14-1.義体――ヒトが操るモノ
感想欄を始めとして、読者の皆様からとても刺激的かつ示唆に富んだヒントの数々をいただきました。読んで下さいました皆様へ、そしてご意見を寄せて下さった皆様へ、感謝を込めて。
ヒトの肉体を模した義体。最先端医療の一環として、あるいは人体強化の一環として注目される義体が新たな可能性を秘めているとしたら――?
義体を巡る“電脳化”世界の明日はどっちだ!?
世の中には“操縦愛好家”とでも呼ぶべき人種が存在します。
“操縦”が難しければ難しいほど、思い通りに操れた暁にはその操縦自体が快楽になるというもの。例えばフライト・シミュレータ。ゲームとしてではなくとも、単に操縦できるようになるとそれだけで楽しくてやめられなくなる中毒性を秘めています。私が経験したのは厳密にはフライト・シミュレータではなくてフライト・シューティング・ゲーム『エースコンバット』シリーズですが(※1)。
操縦桿を手に思い通りの機動ができるようになって行くと、ただひたすら飛んでいたくなる魅力(中毒性)を持っておりました。
今回はそんな“操縦感覚”に“電脳化”、特に肉体改造を必要としない“ソフト・ワイアド”を絡めた、ちょっとした思考実験。よろしくお付き合いのほどを。
自分の肉体として完全義体を操るのと人型ロボットを操縦するのとでは、全く勝手が異なります。
方や脳を身体に完全に馴染ませるリハビリテーション、方や文字通りの操縦ですが、実は難度に雲泥の開きが存在します。
前者は肉体改造を施し神経直結した“ハード・ワイアド”の完全義体、後者は肉体改造を行わない操縦感覚の“ソフト・ワイアド”で操縦する人型ロボット――こう捉えていただければイメージしやすいかと思いますが。
“ハード・ワイアド”の何が難しいかと言って、それはインターフェイスとの通信プロトコルに神経接続網を慣らす、この過程でありましょう。馴染みさえすれば高度に操ることができるとは言え、その“馴染むまでの過程”が過酷を極めるであろうこと、実は想像に難くありません。
生まれてきた赤子が立ち上がり、あまつさえ二足歩行するまでの期間はおよそ1年と少し。赤子が神経接続網をほぼ一から構築していることを鑑みても、義体に慣れるまでには相応の慣熟期間を要するものと思われます(※2)。
あるいは、こういった事象に例を求めることができるかもしれません――脳卒中からの回復期間です。
脳卒中による身体不随は、脳内血栓により壊死した脳神経接続網を再構築しなければ治りません。義体との信号のやり取りは、このケースに見立てることができそうです――要するに、全く新しい身体に合わせた神経接続網の再構築ですね。
すると、神経接続網の再構築――要するにリハビリテーション――にかかる期間は、最大で約6ヶ月という説に行き当たります(※3)。
この期間を過ぎても身体機能の回復が見られない場合は、それ以上のリハビリテーションを行っても成功率が低くなる、というのが一般的な見方のようです。
言い方を変えると、義体に神経接続網を慣らすリハビリテーションは最大で約6ヶ月が見込まれるということです。
これでは、仮面ライダー(完全義体と仮定)はショッカーから脱走できそうにありませんね(※4)。
ではどうするか。
いっそそれまで持っていた“肉体を操る感覚”を一旦棚に上げて、義体を“操縦する”感覚で操る――というのが私の提案しますところ。
つまり、“拡張現実と仮想現実を駆使し、操縦感覚で電脳化する”という“ソフト・ワイアド”という思想が示す方向性です。
ではこの“操縦感覚で肉体を操る”可能性についてはどうか。ヒトの適応力については、例えばこんな実験結果があります。
視野を逆転させるメガネをかけた場合、ヒトがその状態に適応するまでの期間は、約1~2週間とあります。また、このメガネを外した際の再適応にかかる時間は数時間とか(※5)。
これは健康な成人の、なおかつ視野だけに限った場合の適応ですので一概には言えないかもしれませんが、“操縦感覚で義体を操る”という“ソフト・ワイアド”の思想の応用、これは可能性がありそうです。
これだとソフトウェアによる支援を受けることも可能になると考えられますので、“操縦感覚で義体を操る”ハードルも劇的に下がる見込みが出てきます。
面白いことに、こんな事例も存在します。
下半身不随の患者さんの歩行機能をパワード・スーツで補おうとした事例です。
脳波コントロールで下半身を補佐するパワード・スーツを動かそうとして仮想現実訓練を施した結果、“一部の患者さんが下半身の感覚を取り戻した”というのです(※6)。
この例では全ての患者さんが下半身の感覚を取り戻したわけではないものの、“下半身パワード・スーツという義体”の操作は全ての患者さんが習得できたといいます。
私が注目するのは不随になった部位の感覚を取り戻したという、その奇跡的な現象そのものではありません。その研究の本来の目的、そこにこそ着目すべきものがあると考えます。
即ちこの実験結果、このように捉えることもできるのです――“義体を肉体感覚で操る”こと(“ハード・ワイアド”)は一部の人にしかできないかもしれないけれど、“義体を操縦感覚で操る”こと(“ソフト・ワイアド”)は誰にでもできる、と。
例えば飛行機の操縦訓練。常時フライト・シミュレータ漬けになったなら、ものの1週間もあれば大体の感覚は掴めたとしてもおかしくありません。実際の飛行は墜落=死ですから慎重を期することになりますが、仮想現実上は何度落っこちようが物理的ダメージはゼロです。
仮想現実訓練の真髄は、やはりここかも知れません。何をどう失敗しようが物理的なダメージはゼロ、そのくせ相当に高度なレヴェルまでは実践感覚を鍛えられるというものです。
これを応用したならば、リハビリテーションならぬ“義体の操縦”を仮想現実で訓練し、最小限のダメージで慣熟を済ませることが可能になるのです。
これを発展させると、今度は“人型から外れた義体を操る”という選択肢もにわかに現実味を帯びてきます。
ケンタウロスのような多脚型、あるいは千手観音型でも構いません。いっそ人型にこだわらず、動物型や昆虫型に走ったって構いやしないのです。――もちろん望むならの話ですが。
そう、例えば“操縦感覚で義体を操る”ことを覚えたならば――何も肉体の中にヒトが縛られている必要はありません。ここでヒトは“電脳化”しているのです。つまり、あまねくネットで繋がっているのです。
ここに現れてくるもの――それが義体の遠隔操縦、この可能性です。
実は可能性はここに留まりません。“操縦感覚で義体を操る”というのは、“ソフト・ワイアド”の思想なのです。
つまり――肉体改造を施していないヒトでも、“ソフト・ワイアド”で義体を遠隔操縦できることになります。
そうなれば――国のありようが一変し得る激震を、世界は経験することになります。次項ではそのお話を。
【脚注】
※1 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA
※2 http://chienoizumi.com/akachanaruku.html
※3 http://a-stroke-of-luck.com/mahi-kaihukukatei-100
※4 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%AE%E9%9D%A2%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC
※5 http://web2.chubu-gu.ac.jp/web_labo/mikami/brain/29/index-29.html
※6 http://gigazine.net/news/20160815-vr-brain-training-exoskeleton-paraplegic/
著者:中村尚裕
掲載サイト『小説家になろう』:http://ncode.syosetu.com/n0971dm/
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