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【SFエッセイ】連載版 完全義体とパワード・スーツ、どっちが強い? ~科学とヒトの可能性~  作者: 中村尚裕
テーマ14.義体を操れ! ~“電脳化”が世界を揺るがす可能性~
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14-2.激震――世界が経験するもの

 前項では、義体を“ソフト・ワイアド”で遠隔操縦する可能性について考察を巡らせました。


 何がそれほどの威力をもたらすのか――それは“労働技能を遠隔地へ供給すること”です。


 一見してなんということはない変化のように見えますが。ことはそう簡単ではありません。


 まず大前提――多くの場合、例えば工場の生産ラインには多かれ少なかれヒトによる手作業の工程が存在します。あるいは品質管理の観点からだったり、あるいは臨機応変さを求めてのことだったりしますが、多くの場合は判断や操作を機械任せにできない、あるい機械任せにしたくない工程が少なからず存在するのです。

 で、ここに遠隔操縦の義体(あるいは上半身だけだったりするでしょうが)を置いたらどうなるか。

 判断は間違いなくヒトのものです。勘やコツはヒトそのものの速さで習得します。あるいは工程を改善する提案が上がってくる可能性だってあります。職場そのものが進化していくのです。単なる自動化では得られない付加価値が、ヒトの労働技能には存在します。


 何だ、通勤手当が節約できるだけの話じゃないの? ――そう思いのあなた、実はこれ、とんでもないブレイクスルーをはらんでいるのです。


 まず、これは先に強調した“労働技能の遠隔供給が可能になること”に他なりません――それをご承知いただいた上でお話ししますと。


 労働技能の供給者――すなわち“操縦者”は、何も労働現場の近辺で生活する必要がなくなります。思考を柔らかくして考えると――つまり、県境はおろか国境をさえまたいだ労働技能の提供が可能になるのです。

 極論すれば、仕事を求めての出稼ぎや移民が要らなくなります。“仕事がない地域に住んでいるから貧しい”という構図が引っくり返るのです。

 過疎地が過疎地である理由がなくなります。遠隔地でも仕事に就けるとなれば、生活費の高い都会にわざわざ窮屈な思いをして暮らす意味は、必ずしもなくなるのです。


 国単位でもまた然り。貧困国はなぜ貧しいかと言って、資源も労働の需要もないから貧しいのです。あまねくヒトが“電脳化”を果たしたその先、労働の需要が貧困国へ流れ込んだらどうなるか――。

 それまでの貧困国に住んでいるヒト達が外貨を稼ぎまくっていたところで、一向に不思議ではありません。

 これが意味するところは何か。

 移民や工場移転を経ずとも、労働技能の調達が容易になるのは、もはや言うまでもありません。


 で、実はここからが本題です。

 “労働技能の遠隔供給が可能になること”で、国境をまたいで労働技能を供給することが可能になることをお話ししました。すると――労働者が工場の近辺で暮らす必要がなくなるどころか、自国に税を納める義理もまた、なくなるのです。


 考えてもみて下さい。遠隔操作義体の“操縦者”は、国をまたいで賃金を稼いでいるのです。課税すべき所得は、どちらの国のものになるでしょう? ――“操縦者”の所属する国か、あるいは労働技能を提供する職場のある国か。

 従来なら両者はイコールでした。“操縦者”が所属する国は職場のある国だったのです。ですが“電脳化”世界では全く勝手が異なります。


 税収は国力に直結しますから、課税の権利を巡って当然のように取り合いが始まるでしょう。

 例えばこういう落とし所があるかもしれません。税の対象を2つに分けるのです。労働者の所属する国に給与の半分、残り半分は職場の所属する国に残りの半分を、課税対象として計上するのです。

 にしても、給与の半分は職場の所属する国の税収対象、即ち財源となります。


 これが意味するところは何か。

 労働者は肩入れしたい国を選んで、自由に労働技能を供給できることになります。

 言い換えれば、肩入れしたい国に税を収めることができるようになります。税収(≒国力)を労働者たるヒトが選ぶ――そんなことが可能になるのです。


 さてまた話が大仰になってきたぞ、とお思いの向きにはこんな事例が。


 “ふるさと納税”という税制はもうおなじみでしょう。地方税の納税先を、納税者が自由に選択できるという制度です(※1)。

 ここで起こっているのは――詰まるところ、“人気を得る”ことに腐心した自治体へこぞって地方税が集まるという現象です。これが自治体レヴェルでなく、国を始めとした世界勢力レヴェルの話にも発展し得るとしたら?


 例えばこんな事件は記憶に新しいかと思います。“パナマ文書”(※2)や“バハマ文書”(※3)の暴露です。

 ここで公開されたのは、租税回避地のペーパ・カンパニィへ利益を付け替えて行われた課税逃れという行為なわけですが。

 ちょっと見方を変えると、違う光景が見えてきます。


 “課税を逃れられる国を選ぶ”のではなく、“納税先を選ぶ”という動機でこれらの事象が起こったら――そんな見方で一連の騒動を捉え直してみたならば、何が見えてくるでしょうか?


 国際企業のように国をまたいだ存在が、それどころかあまねく“電脳化”して国境を超えたヒトが、肩入れ(納税)する先の国や勢力を自由に選べる――そんな光景です。


 即ち浮かび上がってくるのは、国――下手をすると国ですらない国際勢力を含む――この力関係、これが世界市民たるヒトの人気投票で決まるという未来絵図。


 それどころか、彼らにはもはや“顔”がありません。『テーマ11.今日まとうのはどのアヴァター? ~容姿の自由化がもたらす可能性~』で触れましたが、“顔”はすでに個人認証の主役の座から転がり落ちているのです。容姿を自由に選び放題の世界にあって、個人を認証する手段は指紋か掌紋か――いずれにせよ、直接接触しなければどこの誰かなんて判らなくなっているのです。

 どこの誰であるか――そんなことよりも、いかに技能をうまく提供できるか――焦点はそこへ移っていきます。


 でも生活インフラはヒトの周囲から動かないんでしょ? とお思いのあなた。仮想通貨という決済手段があります(※4)。特定の国家による価値の保証がない通貨ですが、逆に捉えれば国に縛られない通貨ということでもあります。これなら送金の障壁はありません。

 その地域にないものは輸入してでも買えばいいのです。

 逆に考えれば――その地域へ拘泥して住まう理由も同時に薄らぎます。

 それこそ移民は、生活インフラをこそ目的としてのものになるでしょう。

 かくして“人気のない”国や勢力からはカネ(とそれを収めるヒト)が逃げ、“人気のある”国や勢力へとカネ(とそれを収めるヒト)が流れ込む――そんな構図が浮かび上がってくるのです。

 “人気のない”国は、どんな経済制裁よりも手痛い痛手を被ることになります。


 この構図は、既存の国際勢力、これの屋台骨を揺るがさずにはおかないでしょう。


 五感を司る神経信号が全て解き明かされたとして、“ハード・ワイアド”で義体を操るハードルはそれはそれで低くなるでしょう。

 が、“操縦感覚で義体を操る”という“ソフト・ワイアド”の思想で事象を捉え直した時、より早期に、より幅広いシーンで義体の導入が可能になり、果ては世界をさえ揺るがすであろうという、これは考証なのです。


 さて現実の未来はいかに出ますやらお楽しみ。


【脚注】

※1 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%B5%E3%82%8B%E3%81%95%E3%81%A8%E7%B4%8D%E7%A8%8E

※2 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%8A%E3%83%9E%E6%96%87%E6%9B%B8

※3 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%8F%E3%83%9E%E6%96%87%E6%9B%B8

※4 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%AE%E6%83%B3%E9%80%9A%E8%B2%A8





著者:中村尚裕

掲載サイト『小説家になろう』:http://ncode.syosetu.com/n0971dm/

無断転載は固く禁じます。

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