7-3.対決――最強人型メカ
前項で、人型メカは動作の俊敏さに関わる不可避の問題を抱えていることについて触れました。ここではまずそれについて考察します。
それは何か――操縦者の耐G能力に関する考察です。
直接操縦である以上、そこに搭乗する操縦者は機動や動作に伴うGに晒されます。
肉弾戦で攻撃の威力(≒末端速度)を決めるのは、ほぼ踏み込み――要するに重心移動です。単純計算でも、攻撃部分――つまり手足や剣の先端――の移動距離とほぼ同等は重心が移動すると考えていいでしょう。
これが意味するところは何か。操縦者はこの重心移動に合わせて振り回されることになるのです。
格闘家のパンチの速度は“時速にして約40km”程度とされています。もちろん“体重の乗った、威力を込めたパンチ”です。となると人型の重心もほぼこの速度で動くことになります。
これは秒速に換算して11mほど。この速度で100m走なら9秒強ということになりますから、トップ・アスリートとして考えても納得の数値ということになります。ヒトの重心を運ぶにあたり、限界に近い速度はおおよそこの程度ということができましょう。(※1)
この時、格闘家の身長(≒両手を広げた長さ)を約1.8mと想定し、大雑把に間合いがその半分、0.9mだったとして、到達時間は等速運動として考えるに、0.08秒ということになります。まあ、相手に避ける暇を与えないということを考えると、大体妥当そうな数字ではあります。
ですがちょっと落ち着いて考えてみると。
静止状態から、体重の乗った必殺のパンチを繰り出す――ということを考えると、重心はそれなりの加速度で動いていることになります。腕の動きだけで繰り出すジャブとは違い、必殺のパンチは全身のバネを使い、体重(質量)をも味方に付けて繰り出すことになるわけです。その加速度(G)はほぼそのまま中枢神経系を直撃するものと見て間違いないでしょう。
では、その加速度は? 静止状態から秒速11mまで、わずか0.08秒で加速するのに必要な加速度は、137.5m毎秒毎秒。実に14.0Gに相当します(1G=9.8m毎秒毎秒)。
と、ここでお気付きの方も多いでしょうが。
さっき加速度の限界点は11Gって言ったよね!? という。
まあこれはわずか0.08秒の瞬間的な加速、しかも必殺の一撃でしょうから振り切れてるものだと思います。多分、中枢神経系がこの加速に耐えられるのは一瞬だけ――つまり0.08秒だけ――だと考えられます。よって、普通に戦うには11G辺りが限界でしょう。
そしてお察しの通り――人型が巨大化するにつれ、このGは身長に比例して増大します。必殺の一撃で巨大ロボは満身創痍、骨折しまくりという相討ち覚悟がいいところです。さらに追い討ち、操縦者は失神必至という体たらく。これを悲惨と呼ばずしてなんと呼べばいいでしょう。
巨大ロボの欠点は、まさにその図体にこそ起因するという――何とも言えない皮肉が現実となって立ちはだかります。
詰まるところ、実際に人が乗って思う存分に操縦できるのは、ヒトが搭乗する最小サイズ――身長+αのパワード・スーツがいいところ、ということになるのです。
もちろん慣性制御という反則技も概念としては存在します。が、作動原理に説明がつかないことこの上ありません。よって、慣性制御はこの時点では実用技術として考えにくい代物です。よって、【SFエッセイ】としては考察の外です。
では、パワード・スーツは巨大ロボにどう勝つのか?
まず狙うのは巨大ロボの足、特に足首関節ということになります。前述の通り、巨大ロボは自壊しないために関節の動きが緩慢ですから、鍛え上げた格闘センスをもってすれば、“相手の攻撃に当たることなく軸足へと接近する”――これは不可能ではありません。
避けるための移動量は身長比にそのまま比例するとはいえ、巨大ロボは自壊を防ぐためには緩慢に動くしかないのです。末端速度が身長に比例するとはいえ、動作さえ見切ってしまえば、最大11Gという加速度でよけ続けることは可能です。
そして巨大ロボは質量も身長比3乗と巨大な分、慣性もただものではありません。一旦よけてしまえば、動きはさらに緩慢です。
ここで巨大ロボの関節軸は身長の2乗に比例する断面積を持っていますが、そこにかかるのは突っ立っていてさえ身長比3乗の荷重です。巨大であればあるだけ脆くなる道理です。ましてや動くたびに身長比5乗のダメージが押し寄せるわけですから、たまったものではありません。
そして間合いにひとたび入ったなら、パワード・スーツの全力を巨大ロボの足首関節へとぶつけるのです。恐らく動力は超密度の充電池ということになるでしょうが、これとてカートリッジ式で交換すれば必殺の一撃を繰り出すには充分と思われます。――威力は加速度と質量に比例しますから、ヒトの中枢神経が許す限りの加速に乗せて、可能な限り高質量のウォー・ハンマなり踵なりを撃ち付けるのです。――巨大ロボの足首関節は、これで壊滅的ダメージを受けることになります。
巨大ロボはここに転倒を余儀なくされます。その際、巨大ロボの操縦者が受ける衝撃は、身長に比例して大きくなります。早い話が自由落下です。搭乗位置が身長の約半分の位置(つまり腰)にあるとしても、ものの数mも落ちたら気絶ものの衝撃を受けます。ここで勝負がつくわけですね。よしんば受け身が取れたとして、その際は両腕も潰れますから、後はパワード・スーツの一方的な攻撃が続くことになります。
――勝負あり。
詰まるところ――俊敏な小型メカに対して、鈍重にならざるを得ない大型メカは勝てないのです。となれば次は、どこまで小型化が可能か、という話になりますが。前述の通り、ヒトが直接搭乗する、という制約がつきまといます。
なので最強の人型メカは、“ヒトの身長+αのパワード・スーツ”という、これは考察なのです。
さて現実の未来はいかに出ますやらお楽しみ。
【脚注】
※1 http://sato310.com/contents/panti
著者:中村尚裕
掲載サイト『小説家になろう』:http://ncode.syosetu.com/n0971dm/
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