37-2.物流の進化で世界が変わる!?
前項では物流の現状と、そこに垣間見える可能性の片鱗について考察しました。
本項では、物流の進化とそれで変わるもの――これに考察を巡らせます。
まず3Dスキャナに目を向けると。
その精度は馬鹿になりません。
医療用というレヴェルまで視野に入れるなら、CTスキャンやMRIだって立派な3Dスキャンです。
そう、これらの方式を3Dスキャンとして見ると何が視野に入ってくるか。
それは“内部構造を含めた3Dスキャン”というものです。言うなれば3D設計図がリアルタイムで出来上がっていくのです。
例えば歯型。義歯を作ろうと思ったら、元からある原型に忠実な形状を再現できることになります。
例えば骨格。人工骨を製作するのには欠かせませんね。
応用例はなにも人体に限ったことではありません。国宝級の仏像など、原型を研究し修復する試みもなされています。
さて一品物のオーダ・メイドに話を戻しますと。
巻き尺一本での採寸は腕の見せどころ、という考え方もありますが。逆を言えば、“よほどの腕前でない限り、どうしても誤差が出てしまう”ということでもあります。
ところが、3Dスキャナは立体形状そのものをデータとして取り込みます。言うなれば、誰が測っても誤差が極めて小さいのです。
しかももっと重要なポイントがあります。
実はもっとも重要な鍵となるのは“型のデータ化”、これに尽きます。なぜなら、データはどこへでも送信が可能であるからです。
これが何を意味するかというと。
街角の3Dスキャナで採寸した型データを基に、遠隔地の熟練工に加工してもらうことも可能になります。
なんだ、結局は物流網で運んでもらう話でしょ? ――そうお思いの向きにはもう少しお付き合い願うとして。
ここまでで、重要なポイントがあったことにお気づきでしょうか?
それは“3Dデータの送信”です。
データの送信先が職人でなく、顧客の最寄りの物流拠点であったらどうでしょう?
――物流網に大革命が起こります。
送り先の目と鼻の先でモノが出来上がっていくのです。運ぶ距離はほんの少し、物流センタから小口配送する程度にまで簡略化されます。
いやいやデータは遠隔地の熟練工のところへ送信するんじゃなかったの? ――そうお思いの向きもありましょうが。
実はこの熟練工、大部分で置き換えが利くとしたら、さてどうでしょう?
ここで最重要ポイント、鍵を握るのは。
――3Dプリンタです。
いやいやただのプリンタでしょ? せいぜい玩具をプリントするのが関の山じゃないの? ――そういう認識はすでに昔のものとなりつつあります。これは『テーマ35.未来が“印刷”されていく!? ~3Dプリンタが切り拓く可能性~』でご紹介しましたが。
GE(General Electronic)社では、航空機用エンジンの中核部品さえ、すでに3Dプリンタで製造しています(※1)。それどころか、むしろ3Dプリンタでなければ製造できない形状すらあるほどです。さらには、3Dプリンタは部品の成形と組み立てを同時にこなす可能性すら秘めています。ロボットすら“印刷”可能――というのが『テーマ35.』で申し上げた結論でしたね。
これが意味することは何か。
高精度な3Dプリンタさえ物流拠点に備えることができれば、物流拠点間の輸送が不要になるのです。要は、配送先の目と鼻の先で現物を“印刷”してやればいいのです。
もちろん素材は必要です。こればっかりは3Dプリンタの元へ運ぶなり近くで製造するなりしなければなりません。
ですが、素材は完成品に対して圧倒的にコンパクトです。理由は簡単、間に余計な空間を挟む必要が全くないからです。言うなれば搬送効率100%。これ以上ないほど効率的に物資が輸送できることになります。
何だ、長距離トラックの数が減るだけ? ――いえいえそれどころの話ではありません。
何もない極地へ3Dプリンタと素材を送り届けたなら、さてどうでしょう。
最も解りやすいのは宇宙空間。
軌道エレヴェータが実現したならともかくとして。その前段階、ロケットで打ち上げられる物資は極めて限られます。これは『テーマ33.宇宙へ飛び出せ! ~地球から身軽に飛び立つ可能性~』でお話ししました通りです。
現状のロケット技術では、どう足掻いてもロケットの質量のうち1割も物資を打ち上げることはできません。質量のほとんどはロケットそのものを加速する燃料、これを運ぶのに費やされます。要は搬送効率が極めて低いのです。
これが意味するところは――宇宙空間へ送り出す物資は、極めて厳しい水準の搬送効率を求められるということです。
裏を返すと。
3Dプリンタと素材を打ち上げるとするならば。搬送効率は限りなく100%に近付きます。あとは現地、すなわち宇宙空間で必要な機材を“印刷”していけばいいのです。しかも3Dプリンタさえ送り出してしまえば、あとは素材を送り届けるだけで補給完了という高効率っぷりです。
何も極地に限らずとも。
例えば貧困国。ここへ開発の手を差し伸べるとしたならば。
浄水機器や井戸掘り機に農業機械、さらには農業ノウハウなど必要なものは山とありますが、彼らに資金はほとんどありません。コストをかけずに高効率で物資を届けるにはどうするか。
3Dプリンタと素材を送り届けたならば、さてどうでしょう。
現地で必要な機材が、衣料が、住居が、どんどん“印刷”可能になります。さらにはロボットも“印刷”可能となれば、一気に社会インフラを整備することすら不可能ではありません。
こうして開発した貧困国からは、“電脳化”で労働技能を供給することが可能になります。これは『テーマ14.義体を操れ! ~“電脳化”が世界を揺るがす可能性~』でも申し上げたことですが。“電脳化”で義体を遠隔操縦することで、国境をまたいだ労働技能の提供が可能になるのです。
これが意味することは何か。
貧困国は資源も労働需要もないから貧しいのです。ですが、遠隔地へ労働技能を提供できるとなれば話は大きく変わってきます。貧困国が貧困国である理由がなくなるのです。
そして購買力を手にした彼らには、3Dプリンタで物資を“供給”することが可能になります。市場が一気に拡がるのです。そして“電脳化”、それも肉体改造を必要とせず、ARとVRを駆使して操縦感覚で電脳空間を渡り歩く“ソフト・ワイアド”は、遠からず貧困国へも普及することになるでしょう。
実は、話はここに留まりません。
才能とは一定の確率で出現する――とは、説得力のある仮説ですが。裏を返して、才能の土壌となる分母を増やせばどうなるでしょう。
具体的にはこういうことです。
高度成長期の日本を支えた才能の数々、彼らが台頭したその背景には、“一億総中流”という土壌があった――と私は考えています。
その気にさえなれば、誰でも高等教育や専門教育を受け、その才能や能力を開発できた時代のことです。その中から花開いた才能が数多くあったこと、これに私は疑いを持っていません。
ところがバブルが弾けて以降、高等教育は金持ちだけのものになってしまいました。これでは世に出る才能も減ってジリ貧一方、道理でデフレから抜け出せないわけですね。
つまり、スタート・ラインへ就いたヒトの数に比例して才能は現れる――この仮説はことほどかように説得力を持っているわけですね。要は才能開発、つまり教育というスタート・ラインへいかに多くのヒトを就かせるか――これが発展の勝負となります。
国に囚われず、ヒト全体に発展の可能性を求めた時――貧困国からの才能の発掘、その前段階としての開発は、ヒトの可能性を拡げる大いなる礎となるはずです。
そしてヒトがあまねく“電脳化”を果たした先――。
『テーマ24.“電脳化”であなたもエリート!? ~AR・VRで施す英才教育の可能性~』でも語らせていただいた可能性が芽を吹きます。ロング・テイル現象は何もマーケティングの世界だけの話ではありません。教育の需要(才能の芽)と供給(教え手)は、地理的距離を超えてどこまでも繋がるのです。結果、発掘される才能はそれこそ膨大かつ多岐に渡ることになるでしょう。
3Dプリンタを応用した物流が実現し得る可能性は、それこそ人工知能や宇宙開発、あるいは文化芸術、あらゆる方面でヒトは発展させるであろうという、これは考証なのです。
さて現実の未来はいかに出ますやらお楽しみ。
【脚注】
※1 http://gereports.jp/post/150156478384/3d-printers-at-cata?utm_source=outbrain&utm_medium=outbrain&utm_campaign=2016-04&utm_content=65881089
著者:中村尚裕
掲載サイト『小説家になろう』:http://ncode.syosetu.com/n0971dm/
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