27-2.VRに欠けているもの――“人工現実”を作り出せ!
前項では、現状ある視覚と聴覚のVR技術について振り返ってみました。
本項では、五感のうち残る三感覚をいかにして“人工現実”として再現するか――そこに考察を巡らせてみます。
さてまず触覚。これはある程度なら視覚でだませるという話があるようです(※1)。
HMD越しに“あたかも自分の身体に物体が接触しているかのような”映像を流すと、映像につられて触覚が反応するというのです。
――とは言え、これは視界に入っている部分に限ってのこと。
『iPhone6S』以降に搭載された『3D Touch』こと“深押し機構”、これは画面を“強く押す”ことであたかも“深く押し込んだ”かのような感覚を与える機能ですね。画面を深く押し込むと本体のヴァイヴレーションが効いて、実際に“深く押し込んだ”かのような錯覚を覚えます。これは今後応用が利きそうな考え方ではありますね。
応用が利きそうといえばH2L『UnlimitedHand』(※2)の示す可能性が挙げられそうです。筋肉から電位信号を取り出してジェスチュア入力を実現するだけでなく、筋肉に対して電気信号を与えることで擬似触覚をも実現するというものです。これのどこが画期的かと言って、腕に巻くだけというお手軽さ。もはや軍手みたいなVRグローヴは必要ないのです。身体の所々にベルトや腹巻きのような感覚で巻きつける触覚デヴァイス――そんな姿が思い浮かびます。
味覚――これは5基本味が有名ですね。“甘味、酸味、塩味、苦味、うま味”の5種類です(※3)。これなら、チューイングガム状の味覚刺激デヴァイスでかなりごまかしが利きそうではあります。問題はむしろ食感の再現かもしれませんね。
そして嗅覚。実はこれがかなりの難物です。
生物は鼻腔内の嗅覚受容体で嗅覚を得ているといいます。その種類は哺乳類で約1000。これだけの種類の受容体で数十万種類の匂いを嗅ぎ分けるというのです(※4)。
逆を言えば、1000の受容体に対応しないと、嗅覚のVRは厳密には可能にならないことになります。これは難題ですね。
ヒトではこのうち396の嗅覚受容体が機能しているといいます(※5)が、それにしたってハードルが高いことは否めません。
しかし半世紀ほど前の説(Amooreによる)では、“匂いは7つの基本臭で構成されている”と考えられていました(※6)。それが“エーテル様、樟脳様、ムスク様、花香様、ペパーミント様、刺激臭、腐敗臭”の7つです。
これなら完全とは行かずとも、そこそこの再現度を確保できそうではあります。VRとしては恐らくこの辺が折り合いどころでありましょう。
ではどうやって嗅覚受容体へVRの匂いを届けるか。
鼻栓型デヴァイス――では、さすがに息苦しそうですね。それに何より抵抗感が否めません。
そう考えるとHMDに装着して5種類の匂いを出すという『VAQSO VR』(※7)は一見して逸物に見えますが。
ですがこれあくまでHMDの追加装備という立ち位置に過ぎません――早い話がHMDを装着しなければならない、その一点が泣きどころ。
私の考えているVR・AR環境はHMDのような大仰なガジェットで実現するものではないのです。
これは『テーマ11.今日まとうのはどのアヴァター? ~“電脳化”がもたらす容姿の可能性~』で述べさせていただいた話ではありますが。VRもARもモバイル対応は、まず間違いなく必須事項です。街中を気軽に歩きながらVRとARを満喫する、というか生活に溶け込む――この姿が私の描きます未来絵図。
よって視覚デヴァイスは、例えばコンタクト・レンズ型のようなコンパクトな姿に収まるでしょう。何も透明にこだわる必要はありません。向こうの景色を映し出してくれれば、カメラと網膜投影機の組み合わせでも困ることはないのです――どころか、視覚合成がやりやすくなるのでそこはかえって好都合。詳細は『テーマ11.』をご覧いただくとして、ここでは“気軽に装着できる”ことを私が重視している、その一点を念頭に置いていただければ結構です。
で、肝心の嗅覚VRを手軽に実現する思想は――『塗るだけの風邪薬 ヴィックス・ヴェポラッブ』(※8)がいいところを衝いているのはないでしょうか。塗布するのは胸元、ここの体温で気化したクスリを鼻から吸収するという仕掛けです。
ならば、7つの基本臭を適切に混ぜ合わせて噴霧するデヴァイスが胸元にあれば――そう、ネックレス型に収まります。これなら装着したまま手軽に街中を歩き回れそうですね。
重要なことに、嗅覚で味覚は簡単にだますことができます。例えばかき氷のシロップ。実のところ味はどれも同じで、香りだけを変えたもの――というのは知る人ぞ知る事実です(※9)。
また、香料で炭酸水に味が感じられるというのもまたよく知られた話です。いわゆる『フレーバー炭酸水』というジャンルですね(※10)。
さらには、視覚や聴覚よりも嗅覚の方が記憶に残るという事実があります(※11)。『プルースト効果』と呼ばれていて、嗅覚の方が視覚や聴覚よりも本能に根ざした感覚であるからと言われています。
これを利用するなら、例えば印象付けたいシーンではその場の匂いを流す――という演出技法も考えられるわけですね。
――と、ことほどかようにして五感を駆使した“人工現実”VRは意外に手軽な形で実現できるであろうという、これは考証なのです。
さて現実の未来はいかに出ますやらお楽しみ。
【脚注】
※1 http://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1402/07/news003_2.html
※2 http://www.ask-corp.jp/news/2016/10/h2l-unlimitedhand.html
※3 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%B3%E8%A6%9A
※4 http://www.hansokuken.co.jp/pdf/gokan_2007_03.pdf
※5 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibiinkoka/118/8/118_1072/_pdf
※6 http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/biological-chemistry/profile/essay/essay05.html
※7 http://japanese.engadget.com/2017/01/17/vr-psvr-vive-oculus-vaqso-vr/
※8 http://www.taisho.co.jp/vaporub/
※9 http://otakei.otakuma.net/archives/2016011203.html
※10 http://lowcarbo-mec.net/20150801-flavored-non-sugar-sparkling-water/
※11 https://woman.mynavi.jp/article/131204-123/
著者:中村尚裕
掲載サイト『小説家になろう』:http://ncode.syosetu.com/n0971dm/
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