19-2.部隊の運用――隠密行動とジャミング対策
前項では、人型メカといえど数を利した戦術の強さ――これから外れることはできない、ということを考察しました。
本項ではその戦術――戦端が開かれる前の隠密行動と、戦端が開かれた後の運用について考察を巡らせます。
というわけで、まず考察すべきは戦端が開かれる以前、隠密行動下での運用でしょう。
ここでの主眼は、主に2つ。隠れて行動することと、敵に悟られずに情報を収集することです。
まず隠れて行動すること。
通信も移動も、それどころかその存在さえも、敵に悟られないことが第一義となります。そしてこの間も、味方同士では可能な限り情報を交換し合い、連携を取り合うのが望ましいのは言うまでもありません。
まず巨体は、その一事ですでにハンディキャップを背負ったも同然です。小さい方が隠れやすいのはもはや指摘するまでもないでしょう。とは言え、『テーマ7.』で考察した通り、いざ開戦となったらジャミングの嵐が吹き荒れるのは目に見えています。
よって直接操縦は大前提。その上で可能な限り小さな人型メカを追求するなら、“身長+αのパワード・スーツ”が最も適した形態ということになります。
さてここで――隠れて行動するからには、自ら行動の痕跡を残さないのが上策です。
例えば敵を探知するために、レーダやアクティヴ・ソナーのように電磁波や音波を発するのは――実は愚の極みなのです。
なぜなら電磁波も音波も、敵影を突き止めるより遥かに早く、相手に発信源を知らせてしまうからです。
ちょうど想像しやすい例えとして、“暗闇の中の敵をサーチライトで探している”姿を挙げてみましょう。
サーチライトを灯している側は敵を探しているようでいて、実は敵に自ら位置を教えているということになるわけです。隠れている敵の側からすれば、“光源=相手の位置”というわけですね。敵の位置を探している側とすでに知っている側、どちらが有利かはもはや言うまでもありませんね。これでは本末転倒というもの。
なのでここは、“お互い何の信号も発することなく、相手の姿を探し合う”というのが、戦端が開かれる前に勝敗を分ける“本当の戦い”ということになりますね。
そして情報収集。
例えば、こんな原理があります――開口合成(AS:Aperture Synthesys)(※1)。
荒っぽいのを承知で要約するなら、つまりこういうことです――より広範囲で観測したデータを合成できれば、得られる観測結果の精度は飛躍的に上がります。これまた荒っぽい要約ですが、その効果は観測点の分布する範囲(距離)を拡げるにつれ、劇的に向上することになります。つまりは、観測点をより広く、より多く分布させた方が、より高精度の観測データを得られることになるわけですね。
その効果のほどはといえば――観測点の分布をすっぽり覆う直径の大口径アンテナ、またはレンズでの観測した結果にも匹敵する結果が得られるといいます。つまり広く展開するだけ敵を発見しやすくなる道理。ここでも頭数、つまりは兵力数がものをいうわけです。
ちょうどイメージしていただきやすいのが電波望遠鏡(※2)。U.S.A.ニューメキシコ州ソコロにある、直径25mの巨大パラボラ・アンテナ27基が林立する光景を覚えておいでの方も多いでしょう。あれ、実は林立させたアンテナの観測結果を合成することで、実質直径130mのパラボラ・アンテナに相当する観測結果を得ているのです。
世界最大の電波望遠鏡システムはアンデス山脈アタカマにあるALMA(Atacama Large Millimeter/submillimeter Array)(※3)。合計66基のアンテナを集結させ、開口合成して観測する能力は、実に直径18kmのパラボラ・アンテナにも相当するといいます。
――観測結果を合成する開口合成、この威力が解ったところで。
ここでデータ・リンクの重要性が再び浮上してきます。離れた観測点同士の観測情報を共有することができれば、それだけで飛躍的に観測能力、ひいては索敵能力が上がることになるわけです。
観測データの容量は精度を求めれば求めた分だけ増大します。そうなると、通話で座標を伝え合うレヴェルとは桁外れの通信量を求められることになります。
ここで、主だった通信方式を挙げてみるならば。
1.レーザ通信:現状での通信速度は10GB/s(80Gbps)程度と言いますから、相当な通信が可能になります(※4)。ただし物が光だけに、見通しがきく範囲でしか使えないのが難点ではあります。例えば衛星高度に基地局があったなら可能な話ではあります。ということは地上戦の前に衛星軌道の制圧が必要になりそうですね。
2.電磁波通信:『LTE Advanced』(※5)では最大5Gbpsでの通信に成功しているとありますから、これまた相当な通信量が確保できることになります。ただし電磁波の発信源がモロバレになる上、ジャミングに極めて弱いことも考慮しておく必要がありそうです。
3.磁場通信:距離としては5m程度が限界ですが(※6)、逆に接触レヴェルまで接近すると省電力で膨大な通信が可能になります。その通信量は実に8Tbps、チップ間なら10Tbpsがわずか0.1Wで実現可能とされています(※7)。この磁場は範囲外へ電磁波として放出されないので、隠密性は高いでしょう。原理上、電磁波によるジャミングも受けません。いかんせん問題なのはその到達距離ですので、ここは接近もしくは接触して伝達する通信手段と割り切ったほうが良さそうです。ちょうど『機動戦士Zガンダム』で多用されたモビル・スーツ同士の“お肌のふれあい通信”、あれがイメージしやすいところではないでしょうか。
いずれも一長一短、隠密性と通信量を両立するにはレーザ通信しかないのでは? というところですが。
――何か忘れていませんか?
それは空気の振動――即ち音波です。
ADSL登場以前――アナログ電話回線モデム、あれの応用です。「ピー・ガー……」の音を思い出した方もいらっしゃるでしょう。
大音量じゃモロバレじゃん! という突っ込みにはこう答えましょう。暗騒音ギリギリの音量だったら? 味方は互いの位置を知っているわけですから、志向性集音マイクや高志向性の超音波を使えば通信は成立します。そして潜水艦ソナーで培われた音響分析技術を応用するなら、味方の発した音波信号をノイズの中から選り分けることも不可能ではないでしょう。
これに名前をつけるなら“微音波通信”とでもいうところでしょうか。伝達速度は音速(秒速約340m)、通信速度は(モデムの例もありますから)56kbpsがいいところでしょうが、何より隠密性に優れます。そして多少の障害物は回り込むなり反射するなりして到達します。ジャミングするには大音量が必要になりますが、それだと発信源はまさにモロバレ、隠密性どころの話ではなくなります。なので、使い勝手としてはそこそこいいところまで行くものと思われます。
360°カメラの大容量画像をやり取りするには心許ありませんが、ピック・アップしたい部分の観測データ、特に静止画と基本情報に的を絞れば何とかなりそうな気配はしてきます。
これなら隠密性が高いだけでなく、いざ開戦してジャミングが始まっても、最小単位(分隊)程度の指揮は執れてもおかしくはありません。
あるいは、音声で伝達できる情報+αくらいの情報なら中継に中継を重ねれば伝達可能ですから、基本的な指揮統率は取れるということになります。
また、ジャミングは両刃の剣でもあります。通信の撹乱が可能になる代わり、撹乱波の発信源がモロバレになるのです。下手をするとそこを狙って長距離攻撃の一撃を食らう、という可能性も捨て切れません。
実際、1991年の湾岸戦争以降で取られた戦術(特に『砂漠の嵐』作戦)は、開戦と同時にジャミング源というよりレーダを狙い撃ちにして相手の観測手段を真っ先に叩き潰す、というものでしたね(※8)。
というわけで開戦前、表向き平和な隠密行動下ではレーザ通信と開口合成を駆使した索敵が、いざ開戦となったら“微音波通信”が主力となって、人型メカ部隊の運用が行われるであろうという、これは考察なのです。
さて現実の未来はいかに出ますやらお楽しみ。
【脚注】
※1 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%8B%E5%8F%A3%E5%90%88%E6%88%90
※2 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E6%B3%A2%E6%9C%9B%E9%81%A0%E9%8F%A1
※3 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%9E%E5%A4%A7%E5%9E%8B%E3%83%9F%E3%83%AA%E6%B3%A2%E3%82%B5%E3%83%96%E3%83%9F%E3%83%AA%E6%B3%A2%E5%B9%B2%E6%B8%89%E8%A8%88
※4 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E7%84%A1%E7%B7%9A%E9%80%9A%E4%BF%A1
※5 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC4%E4%B8%96%E4%BB%A3%E7%A7%BB%E5%8B%95%E9%80%9A%E4%BF%A1%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%A0
※6 http://www.ntt.co.jp/dtl/technology/sd_product-near-field.html
※7 http://www.jst.go.jp/kisoken/crest/ryoikiarchive/ulp/topics/pdf/121130/06-Wireless-Kuroda.pdf
※8 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B9%BE%E5%B2%B8%E6%88%A6%E4%BA%89#.E7.A0.82.E6.BC.A0.E3.81.AE.E5.B5.90
著者:中村尚裕
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