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【八】

【八】


 女性という存在は、俺にとって不可侵的な存在である。

 一定の社交性を有すると自負する俺でも、何の理由もなく「やあ、元気?」なんて爽やかな笑顔を浮かべて、女性に話し掛けることは出来ない。

 それに俺が何をしても裏目に出るから、女性に対して何をすれば機嫌を損ねないのか、その正解が分からない。俺は男だから、男が行うことに対して、ある一定の予測を立てることが出来る。しかし、女性はそれが不可能なのだ。その行動の意図が分からないし、そう至った根拠も分からない。

 よって、女性という存在は、俺にとって踏み込むことの出来ない存在なのだ。

 さて、何故こんなことを考えているのか。それは、何故か女子に避けられているからだ。……いや、青島の一件以来、青島、国富、日向以外の女子には例外なく避けられている。むしろ、軽蔑の込められた視線を向けられている。しかし、ボイラー室に閉じ込められた一件以来、青島と国富から露骨に避けられている。

 避けられている、と言っても、俺から話し掛けることなんてない。だが、俺が通ろうとしたら大袈裟に道を空けたり、俺と対面したらそそくさと逃げたり、視線があったら逸したりする。これは完全に避けられていると言っていいだろう。

 日向は相変わらず、時々話す程度だが、二人から露骨に避けられるのは初めてだ。

 それが、ボイラー室の一件で俺に対する印象が最も低まったのなら納得がいく。しかし、あのボイラー室での一件は広まっていないようなのだ。広まっていないと言っても、俺に関することだけで、カメラの件は教職員だけではなく生徒達にも広まっている。そのおかげか、めっきり例のメールは聞こえてこない。

『そういえばさ、ダセにはアタックしたの、はてな』

「ッ!?」

 唐突なその音に思わず声を上げそうになる。しかし、すんでのところで踏み留まり、目を閉じて意識をそのメールに向ける。

『何もしてないよ』

『えー、つまんない、しゅん』

『面白がらないで』

『でも、最近ダセって評判悪くない、はてな』

『それはみんなが勘違いしてるだけで、何も悪いことはしてないから』

『ほーほー、好きな人を庇うなんて健気だねー、にやり』

『かばってるわけじゃない。事実だから』

 なんだか今回はつながりのあるメールが聞こえる。それに妙にメールのやり取りが早く間隔が短い。

『ダセにアドレス聞いちゃいなよ』

『うーん、ちょっと最近話し掛けづらくて』

『何かあったの、びっくり、はてな』

 俺はそのやり取りに更に集中する。これは、俺を好きな人を絞り込める手掛かりが掴めるかもしれない。ジッと音が聞こえるのを待っていると、途切れていた音が遂に頭の中に響いた。

『どうしたんだよ、そんなに怒って。穏やかじゃないなー、にやにや』

 俺の心が穏やかじゃないわッ! どこのどいつだ! この状況でくだらん音を割り込ませるバカは!

 明らかにさっきの女子のやり取りではない、どこぞのバカ野郎の雑音が割り込んでくる。

『穏やかにいられるわけないだろ、はてな。結局女子のムフフな映像どころか画像も一枚も撮れてないのに』

 なんだこいつら、まだこんなことを話してたのか。カメラが見つかったことに懲りてもうそんなことは考えていないかと思った。どうやら、思春期男子の執念は俺の想像を遥かに超えていたらしい。思春期男子の想像を超える思春期男子の執念恐ろしや。

『でも、カメラ見つかったしもう無理だろ』

 そうそう、お前の言うとおりだ。そんなことに情熱を燃やすくらいなら、真面目に女子と仲良くなることに情熱を燃やしたほうがいい。そっちの方が健全だし真っ当な生き方だ。

『甘いな、リスクを恐れたら、何も手に入らない。失うことを恐れたら前に進めやしない、きりっ』

 これが、どうすれば女子の恥ずかしい動画や画像が撮れるかという話でなかったら物凄く格好いい。しかし、現実はあまりにも残酷だ。とてつもなくアホらしい。

『もしかして、何か考えているのか、はてな』

『フフフ、聞いて驚け、びっくり。名付けて、理想郷ユートピア大作戦だ、びっくり、びっくり、きりっ』

 わー、驚いた。まるで頭痛で頭が痛くなるような作戦名だなー。

『で、はてな。どんな作戦なんだ、はてな、はてな』

『実はもう既に、少数精鋭で作戦の準備は完了している』

 その音に、俺は眉をひそめる。準備が完了している?

『前回までは多くの人員を使い過ぎた。だから、どこからか作戦の詳細が漏れてしまっていたのだろう。しかし、少数で行動することによって、そのリスクを最小限に減らしたのだ』

 なるほど、少しは学習して対策を練ったらしい。しかし、全て丸聞こえとまでは、流石に分かるわけない。メールのやりとりが聞こえる俺には、その対策も無意味だった。

『次の体育の授業が楽しみだなー、にやにや』

 そこで音は途切れ、自分の席で俺は腕を組む。

 次の体育の授業が楽しみ。今日は四時限目に体育の授業がある。今は三時限目の授業が始まろうとしている。男子達の策略を止めるなら、次の休み時間でやるしかない。


 男子が、女子のムフフな動画や画像を撮ろうとして、しかも体育の授業が関係あるとしたら、それは一つしか無い。

 体育館にある更衣室。この更衣室は、体育館で活動する部活動生が使う更衣室だが、授業では女子専用で使われる。そして今、俺はその更衣室の前に立っている。もうすぐ女子も来てしまうし、さっさと済ませなければいけない。

 ドアを開けて中に入ると、一度たりとも入ったことの無い更衣室を初めて見ることが出来た。

「わー綺麗なロッカーが並んでるなー」

 流石に、この空間を見ただけで女子の着替えを想像するという高等技術は持ち合わせていない。だから、俺には単にロッカーが綺麗に並んでいる光景にしか見えない。しかし、俺達はあの薄汚い教室で着替えているのに、女子はこんな綺麗な更衣室で着替えているとは羨ましい。

 とりあえず更衣室の中を見渡してみて、明らかに怪しい箱を幾つも見付ける。そしてそれらを全部片っ端から手に取って蓋を開けると、例に漏れず中にビデオカメラが入っていた。人数に気を遣えても、作戦自体の完成度には気を遣わなかったようだ。

「あの……打瀬くん、何してるんですか?」

「……いや、これは!」

 せっせとビデオカメラを回収していた時だった。後ろからドアが開く音が聞こえ、振り向くとスポーツバックを持った日向が俺を見て首を傾げていた。これはちゃんと説明して分かってもらわなければ、完全に俺の向こう二年の学校生活が終わる。確実に。

「日向、今からちゃんと説明するから落ち着いて聞いてくれ」

「あら? 打瀬、くん? ここで何をしてるのかしら?」

「く、国富!」

 日向に説明を始めようとしたら国富が入って来て、俺に訝しげな視線を向ける。そりゃそうだろう。なんせ女子が今から着替える更衣室のど真ん中に突っ立っているのだ。俺の様にちゃんとした理由が無ければ、現行犯でとっ捕まっているところだ。

「国富も落ち着いて聞いてくれ、これがここに仕掛けられてたんだよ」

「えっ……」「やだ……また」

 とりあえず俺は回収した分のカメラを見せて、自分が無実ということを証明する。

「女子が着替える前に回収して出て行こうと思ったんだけど、その前に二人が来たから」

「これ以外には?」

「いや、分からん。とりあえず、目に見える範囲は全部回収した。流石にロッカーの中には入ってないと思う」

「まあ、ロッカーを開ければすぐに見付かってしまうでしょうし。……まずいわ、みんなが来たみたい」

「マジか!」

 国富が険しい表情をして呟いた直後、ドアの向こう側から女子の話し声が聞こえる。今出て行ったら、完全に「女子が着替える前の更衣室に忍び込んでいた高レベルの変態」だと思われる。それだけは絶対に避けなければいけない。

「う、打瀬くん、こっちに!」

「日向!?」

 日向に腕を引っ張られ、俺は更衣室の奥に引っ張られた。


「マジ、体育とか怠すぎ」

「ホントホント、テキトーにだべっとかない?」

 細長いロッカーに縮こまって隠れる俺。なんでこんな状況に陥ったのか分からない。

 女子の到着までにカメラを回収出来ず、出るに出られなくなった俺は、日向に腕を引っ張られてロッカーの中に押し込まれた。その直後に、女子が更衣室の中に入ってきたのだ。幸い、一番端のロッカーに押し込んでくれたおかげで、視線の先には壁しか見えない。

 このまま、ロッカーに身を隠したままみんなが出て行くのを待つしか無い。

「ねー、ロッカー足りないんだけど。どこか余ってない?」

「一番端のロッカーってちょっと大きめだから二人で使えるんじゃなかったっけ?」

「そっか、一番端っこ使ってるのだれ?」

 マ、マズイ! ここは一番端のロッカーで、ロッカーが足りなくて、ロッカーを使おうとしていて、そのロッカーには俺が――うわぁぁああっ! パニクって訳が分からなくなってきた! でも、とてつもなくマズイ状況というのだけは分かる。

「今日は日向さんが使ってるんだ。ごめん、一緒に使わせてもらっていい?」

「えっ、えっと……それは少し……」

「え? なに?」

 何やら女子に言い寄られている日向が、頼りなく何か言おうとしているのが聞こえる。このままだと日向が女子に押し切られてしまい、俺の学校生活が終わってしまう。

「青島さん、一番端のロッカーは壊れているみたいなの」

 よりにもよって青島か……だが、よくやった国富! ナイスフォローだ。

「え? でも開いてるじゃん」

「えっと……ハンガーラックが取れてしまっているから……」

「この際、荷物が入ればなんでもいいわ。私は大丈夫だから」

「あっ、青島さん……」

「ん?」

 俺の正面に、日向の方に視線を向けながら歩いてきた青島が立つ。そして数秒固まった後、勢いよく俺の方を見て目を丸々と見開く。

「キッ――ンンッ!」

 青島が悲鳴を上げる寸前、日向が青島の口を両手で押さえて悲鳴を塞ぐ。ナイスだ日向! これでなんとか首の皮一枚繋がった。しかし、日向のはだけたブラウスからは、白くて綺麗なお腹と、大きな膨らみを覆う花柄のブラが見えている。これは事故だ、犯罪では決してない!

 日向の手を振り解いた青島が他の女子の方を確認した後、ロッカーの中に居る俺に顔を近付けて、もの凄い真っ赤な顔で俺に詰め寄る。

「なんで打瀬がここに居るのよ!」

 大声は上げず小声で話してくれてはいるが、それでも表情でとても怒っていることは分かる。とりあえず、俺は胸の前に抱えたカメラを見せて事情を説明する。

「カメラが仕掛けられてるから回収しに来たんだよ」

「どこでそんなの知ったのよ!」

「他の男子が話してるのを聞いたんだよ」

 正確には、男子のメールのやりとりを音として聞いたのだが、そんなことは説明しても話が余計ややこしくなるというのは、俺の中で何度も結論が出ている。

「だったら、私にでも先に言えば良かったじゃない! なんで、更衣室に忍び込んだのよ!」

「だ、だって、俺のことを避けてただろうが!」

「そ、それは……」

 俺の言葉に青島はバツが悪そうに視線を逸らす。

 確かに、事前に相談していればこんなことをせずに済んだのかもしれない。だが、青島はもちろん国富にも避けられていたのだ、そんな状況で相談出来る訳が無い。

「玲奈? 何かあったの?」

 女子の声が聞こえて、近付いてくる足音が聞こえる。

「ミ、ミキ!? だっ、大丈夫大丈夫!」

 ダメダメダメダメ! 女子にバレるのはもちろんダメだが、ミキ様になんてバレたら学校生活どころか人生が終わる。今ここで、すぐにでもッ!

「す、すぐ着替えるから!」

「そう?」

 足音が離れて行くのが聞こえ、心の底からホッと息を吐く。助かった、学校生活も人生も。

「目を瞑ってなさいよ」

「はっ?」

「き、着替えられないでしょうが!」

「はあ……ハァ? ――ンググッ!?」

 さっきは日向が青島の口を押さえたが、今度は青島が俺の口を押さえる。

「バカッ! せっかく庇ってやってんのに、自分でバラす気?」

「す、すまん。でも、着替えるってどうする気――」

「目、瞑ってなさいよ。絶対に開けるんじゃないわよ」

「イェ、イェッサー」

 目を瞑って精神を落ち着かせる。大丈夫、ジッとしているだけでいいのだ。このままジッと……。

「――ッ!?」

 危うく叫びそうになる。目は開けられないが、カチャリというベルトを外す音が聞こえ、ジジジーっとファスナーを下ろす音が聞こえたと思ったら、シュッという布擦れ音が聞こえる。そしてフワッと甘い香りが漂うものが俺の膝の上に置かれた。俺の膝の上に載っている物は、紛れもなく青島の脱ぎたてスカ――。

「へっ、変なこと考えないでよ?」

「考えるか!」

 いや、ムリムリ! 女子が着替えている更衣室で、ロッカーに隠れて、膝の上に女子が脱いだスカートが置かれている状況。そんな状況で何も考えるなというのは無理がある。

「ちょ、ちょっと温か――フゴッ!」

「玲奈? なんか、変な音がしたけど?」

「だ、大丈夫! ちょっとロッカーがやっぱり壊れ掛けてるみたいだから蹴って直した」

 正面から青島の声が聞こえるが、俺は今しがた殴られた腹を押さえる。つま先が鳩尾に入ったぞ……。

「へ、変なこと考えないでって言ったでしょ!」

 正面からそんな非難の声が聞こえるが、どこの世界に女子の脱ぎたてスカートを膝の上に置かれて、平然としてられる男が居るんだ。そんな奴は男ではない。修行を積んだお坊さんでも頭の中が煩悩まみれになるわ!

 しかし、そんな俺を無視して、正面からはパチンという音の後に、プツリプツリと聞いたことのある音が聞こえる。これは、リボンのスナップボタンを外して、ブラウスのボタンを一つずつ外す音。

 その時、頭にスッと考えが下りてきた。

 ちょこっと目を開くくらいバレないんじゃないか?

 なるほど、これが悟りというものか。フッと天から降りてきたように、妙案が頭に浮かぶ。遂に、俺も悟りを開くことが出来たようだ。

「ちょっ! いっ、今! 目、開けようとしたでしょ!?」

「シテイマセン」

 目を開こうと目蓋に込めた力をスッと抜いた瞬間、前から焦ったような青島の声が聞こえる。大丈夫、まだ開けてなかったから人間的にセーフ。

「…………見たいの?」

「見たいで――ゴフッ!」

「バカ」

 痛い……痛いよ……。この野郎、ネットで「モテる男の条件は素直さ!」なんて記事を書いた奴に騙された。素直になったら叩かれたぞ、逆効果じゃないか。

「ンンッ!?」

 顔面いっぱいに青島の匂いが漂う。いやいや、正しくは青島がつけている香水の香りが漂っているのだ。決して、青島の匂いを嗅いでいるわけではない。しかし、目を瞑っているし、頭に何か布を被せられたというのは分かるが、それ以外の詳細な状況は分からない。

「あ、青島さん?」

「何? 委員長」

 被せられた布の向こう側から、くぐもった国富と青島の話し声が聞こえる。

「その……ブラウスを打瀬くんに被せていいの?」

「薄めで見ようとしたから仕方ないでしょ?」

 ああ、頭に血が上って倒れそうだ。

 膝の上に女子の脱ぎたてスカートが置いてあり、頭からは女子の脱ぎたてブラウスを被せられる。なんという楽え――地獄だ。

 息を殺そうと思えば思うほど呼吸が荒くなり、それに伴って鼻から香水の香りが体の中に入ってくる。いくらキツくない自然な香りだとしても、こんな至近距離で嗅いだら、冷静さを保つので精一杯だ。

 大丈夫、もう少しの辛抱だ。もう少し我慢すれば女子は何処かに行く。

「玲奈、先に行ってるから」

「うん!」

 ミキ様の声が聞こえ、ドアが開閉する音が聞こえる。それから何度かドアの開閉音を聞くと、更衣室の中が静かになってきた。

 頭の中で昨日食べた夕食のメニューを詳細に思い出し、野菜炒めに入っていた輪ゴムまで思い出したところで、頭に被せられた布が取り除かれた。大きく息を吸って新鮮な空気を肺に取り入れる。やっと心置きなく呼吸が出来るようになった。

「もー! ホント最悪!」

 目の前で真っ赤な顔をした青島にそう言われる。最も低まってから最も悪くなってしまった。それもこれも良からぬことを考えた男子達だ。だけど、最低と最悪、どっちが悪いんだろう。やっぱり、悪と付いているし最悪だろうか……。

「とりあえず、私達は授業に行きましょう。打瀬くんは私達が先に出るから、その後に続いて更衣室から出てもらえるかしら? 万が一、他の生徒に見られると、トラブルになってしまうから」

「ああ……」

 もうとっくにトラブルにはなっているのだが、これ以上何か起きるのはごめんだ。

「打瀬くん、大丈夫……ですか?」

「ありがとう、日向。大丈夫だ」

 酸欠と理性の限界で失神寸前ではあったが、今は落ち着いているから何の問題もない。

「では打瀬くん、授業終わりに、そのカメラを持って一緒に職員室へ行きましょう。事情説明を一緒にしてもらえると助かるから」

「分かった。とりあえず、俺は早くこの落ち着かない場所から出たい……」


 国富達と別れ、俺は手に持ったカメラ達を隠しながら体育館裏に行く。このままカメラを何処かに放置しておくのも良くないし、体育の授業は欠席しよう。別にサボるわけではない。

「はぁ……、いろんな意味で死ぬかと思った……」

 アスファルトの上に座り込み、ホッと息を吐く。

 仕方なかったとはいえ、青島に恥ずかしい思いをさせてしまったのは申し訳ない。が、俺としては相手が青島で本当に良かった。端のロッカーをミキ様が使っていたらと考えるとゾッとする。とりあえず、三人のお陰で助かった。今のところはこれで良しとしよう。

「それにしても、いったい何処からこんな多量のビデオカメラを調達してきたんだ」

 箱に乱雑に入れられたビデオカメラを手に持って呆れる。最近はビデオカメラ自体の価格が安くなってきたと言っても、一台数万円はするはずだ。それが一〇台近くある。

 一番上に置かれたビデオカメラを手に取っていると、間違って何かのボタンを押してしまい、ビデオカメラに付いたディスプレイに映像が映し出された。

「……これは」

 ディスプレイには、制服を着た青島がカメラの上の方を見て「なんで私が、打瀬の目の前で着替えなきゃいけないのよ!」と、ぶつくさ文句を言っている様子が映し出されている。いや、俺も好き好んで更衣室に居たわけじゃないからね? 一応、女子の尊厳を守るために動いた結果だからね?

 ディスプレイの中で少し顔を赤く染めている青島は、スカートの横にあるファスナーを下ろし始める。

「こ、これは!」

 下までファスナーを下ろした青島は、スカートから細くしなやかな足を抜く。そして、折り畳んだスカートを、一度躊躇してから俺の膝の上に置いた。

「お……おお!」

 周囲を見渡して誰も居ないことを確認し、ディスプレイに視線を戻す。

 派手な見た目に似合わず、白を基調とした控え目にレースがあしらわれたパンツ。前の水玉も大人し目だったが、今回のパンツも大人し目だ。

「な、なんだこれは!」

 俺が薄目を開けようとした時に、青島がパンチを繰り出して俺に詰め寄ってくる。その時、ディスプレイには青島の胸部のどアップが映し出されていた。

 青島の胸は国富と比べると残念で、日向と比べると凄く残念である。しかし、どアップかつ下から見上げるアングルで見ると、十分エ――女性らしい。

 俺は特に女性の胸が好きというわけではない。が、これはこれでドキドキするものがある。ブラウス越しなのにここまで違って見えるとは、アングルって大事なんだな。

 ディスプレイに映る青島の全身が再び映ると、さっきよりも更に顔を真っ赤にして俺の方を睨み付けている。そして、視線を横にズラして、襟元のリボンに手を掛けた。

 パチン、という音とともにリボンが外れ、そのリボンをスカートの上に置き、フゥーっと息を吐いてブラウスのボタンに手を掛ける。

 プツリ、プツリ、っと、一つずつ外されていくブラウスのボタン。そして、外されていくに連れてブラウスがはだけていく。

 ボタンを外し終えたブラウスから両手を引き抜き、パンツとお揃いの控え目な白レースのブラが露出する。下着は上下ともに純白であるが、青島は全身の肌を真っ赤に染めている。そして、口は真一文字にキツく結ばれている。それを見て俺は……ビデオカメラを停止した。

「あー、見なきゃ良かった……」

 酷い罪悪感だ。確かに、女子の着替えなんて滅多に見られるものではない。だが、あんなに恥ずかしそうに口を結んで我慢していた青島の姿を見たら、急に自分が恥ずかしくなった。

 青島は俺を助けようとしてくれたのだ。俺を助けるために、羞恥心に堪えて着替えをしたのだ。俺は、その青島の気持ちに対して不義理なことをしてしまった。

「青島に謝らないと……」

「アタシに何を謝るの?」

「うわっ!」

 気が付くと、目の前に体操服姿の青島が立っていて、座り込む俺を上から見下ろしている。

「青島すまん! ビデオカメラに青島が着替える様子が映っていて、見てしまった……」

「えっ!? ちょ、ちょっと貸して!」

 箱からビデオカメラを掴み取り、ディスプレイを自分に向けて、そしてしばらくすると沸騰でもするかの如く顔を真っ赤に染める。

「全部、見た?」

「はい……」

「下着は?」

「白い控え目なレース」

「色と柄を言うな!」

「ごめんなさい」

 思い切り頬をつねられて痛いが、やってしまったことを考えれば当然だ。ここで、痛いとは口が裂けても言えない。まあ、このままの勢いだと頬が千切れそうだが。

「でも、まあ、打瀬で良かったわ」

「はい?」

 頬から手が放されて、腕組みをして見下ろす青島に視線を向ける。これは、許されたのか?

「見たのは許せない」

 そんな甘くはなかった……。

「でも、打瀬は口が堅いし、このカメラを仕掛けた奴らに見られるよりかマシだったわ」

「いや、しかし俺も男だぞ? もしかしたら言いふらしたりするかもしれないだろ?」

「打瀬がそういう奴だったら、この前の掃除の件、全部広まってるはずだし。それに、私は分かってるつもりよ。案外、打瀬は良い奴だって」

「すまん、そしてありがとう」

 視線をプイッと逸らす青島に頭を下げる。今回は、青島の心が広くて助かった。

 青島は着替え映像が記録されていたビデオカメラを操作して箱の中に戻す。

「データも消したし、次は打瀬の罰ね」

「えっ!? 許されたんじゃ?」

「女子の着替えバッチリ見といて、謝って済むと思ってんの?」

「で、ですよね」

 一体、どんな罰が待っているのだろうか?

 昼飯を奢るくらいならかなり生易しい。だが、着替えを見た代償としては軽すぎる。では、一生パシリ扱いだろうか? いや、着替えを見てしまった俺が言える立場じゃないが、それは流石に重すぎる。

「アッ、アドレス教えてよ」

「……アドレス?」

 青島の言葉に、俺は首を傾げる。全く何のことか分からない。

「アドレスよ! メールアドレス! それで勘弁してあげる!」

「ああ、アドレスか」

 ポンと左手のひらに右手の拳を落とす。メールアドレスなら俺もスマートフォンを持っているからある。なんならフリーメールのアドレスも加えれば二つもある。

「あっ……」

 そこで、俺は重大なことに思い当たる。

「ど、どうしたのよ。もしかして、その……アタシに教えるのは……イヤ、なの?」

 なんだか落ち込んだ様子で聞き返してくる青島に、俺は言い辛さを感じながら、恐る恐る口にする。

「スマートフォンは今教室なんだ」

 その後、青島はホッと息を吐いて、更にハァーっと深いため息を吐いた。

「教室に戻った後でいいわよ」

 隣でニッコリ笑った青島を見て、俺は首を傾げて考える。

 果たして、着替えの代償がアドレスというのは、等価になるのだろうか?

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