16-2.表現媒体の変貌
前項では“多対多”と“双方向”の潜在能力を改めて確認しました。
本項では表現媒体の変貌について考察を巡らせていきます。
匿名性と引き換えに“友人のような、ある程度密な関係”を実現したTwitterにしてもFacebookにしても、“多対多”でありながら距離の障壁を取り払ってしまった好例だといえます。
それまで“多対多”の娯楽といえば井戸端会議や居酒屋での呑み話、あるいはボード・ゲームのような身近な範囲に絞られていたわけですが、ネットや(特にSNS)などが距離の壁を取り払い、その範囲を全国、ひいては全世界へと押し拡げてしまったわけです。
今や“多対多”と“双方向”を具現したネットという媒体は、あるいは“ライヴ”という“体験”の台頭は、マスメディアを“唯一絶対の発信者”から“発信者集団の一部”へと追いやりつつあります。“多対多”と“双方向”の時代が到来したという事ができますね。
では、既存の娯楽――小説やマンガなどの既存のコンテンツが全て消滅するかと言えば。
まず消滅はしないものの、その存在感は確実に薄まるものと思われます。逆にネットを活用した、あるいはネットでの話題性を利用した一部作品は、逆に存在感を増すでしょう。
少なくとも、隠れた才能が世に出る可能性、これは格段に高まるものと見て間違いありません。優れた作品、即ち“擬似体験”の需要は間違いなくあるからです。また、先に述べたように“魅せ方”については既存表現方法に一日の長があります。目の前に同じ現象が現れたとして――ただ傍観しているよりは、カットやアングルを駆使した“魅せ方”を駆使して“魅せられている”方が“体験”としては基本的に“リッチ”だからです。
ではこの“魅せ方”、ここを突破口として既存媒体の行く末を考えてみるならば。
ここで“電脳化”が絡んできます。特に肉体改造を必要とせず、拡張現実(AR:Augmented Reality)と仮想現実(VR:Virtual Reality)を駆使して“操縦感覚”で電脳空間を渡り歩く“ソフト・ワイアド”が。
「VRってばでっかいゴーグル着けて軍手みたいなグローヴ嵌めるマニアのモノでしょ?」とお思いのあなた。
例えば視覚はもはやコンタクト・レンズで得られます。EPGL『スマート・コンタクト・レンズ』(※1)。機能を情報投影に絞って小型化された本体は、なんと瞬きで充電・駆動します。
例えば触覚やジェスチュアは、腕に巻き付けるだけというお手軽ガジェットがすでに実用段階です。H2L『UnlimitedHand』(※2)。これなら軍手のようなVRグローヴは必要ありませんね。
これらが意味することは何か。四六時中オンラインになれるという“体験”が、しかも“手軽に”可能になるのです。
さて、その“体験”を前にした既存媒体の行く末は。
まず映像。これはモノクロからカラー化、3D化に対応してきたように、“電脳化”にも当然のように対応せざるを得なくなるでしょう。“擬似体験のリッチ化”ですね。映画館の3D上映や、4DX(※3)やD-BOX(※4)といった体感型、4Kや8Kといった高解像度化などがその一例ですが。
もちろん持ち前の“魅せ方”を十全に活かした上で、それだけでは飽き足らない、裏側までも見たがるニーズを満たす方向性へと。
ゲームも、もはやAR・VR対応は外せません。Niantekの『Pokemon GO』(※5)であるとか『Ingress』(※6)であるとかのように、“体験”としてより“リッチ”な方向性を目指すことになるでしょう。
ライヴ“体験”、こちらはより需要が増えていくものと思われます。
“電脳化ライヴ”で音楽やアートを“体験”できる、その敷居が何より低くなります。出演も、何も本人である必要性はないのです。
これは“音楽シューティング・ゲーム”の範疇に入りますが、『Rez Infinite』(※7)。
まさに制作陣とプレイヤのコラボレーションで音楽が生まれるというのは、もはや立派な“体験型アート”と言えましょう。
そして小説やマンガは――低コストの媒体として生き残り続けるでしょう。ただし“多対多”“双方向”をより重視した方向へ変化していくことが充分に考えられます。小説がWeb小説へとシフトを始めているように。
そして雑誌を含めた紙媒体、これは紙に縛られない表現へと生まれ変わらざるを得ないでしょう。具体的にはオンラインでの“擬似体験”、下手をするとリアルタイムに参加する“体験”として。
これについては、AR・VR前提で紙に代わる媒体を模索する動きがすでに見られます。HTC『VivePaper』(※8)。
これが意味するインパクトは小さくありません。
現在、紙媒体はガッチガチの既得権益で縛られています。いわゆる『再販制度』(※9)というものですね。
販社だけが価格を決められるというこの制度、一見すると書籍・雑誌の売り上げを保護するための制度かと見えますが、さにあらず。“薄利多売でもいいからいい本をたくさん売りたい”という本屋さんの意欲をごっそり削ぎ取る制度になっているのです(※10)。
では電子書籍はいいのかというと、そうでもありません。何せ電子書籍は著作権を巡る駆け引きが複雑を極め、非常にとっつきにくい販売体系になっています。裏では印刷会社が既得権益を手放さないため、との噂も聞こえてきますが。こちら(※11)だけ見ても、凸版印刷系や大日本印刷系が非常に根強く網を張っているのが解りますね。
なので既存の販路をすっ飛ばした作者、またはインディーズ出版社直販のオンライン配信、これが可能になったとしたら――可能性が一気に拡がるとは思いませんか?
娯楽を提供する媒体は、“多対多”“双方向”の“体験”を提供するものへ変貌していくであろう――“電脳化”、“ソフト・ワイアド”の普及するであろう未来においては、特に――という、これは考察なのです。
さて現実の未来はいかに出ますやらお楽しみ。
【脚注】
※1 http://iphone-mania.jp/news-141044/
※2 http://ascii.jp/elem/000/001/161/1161462/
※3 https://ja.wikipedia.org/wiki/4DX
※4 https://ja.wikipedia.org/wiki/D-BOX
※5 https://ja.wikipedia.org/wiki/Pokemon_GO
※6 https://ja.wikipedia.org/wiki/Ingress
※7 http://techwave.jp/archives/rez-infinite-synesthesia-suit.html
※8 http://www.moguravr.com/vive-paper-vr/
※9 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%8D%E8%B2%A9%E5%A3%B2%E4%BE%A1%E6%A0%BC%E7%B6%AD%E6%8C%81
※10 http://toyokeizai.net/articles/-/3237
※11 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E5%AD%90%E6%9B%B8%E7%B1%8D#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.9B.BD.E5.86.85
著者:中村尚裕
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