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前編。否オタな彼女とオタクな彼女。

ほんのりとユリが入っております。どうしてこうなった……。

 バシッ。

 学校指定のカバンになにかが命中した感覚が、あたしの歩みを止めさせた。

 ん? っとカバンに視線を落とした直後、正面から声が聞こえた。

 

「フフフ。これで、マーキングは完了した。ハーッハッハッハッハッハ!」

 

 睨み付けるように顔を上げたら、そこにいたのはうちの学校の生徒だった。

 

 そいつとあたしの目が一瞬あった。そしたらそいつは、湯気でも上げそうなぐらい真っ赤になって、ドタドタ慌ただしく 逃げるように走り去っていった。

 ……あたしの顔。そんなに怖かったのかなぁ?

 

「マーキングって、え? ちょ、まさか今のって?」

 銀杏並木のド真ん中で小さななにかをぶつけられ、マーキングだなどと言われれば思いつくのは、あの悪臭球体。

 

 でも、幸いあたしのカバンにはなんの臭いもしてなくて。ほっと深く安堵の息が出た。

 

「いったいなんなのよ、あいつ」

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「ねえ聞いてよえみリッチ~、昨日さぁ」

 次の日のお昼時。あたしは友達の神田えみりことえみリッチに、あいつのことを話していた。

 

「ふー、ほーはふはー」

 お惣菜パンにかじりつく様子が、猫耳カチューシャつけてるけどリスみたいでかわいい。

 

「ちゃんと聞いてないでしょ」

 いつもはニヤニヤしながら眺めてるんだけど、今日は頬袋をおもいっきりつっついてやろうかと思ってしまう。

 

「ふぅ。で? 変な奴ってどんな奴?」

 アニメ声のえみリッチに一つ頷いて、あたしは答えた。

 前にアニメ声って言ったら、それ言うの禁止ってトーン落として言われてゾっとしたから、口には出さないけどね。

 

 偏見まみれな言い方しないで、だって。オタクの感覚ってわかんない。

 

 正直あたしはえみリッチがかわいらしいから友達やってるだけでオタクは嫌い。アニメとかゲームとか、そんな子供趣味をいつまでもやってることが、あたしには理解できない。

 

 

「なんかをあたしにぶつけて、『マーキングは完成したのだー』とかわけわかんないこと言って逃げてったのよ。なんなのあれ? ひとこと言ってやりたくってさ」

 

 昨日のいらいらを吐き出すあたしとまったく逆で、えみリッチはまるっきり普段通りに、

「あぁ、それたぶん鹿元くんだね」

 言って窓側の一番後ろ席を指さした。

 

 そこには俯いてるネクラそうな男子生徒がいた。教室でお弁当を食べるのが悪いことみたいに、隠すように箸を動かしている。

 

「あれが昨日のあいつ? ぜんぜん結びつかないんだけど?」

 って言うかぼっち飯するならここじゃなくてもいいじゃない、むしろやめてよ。空気悪くなっちゃうじゃない。

 

「だって鹿元くんぐらいだもん、そんな厨二病的なこと素で言えるの。あの開き直りっぷりには、憧れすら抱くよ」

 とかよくわからない持ち上げ方をしてるけど、えみリッチがなにを言ってるのかあたしにはわからない。

 

「なに? そのちゅうにびょうって?」

「いいのいいのノリきゃんは知らなくて」

 そう言って右手を左右にふりふりしている。ちっこいってほんと、なにやってもかわいいんだからズルイよなぁ。

 その分、アニメ声に対する嫌悪感の凄まじさがすごくよくわかったんだけどね。

 

「なんか、ハブられてるみたいでいやだな、それ」

「だって、ノリきゃんオタク嫌いじゃん?」

 こう言われてしまってはぐうの音も出ない。そして、いつもこうやってえみリッチはオタク話をあたしから遠ざける時、悲しそうな顔をする。

 

 

「それで? 鹿元くんも立派にオタクだけど、そんな彼と話したいの?」

 今さっきの悲しそうな顔が見間違えだったのかって思うほど、あっさりとえみリッチは元の表情に戻って、いたずらっこみたいな上目遣いで聞いて来た。

 

 ーーほんと、ちっこくて童顔でつぶらな瞳で。いつ見てもかわいいよなぁ。猫耳カチューシャがすごく自然に見えるのもすごいと思う。

 

「いやよあんなネクラに話しかけるのなんて」

 名前なんて知りもしなかったけど、えみリッチが言うその塚本ってのがあいつらしいことはわかった。

 

「なんでぇ? 文句言いたいんじゃないの? むっじゅーん」

 つっつきながらからかいテンションで言って来るえみリッチのほっぺを、あたしは両頬ともむにーっとひっぱってやる。

 

「うるさいなぁこのぉ」

「いふぁい、いふぁいー」

 痛がってるわりに楽しそうだ。もしかして、えみリッチってドM?

 

「じゃあさ。近付きたくないんだったらメールにする?」

 両頬をぎゅーっと抑えながら言うえみリッチのそのポーズ。やば、かわいい。

 

 

「あの、さ? なんでそんな積極的なのえみリッチ?」

 わからない。なんでこんなに塚本にあたしを接触させたがるのか。いや、文句言いたいって言ったのはあたしだけど。

 

「わたしオタク仲間だからメアド知ってるけど」

「聞いてよ、って言うかあんなのと知り合いなの?」

「うん」

 い……いったいどこからこの二人に接点が?

 

「で? 今直接文句言うの? それとも文字で言うの?」

 どっちどっちぃ? ってつっついて来るえみリッチに負けた。

 

「はいはい。あんなネクラとメアド交換なんてごめんこうむるわよ」

 はぁ、と憂鬱な息を吐いてから、あたしは少しだけ端っこ側席に移動した。

 

「だめだめ~、鹿元くん席に近づかないと話せないでしょ~」

「完全に遊んでるわね……」

 えみリッチこんなごり押しするような子だったかなぁ?

 

 机二つ分塚本の方に近づく。ま、この辺りなら聞こえるでしょ。

 

「塚本」

「違う違う、しかもと」

「どうでもいいでしょ、これっきり喋らないんだから」

「うわぁ。バッサリだなぁ」

 苦笑するえみリッチだけど、そんなのかまわずあたしは言いたいことを叩きつける。

 

「マーキングだかなんだか知らないけど、話がしたいなら普通にすればいいでしょ 小学生じゃないんだから。でも、あたし あんたみたいな変人オタクとはかかわりたくないんで、話しかけないで」

 言って教室を出る。えみリッチがおっかけて来るのはいつものことだからスルー。

 

「容赦ないね、ノリきゃん」

「そう? いやだからいやって言っただけじゃない」

 

「……そうか。心の壁か。A・T・F、エア・テリブレイト・フィールド。その正体が、人の拒絶だったとはな」

 いきなり立ち止まったかと思ったら、えみリッチはわけのわからないことを、さもあたりまえのことのように驚愕の表情まで作って言い放った。

 

「なによ、その気障ったらしく作った声は?」

「……ごめん。旧世紀アダマタリオンの。アニメの台詞なの」

 今度は申し訳なさそうな顔をする。心と顔が素直に繋がってるのも、またかわいいと思う。

 

「ああ、アニメの台詞なんだ?」

「うん。いつもごめんね。気 抜くとつい出ちゃうんだアニメの話」

 はぁ、となにかを諦めたような息を吐いた。あたしはなにも言えなかった。

 

 えみリッチの落ち込んでる時のテンションって、すごい心にズッシリ来るんだよなぁ。

 

 

***

 

 

「はぁ。なんでこんな疲れてるんだろ、あたし」

 あたしは帰り道、昨日と同じ銀杏並木を歩きながら、疲労感を吐き出した。

 

 帰宅部のあたしはサクっと下校する。けどえみリッチはオタク仲間で雑談してから帰るのが日課らしくて、毎日飽きもせずオタク談義に花を咲かせてるんだとか。

 楽しそうに視聴覚室に向かうえみリッチを見て、今日のあたしはなんだかダメージだった。

 

 あの楽しそうなえみリッチと、あたしにオタク趣味のことを抑えて話してるえみリッチ。

 同じ人のはずなのに、なんだかすごく距離を感じる。意識したら、胸がきゅっと締め付けられるような苦しさを感じた。

 

「オタク仲間でメアドも知ってる……か」

 お昼のえみリッチの言葉が不意に戻ってきた。ひょっとしたら、あの楽しそうな顔のえみリッチと、あのネクラは話ができるのかもしれない。

 

 そう思ったら、悔しさがふつふつと湧いてきて。それがあたしの足を加速させていた。

 

 

「えみリッチと距離を縮めるには、どうしたらいいんだろう。やっぱり、オタクにならなきゃいけないのかなぁ?」

 ベッドに腰を下ろしてスマホとにらめっこしながら、あたしは独り言を言った。

 えみリッチと距離を縮める? フフフ。なによこの思考回路。相手は同性の友達なのに。

 

「たしか、えみリッチ 何回かスマホゲーって言ってたような気がする。たしか、スマホ向けのゲーム、とか言ってたっけ。スマホにゲーム、ねぇ。そんなのあってどうするんだろ。子供のスマホ人口なんて、それほど多くないでしょうに」

 子供趣味なんか、って気持ちはかわらないけど。それでも……ちょっとだけ、調べて見るかな。あのネクラに負けてると思うと、その勇気が出てきた。

 

 

「うわ、なにこれ? スマホゲーって言うの、こんなに種類があるの?」

 びっくりした。ゼロが何個あるんだ、ってぐらい検索結果が出てきた。

 

 殆どがそのゲームの攻略のためだけに作られたwikiだったり、個々のプレイヤーの感想ブログだったりだけど。

 ちょっと覗いてみたけど、ウィキの中身はあたしには暗号にしか見えなかった。これが、全部プレイヤーによる情報提供らしい。なんなの、この無駄な労力……。

 

 感想ブログもちょっと覗いてみたら、やっぱりこれも暗号みたいだった。

 

 

って言うか、感想ブログもwikiも 文面からするとみんな子供じゃない。なんなの? 世の中みんなオタクなの? あたしがおかしいの?

 

 

 感想ブログもwikiのコメント欄も。すごく楽しそうで、生き生きして見える。めんどくさいって言ってるわりにはやめてないし、そこから得られたことを全力で喜んでるのが伝わって来る。

 

 わけはわからない。でも……なんだか、すごく。いいなって。

 羨ましいって。そう感じてる自分が不思議だ。なんで、そんなこと感じるんだろ?

 

 

「全力……だから。かな?」

 天井を見つめて一息吐く。あたしにないから、羨ましいのかな?

 あんまりにもスマホゲーでヒットしたページの数が多すぎた。でも、ゲームを絞り込もうにも、なにがどうなんてわからない。どうしよう……。

 

「そうだ。えみリッチに聞けばいいんじゃない」

 灯台下暗しって奴だった。あたしはえみリッチにメールをした。スマホゲーのお薦めはなにかある? って。

 

 彼女は今時珍しく、電話以外の連絡手段はメールしかやってない。他のは拘束されるような感じがして窮屈なんだって言ってたな。

 

 

「……な。なにこれ?」

 十分ぐらい後。驚くような長文メールが返って来た。って言うか嘘っ、こんな文字数を十分程度で打ったのあの子?

 

 

 曰くゴッサーこと、FighteファイトGotゴット Oatherオーサーって言うのがかなり人気らしい。

 その作品とやらについて延々書かれてたけど、これもやっぱり暗号だったから、ゲームのタイトルだけをコピーして検索した。

 

 って言うか、なんでファイトにeつけてるんだろ? 打ち間違えたのかな?

 

 

 えみリッチの言葉に嘘はなく、これだけでさえとんでもない数のページがヒットした。どれもこれも、全部ファイトにeがくっついてる。これ……正しいタイトルなの? もしかして?

 

 

 

 とりあえずえみリッチにお薦めされたから、これを始めてみようと思って手を出した。

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