参ろうではないか、同士よ」
ニコニコなのかニヤニヤなのかわからないけど、唇を逆ヘの字にしながら、えみリッチが言って来た。放課後だ。
「議場? ああ、視聴覚室ね。でも、あたし きっと邪魔になるわよ」
「いいのいいの。空気を味わってもらえればいいんだから。ねっ」
そんな満面の笑みでゆわれてしまっちゃ、行くしかない。
正直、気がすごく重たいけど。
「諸君。揃っているかな~?」
視聴覚室のドアを重たそうに開けて、えみリッチが中に声をかけた。
「おう」
「三人ともいるよえみりにゃん」
「ハイル! 猫耳プリンセス!」
なに……最後の。
「ほらノリきゃん、座って座って」
言われるまま、あたしはえみリッチの右隣に座る。
「我が家気分ね……」
「実家のような安心感」
「なに楽しそうに言ってんのえみリッチ?」
視聴覚室の中には、あたしとえみリッチを除いて男二人女一人の三人がいた。
その中には、
「うわ……」
ぼっち飯の姿がある。
「感謝するぞ、猫耳プリンセス。我がターゲット、ポニ天使をこの場へ引き込んでくれたことをな」
「え?」
思わず声が出た。だって、ずっとつっぷしてぼっち飯食べてるような奴が、このテンションよ。驚くなって方が無理だってば。
「いやいや鹿元くん。これはノリきゃん……畑宮のりかの意志だよ。わたしはなんにもしてないよ」
「ちょっとえみリッチ、フルネームバラすのやめてよ」
今、三人ものオタクにあたしの個人情報が、一つ開示されてしまった。
「って言うか帰らせて」
「駄目~」
「教室であんな宣言したのに、こっから出るとこもし誰かに見られたら、変な噂立てられるじゃない。ごめんよ、そんなのっ」
席を立とうとしたら、
「おい、聞いたかっ」
「えっ? なに?」
ガタっとすごい勢いで席を立った男子に驚いて動けなくなってしまった。
「いっしょに帰ってるの見られて噂されると恥ずかしいし。あのドギマギメモリアル最強のメインヒロインの台詞を、素で放つ強者だぞっこいつっ! 確保しろっ!」
わけのわからないことを捲し立てている。
「らじゃー!」
「ちょっとえみリッチカバンかえしてっ!」
「駄目です」
「なんでよ? 理不尽でしょ!」
「今日わたしについてきた。ノリきゃんの意志で。ならいっしょにすごすのは道理っ!」
「なによその理由?」
「諦めろノリキャノン。えみりにゃんが友達である以上、こうなることはさけられなかったんだぜ」
「なによそれ? って言うか変なあだなつけないでよ?」
「オタク嫌いのわりに、ずいぶんノリがいいじゃない ノリキャノン?」
「だから変なあだなつけないでって!」
奪い返すチャンスを伺ってるけど、あたしのカバンを、まるで自分のカバンみたいに大事そうに抱きしめてるえみリッチからは、とても抜き取れそうにない。
その頑固な様子に、あたしは奥歯を噛んだ。
「あぁもぉ、わかったわよ。いればいいんでしょ、いれば!」
「「「「おお」」」」
「え? なに?」
「やれやれ系主人公台詞を素でっ!」
「なに? なにに感激してんの?」
女子が、右の手を握りしめて謎の感激をしてる。
「こやつ、できる」
「なによ、その驚き顔は?」
鹿元じゃない方になぜか驚愕された。
「ポニ天使。その黒髪の向こうには、主人公としての潜在能力があると見たっ!」
「なんの納得なのよ?」
鹿元になにかを、机を叩いて大げさに納得された。
「これは、まさかの展開だよねぇ」
「なんなのよ、あんたたちのその無駄な息の合いっぷりは?」
えみリッチに深々と頷かれた。
「はぁ、頭痛い。テンション高すぎよ、あんたら」
「おお、ポニ天使が前世の記憶を思い出さんとしているっ。これは更なる主人公力の目覚めの前触れではないのかっ?!」
「あんたたちのせいで頭抱えてんのよ。オタク語でまくしたてないでくれない?」
あぁもぉ帰りたい。
「ノリキャノン、あきらめも肝心だよ」
「えみリッチまでその呼び方しないでよ……。って言うかキャノンってなによ?」
誰もあたしをフォローしないので、呆れた息交じりに目を苛立ちに細める。
「大砲のことだよ。音の響きからするとバンキャノンのことかな?」
「なによ、それ?」
「駆動戦士バンダム、そのモバイルスーツの一体の名前だよ」
「ああ、うん。ぜんっぜんわかんない」
「なるほどバンキャノンか、気付かなかったなぁ」
女子が感心したように言う。へぇ、みんな言ったこと全部、即座にわかるんじゃないんだ。
「えみりにゃんは広く浅いからなぁ。八方美人はよくないぞ~」
「ちっちっちー静香ちゃん、いつも言ってるじゃない。面白い物に垣根はないの。わたしは面白ければ飛びつくだけ」
ふぅん。それぞれ得意不得意があるんだ。
「なるほど、だから猫耳なのか。自分をわかったパーツ選びしてるなえみりにゃんは」
「セイヤー、これはコスプレ衣装じゃないの。小学生のころに流行ってたの。気に入ったからそのまま使い続けてるだけ」
赤い猫耳カチューシャを指さしながら、むっとして言うえみリッチ。何回か言ってるのかな?
「物持ちの言いことで。俺なんかデストロイヤーって呼ばれてるからなぁ、羨ましいぜ」
えみリッチ。よくこんな連中相手に平然と、しかも全部捌けるなぁ。
おまけに……あたしと話してる時とは違って、悲しそうな顔まったくしてない。ここがえみリッチのホームなんだな。そう理解するには充分だ。
ーーすっごい疎外感。