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【一〇】

【一〇】


 俺のことを好きな人。その存在が判明してから、俺はその人が誰なのかずっと探していた。そして遂に、その人へ繋がる大きな手がかりを見付けた。俺を呼び捨てで呼び、更にクラス会で同じグループになった人。その条件に適合する人は一人しか居ない。

 俺は、教室でクラスメイトと楽しそうに話をするその人に視線を向ける。

 青島玲奈。クラスのリア充グループに所属する派手目の女子。その青島の横顔を見て、俺は視線を逸らし机の木目の黒い部分に集中する。

 イヤイヤイヤ、ナイナイナイ。青島が俺のことを好きなんてあり得ない。だって青島は俺に厳しい口調で話すし、態度だって好きな人に向ける様な女の子らしい態度を取られたことはない。だから青島が俺のことを好きなんじゃない。

 ……でも、だとしたら聞いたメールはどう判断するのだ?

 俺をちゃんとした名前の読みで覚えている人は青島以外にも居る。俺が知っているだけで青島を除けば二人。委員長の国富朱里と文芸部の日向閑琉だ。そして、クラス会で同じグループになったという重要情報にも、その二人は合っている。しかし、俺が自分で気付いた、俺を呼び捨てで呼んでいるということに関しては、青島以外は合っていない。

 たったそれだけの判断材料で判断してしまうのは早計かもしれない。しかし、昨日のクラス会からずっとそのことが気になって仕方ない。

「ねえ、打瀬」

「は、はいっ!?」

 腕を組みながら考え込んでいると、机に手を置いてしゃがんでいる青島に声を掛けられて目が合う。考え事に夢中で青島が目の前に来たことに全く気付かなかった。

 俺の目の前で、机の上に置いた腕の上に顎を載せた青島が首を傾げる。

「あのさ、放課後……暇?」

「えっ? まあ、予定は何もないが」

「じゃあさ、校舎裏の舗装路に来てくれない?」

「わ、分かった」

「じゃあ、話はそれだけだから」

 小さく手を振って青島はクラスメイトの輪に戻っていく。その姿を見送って、俺は自分の心臓が大きく跳ねているのが分かった。体の熱も上がって、背中にはじんわりと汗まで掻いている。青島のことを意識し過ぎているせいか、青島の顔をまともに見られなかった。

 俺は青島に好きだと告白されたわけじゃない。だから、俺が青島のことを好きだとは限らない。だが、その可能性があると意識してしまったが最後、俺の頭から青島のことが離れない。

 青島は可愛い女子だ。クラスメイトの輪の中で微笑む姿は、笑顔を振りまくアイドルに見えなくもない。ただ、俺への扱いというか言葉遣いは酷いものだ。しかし、それを好意的に捉えることも出来る。それは青島が「好きな人相手には恥ずかしくて素直になれない」という性格だった場合の話だ。

 なんともめんどくさい性格だが、実際に小学生男子にはそういう奴がいっぱい居る。小学生の男子が、好きな女の子に対して意地悪をしてしまうのはそういう性格を持っている時期だからだ。青島が小学生男子と同じとは、安心安全な学校生活を考えれば口が裂けても言えない。だが、もし青島が恥ずかしくて素直に好意を示せないからと考えれば、俺にキツく当たっている理由も分かる。

『知ってる知ってる、はてな。あの子、今日ダセにプレゼント攻撃するらしいよ、にこにこ』

『へぇー、遂に本格的に動き出すのねー、びっくり』

 聞こえるメールにハッとして意識を集中する。本来ならこの手の話題は意識しないのがマナーなのだが、確実に好きな人に関する情報が含まれているメールだ。

『そう、今日の放課後、ダセにプレゼントするんだって、にやり』

 その音を聞いて、俺はさっきよりも大きく胸が跳ね上がった。放課後にプレゼント、それを聞いて俺はさっき青島に呼び出された件を思い出す。もし、青島が呼び出した放課後にプレゼントを渡してきたら確定だ。

 俺のことを好きな人は青島だと。


 やっと来た放課後。遂に迫った運命の時。俺は終礼が終わってゆっくり椅子に座る。いつもならそそくさと家に帰るところだが、今日はこれから用事がある。今から、青島に会いに行かなければいけない。

 俺は既に数名の生徒が後にした教室をぐるりと見渡す。教室の中にはもう青島は居ない。一足先に校舎裏へ向かったようだ。

 正直、今になって緊張で体が強張ってきた。いや、青島が俺のことを好きだとはまだ決まったわけじゃ無い。ただ、俺のことを好きな人が今日の放課後、俺に何かしらのプレゼントをくれるというメールを聞いたことに、青島の行動が関係しているのではないかという可能性が大いにあるだけだ。いや、どう考えても無関係だとは言えない。

 状況を考えれば、ほぼ確実に俺のことを好きな人は青島だと言える。しかし、もし万が一それが違ったら俺は酷く滑稽な人間だ。自分を好きな人が居ると期待し、それが青島じゃないかとドキドキしていて、その結果違ったら、とんだバカだアホだマヌケだ。そんなことになったら恥ずかしさで、家のベッドの上で散々のたうち回って叫んで頭を抱えた挙げ句の果てに、羞恥に苛まれる。

 だから俺は、賢い俺は、ギリギリまで期待しない。張れるだけの予防線を張って、期待していないという態度を持って挑む。そうすれば、もし万が一違ったとしても俺へのメンタル的なダメージは最小限に抑えられる。

 とりあえず、人が減って静かになった教室の席に座ったまま、深呼吸をして心を落ち着かせることにする。ゆっくり息を吸い、そして……。

「打瀬くん?」

「すぅ――ガハッ! ゲホッゲホッ!」

「ちょ、ちょっと? 大丈夫?」

 息を吸って吐こうとした瞬間、横から突然声を掛けられて上手く息を吐けずにむせる。胸を押さえ咳を吐きながら声の方を向くと、心配そうな表情で顔を近付けている国富と目が合った。

「あっ……ご、ごめんなさい!」

 俺のすぐ近くまで顔を近付けていた国富は間近で俺と目が合い、慌てて顔を離しながら謝る。前に垂れてきた髪を耳に掛けながら、少し頬を赤くした国富は逸らした視線をチラリと俺に向ける。

「考え事をしててボーッとしてた。何かあったのか?」

「え、ええ。打瀬くんには最近お世話になっているから、そのお礼をしたいと思っていたの」

「お世話?」

「ほら、日直の仕事を手伝ってもらったり、変な手紙でボイラー室に呼び出された時に付いてきてもらったり」

「ああ、あれか。別にお礼をされるようなことでもないだろ」

「そんなことないわ。だから、良かったら貰ってくれないかしら?」

 そう言って国富が俺にシンプルな柄の包装紙で包装された小包を差し出した。俺はその小包を受け取って頭を下げた。

「そんな気を遣わなくても良かったんだけど。ありがとう」

「いいのよ、私がそうしたかっただけだから。……じゃあ、私はこれで帰るわ。また明日」

「ああ、また明日」

 早歩きで教室を出て行く国富を見送り、俺は手に持った小包を見る。そして、包装紙を丁寧に開けて包まれていた箱を開けた。中にはシンプルな柄のハンカチが入っていた。女子高生がお礼として渡すには少し大人過ぎる気もするが、国富らしいと言えば国富らしいお礼だ。

『あの子、今日ダセにプレゼント攻撃するらしいよ』

 俺の頭にその音が響いた。しかしそれは今聞いた音ではなく午前中に聞いた音を思い出したのだ。そして、その音の意味を理解しながら、自分の手に握られているハンカチに再び目を移す。

「これ……プレゼント、だよな? ……ええっ!? プレゼントォッ!?」

 誰も居ない教室で、俺は椅子から立ち上がりながらそう叫ぶ。国富がお世話になったからと言って、俺にくれたお礼の品であるハンカチ。このハンカチはお礼として俺に贈られた物で、贈られた物、贈り物は英語でプレゼントと言う。そして、俺のことを好きな人は、今日の放課後にプレゼントを俺にくれるというメールを聞いた。俺に放課後プレゼントをくれる人は俺のことが好きな人で、俺のことが好きな人は放課後プレゼントをくれる人なわけで……。

「ヌァアアッ! 訳が分からなくなった! 落ち着け俺!」

 頭を掻きむしって、混乱する頭で状況を冷静に判断しようとする。今日の放課後、俺にプレゼントをくれる人は俺のことを好きな人なわけだから、俺に放課後プレゼントをくれた国富は、俺のことが好きで……。

「マ、マジデスカ」

 国富は黒髪の眼鏡を掛けた典型的な美人優等生。性格は厳しく堅いところもあるが、かなり良い人だ。圧倒的多数の女子から嫌われている時でも、俺に何の壁も無く話し掛けてくれたのは国富だった。しかし、国富のことを好きかと聞かれても首を縦に振ることは出来ない。ただ、嫌いかと聞かれても縦に振ることは出来ないが。ようは、判断出来ないのだ。

 俺と国富が話し始めたのはつい最近だし、俺は国富と特別仲が良いわけではない。そんな状況で国富のことを好きか嫌いか判断するなんて出来るわけが無い。ただ、見た目はかなり美人であると断言できる。

「あ、青島のところに行かないと」

 予想外の出来事に混乱しながらも、青島に呼び出されている校舎裏へ向かうために教室を出る。

 教室を出て、俺は廊下を歩きながら後悔した。走って帰って行く国富を呼び止めれば良かったと。そして、それを思ってすぐに「いや……」っという否定の言葉が口から漏れる。

 国富を呼び止めてどうする? 「国富って俺のこと好きなの?」とでも聞く気か? 何それ、めちゃくちゃ気持ち悪いじゃ無いか俺。もしそんなことをしたら、仮に国富が俺のことを好きだったとしても、一発で幻滅されるに決まっている。だから、何も出来ない以上、俺はあそこで国富を呼び止めなくて正解だったのだ。しかし、そう考えると他に疑問が生じる。

 青島は何故俺を呼び出したのか?

 俺は、青島が呼び出した理由をてっきり俺へ何かしらのプレゼントを渡すためだと思い込んでいた。それは俺のことを好きな人が俺に何かプレゼントをくれるというメールを聞いていたからで、誰だってそのメールを聞けば青島がそうだと思うに決まっている。まあ、この世にメールを聞けるヘンテコ能力を持っている人が俺以外に居るか知らないけれども。

 だがしかし、ついさっき国富が俺にお世話になったお礼としてハンカチをプレゼントしてくれた。ということは、メールで聞いた人は国富である可能性が高い。そして今更になって考えれば、メールと実際に呼ぶのでは呼び方が違うという可能性もある。

 心の中では好きな人を呼び捨てにしているが、実際に話すときは呼び捨てで呼ぶのは恥ずかしくて敬称を付けてしまう。

 好きな子に意地悪してしまう小学生男子心理とは違うが、そんなただの子供っぽい行動とは違って、呼び捨てで呼ぶのを恥ずかしがっている方がより女の子らしく可愛らしい行動だ。もし国富がそうだとしたら、国富は俺が思っている以上に年相応の女の子らしい性格なのかもしれない。

 廊下を歩きながら、自分でも若干気持ち悪さ加減の滲む思考にふけっていると、靴箱の前に到着した。教室で起こった衝撃展開の影響で少し教室を出るのが遅れたせいか、既に靴箱の周辺は人が居らず閑散としている。

 自分の靴箱まで歩いて行き、俺のことを好きな人が国富ではないかという可能性について思考を廻らせていた。その俺の視界の隅に、フワッと揺れる小さな影が見えた。

 影の方に視線を向けると、靴を履き替えた日向が俺の方にゆっくりと歩いて来ているのが見えた。

「何か忘れ物でもしたのか?」

 俺は日向に首を傾げながらそう尋ねた。靴を履き替えている日向が校舎の中に向かって歩いて来るということは、何か校舎の中に用事があるということだ。そして、その用事とは教室内に忘れ物をしたからだ。そうじゃなければわざわざ校舎に戻ってくる理由はない。

「えっ、えっと……打瀬くんを待ってたんです」

「俺?」

 左手にローファーを持ったまま、右手で自分の顔を指さす。それに日向はコクコクと無言で頷き、鞄を体の前で両手で握った。

「あ、あの……これ! 私のおすすめの本です! 良かったら読んで下さいっ!」

 英字新聞の柄をした本屋の包装紙に包まれた新書判サイズの小包を両手でギュッと握って俺に差し出している。そして、頭を上げた日向は、真っ赤な顔のまま目をキラキラとさせて俺の顔を見上げる。

「あ、あの! これ貰って下さい! シリーズ物なんですけど、一冊だけ読んでも面白いんです! 私も好きで読んでて、その……もし気に入ったら続きをお貸しします。なので、えっと……試しに読んでみて下さいっ!」

 もう一度頭を下げながら小包を差し出され、俺は静かな靴箱の前で、日向の差し出した小包を右手で受け取る。

「ありがとう」

「あ、ありがとうございます! えっと! さようならっ!」

 ブンブンと何度か頭を下げた日向は、猛ダッシュで校舎の外へ駆け出していく。そして、あっという間に俺の視界から消えていった。この前も児童向けのファンタジー小説を貸して貰ったばかりなのに、今度は貰ってしまった。

 本日二つ目のプレゼントである。今日の放課後は好きな人が俺に何かしらのプレゼントをくれるという情報を聞いている。が、国富に続き日向からもプレゼントを貰った。

 いや……プレゼントを貰うということ自体はかなり嬉しいことだ。だが。プレゼントを貰える機会なんて早々ないから若干どころか相当混乱している。

 高二になれば、クリスマスプレゼントはおろか誕生日プレゼントも無い。誕生日は親から「ああ、今日誕生日だっけ? おめでとう」なんて嬉しいお言葉を頂戴するくらいだ。だから、誕生日でもプレゼントを貰えないのに、なんでも無い日にプレゼントを貰えるなんてかなり幸運であり、滅多にあることじゃない。だが、俺はその滅多にないことが一日に二件も起こったことに困惑している。そして、それがよりにもよって、放課後にプレゼントをくれた人が俺のことを好きな人、ということが分かっている今日この日である。運が良いのだが複雑な気分になる。

 いや! 決してプレゼントを貰ったことが嫌とか、そういうわけではない。素直に二人の気持ちは嬉しいし、人生でこんな出来事を経験したことが無い俺は、今にも空中へ舞い上がりたい気分だ。ただ、タイミングが悪過ぎるのだ。主に、俺の個人的な理由で。

「ど、どっちが俺のことを?」

 靴箱で、左手にローファー、右手に日向のプレゼントを持ったまま、困惑を隠しきれない俺は呟く。いったい、どっちが俺のことを好きな人なのかと。

 どっちかが俺のことを好きで、どっちかが好意の無いただのプレゼント。もしくはどっちも好意の無いただのプレゼント。はたまた、どっちも俺のことが好きで……。

「いや、それはないな」

 二人とも俺のことを好きだという可能性を考えた途端、急に思考が冷静になってスッと体の熱が冷める。しかし、冷静になるのも当然だ。常識的に考えて、俺が女子二人から同時に好かれるということなんてあり得ない。

 俺は自慢じゃ無いが、自分が誰かに好かれたなんて話を聞くなんて今回が初めてだ。そんな人間が、二人の女子から好かれた上にプレゼントを貰えるなんてことがあるわけがない。ましてや、相手が美人優等生の国富と大人し可愛い日向ともなれば、好かれている可能性は限りなくゼロに近い。いや、ほぼゼロだ。

 そう考えると、どっちかが俺のことを好きか、そもそもどっちも俺のことなんて何とも思っていないかのどちらかしかない。しかし、今の俺にそれを確かめる術は無い。

「そうだ。校舎裏に行かないと」

 そう思って歩き出し、俺はサッと血の気が引いた。

 国富と日向からプレゼントを貰った時点で、もう青島の用はプレゼントを渡すためではないというのは決定した。ということは、何か他の用事で呼び出されたに決まっている。そして、青島から呼び出される理由を考えて、俺は結論を出した。

「今から怒られるのか、俺は……」

 はっきり言うと、青島から呼び出された理由は分からない。分からないが、青島に呼び出される理由は怒られることしか思い浮かばない。

 ここ最近に限って言えば、俺は青島に怒られるようなことはしていなかったはずだ。それに、今日だって青島に呼び出されるまでに、青島に怒られるようなことをした覚えは無い。だけど、怒られる以外に理由が思い当たらない。

 物事は最悪のケースを想定してシミュレートしておいた方が、実際に起こった時に対応がし易い。最悪のケースを想定していればそこそこ悪いことが起こってもなんとかなる気がするのだ。

 校舎の出入り口を出て、校舎裏の舗装路に向かう。舗装路と言えば、俺が女子から冷たい目で見られる羽目になった、青島を無理矢理壁に追い詰めた疑惑が起こった場所だが、その件については青島は怒っていないと言っていたし、それで怒られる訳ではないだろう。それに、その件に関しては今更怒るはずもない。

 国富と日向のプレゼントの真意に加え、青島の呼び出し理由という不明なことが重なり、既に俺の頭はパンク寸前まで来ている。心なしか頭と胃が痛くなってきた気がする。

 頭にズキズキ、胃にキリキリというそれぞれの痛みを感じながら、俺は校舎裏まで歩いていく。すると、舗装路の中間辺りに立っている青島の姿が目に映った。

「遅い!」

 俺の姿を捉えた青島が、両手を腰に置いて俺を睨みながら声を上げる。やっぱり何か怒っている。

 俺は歩く足が重く鈍るのを感じた。体が今から怒られに行くことに抵抗しているのだ。俺は女子に怒られて喜ぶ人種の人間でもないし、この反応は当然のことだ。たとえヘタレだとか意気地無しだと罵られても、仕方がないものは仕方がない。

「あ、青島、俺はいったい何をしたんだ? 申し訳ないが、青島に怒られる理由に思い当たる節が無い」

「女子を待たせたでしょうが!」

「い、いや、それも確かに悪い、遅くなってすまない。だが、ここに呼び出された理由も分からないんだ」

 とりあえず謝ればなんとかなるとは思えない。多分、何が悪いのか分からずに謝っても「打瀬、アンタ適当に謝ってるでしょッ!」と火に油を注ぐ結果になってしまう。ここは出来るだけ低姿勢で真摯に誠意を見せるのが正しい。

 俺が機嫌を窺うように尋ねると、両手を腰に置いた青島はその格好のまま首を傾げた。

「何言ってんの?」

「いや、俺は何か青島を怒らせるようなことをしたんだろう? 俺はそれに気付いていないが、それで俺はここに呼び出されたんじゃないのか?」

「は? いや、別に打瀬はアタシになにもしてないじゃん」

「……は?」

 キョトンとした顔で発せられた青島の言葉に、俺は思わず間抜けな声を上げる。

 青島の言葉から判断すると、青島は別に怒っている訳ではなくて、俺も青島に怒られるために呼び出された訳ではなさそうだ。そうすると、いよいよ持って俺が何故青島に呼び出されたのか、その理由が全く分からなくなってきた。

「アタシが呼び出したのは、その……打瀬に渡したい物があって」

 急にさっきの活発な雰囲気を無くした青島は、心なしかしおらしく感じる言葉と仕草で鞄の中に手を突っ込む。そして、ゆっくり鞄から引き抜かれた手には、ピンク色の可愛らしい小袋があった。その小袋を両手に持った青島は、今まで見たことがないくらいの、一歩間違えば火が出そうなくらい顔を真っ赤にしていた。

「あ、あのさ……これ、私の手作りなの」

「手作り?」

 俺が聞き返すと、青島は一度コクンと頷いて両目をキュッと瞑って小袋を突き出す。

「パ、パウンドケーキを焼いたの! だからあげる!」

「パウンドケーキ?」

「そ、そう。前に家庭科で作ったクッキー作ったら、料理出来るのかって疑われたし! ちゃんと料理出来るの証明しようと思ってっ! め、迷惑だったら貰わなくていいんだけどっ!」

「迷惑なんてあるか!」

 小袋を引っ込めようとした青島の手から、ピンク色の小袋を受け取る。

 手作りのお菓子。それは男子なら誰しもが憧れる女子からのプレゼント。お菓子に限らず、手作りの物を女子からプレゼントされるというのは、男子としては少なからず、いや……かなりテンションが上がってしまうプレゼントだ。それは今まさに青島から手作りパウンドケーキを貰った俺も同じで、心臓が飛び出るほどビックリしたと同時に、心から湧き上がる嬉しさを感じた。しかも、今日は選択授業なんてない。ということは、わざわざ焼いてきてくれたということだ。

「ありがとう。でも、どうして俺に?」

「えっ!? そ、それは……」

 手の中にあるピンク色の小袋を眺めながら、正面に居る青島に尋ねる。青島は真っ赤な顔を俯かせて、もごもごと口ごもってはっきりとしない態度を取る。その反応を見て、手にあるプレゼントを見て、一瞬にしてパニックに陥った。

 今、俺の手の中にある小袋は青島からプレゼントとして貰った手作りパウンドケーキだ。そして、今日の放課後は俺のことを好きな人がプレゼントをくれる日だ。更に、青島からこのプレゼントを貰う前に、国富と日向からもプレゼントを貰った。

 俺は国富と日向からプレゼントを貰った時点で、青島からプレゼントを貰う可能性を排除した。そして、今、あり得ないと思っていた現実が起こっている。その現実を上手く処理出来ない。いや、どういうことですか、これは?

「あ、あの……打瀬ッ!」

「は、はいっ!?」

「その……えっと、あのッ!」

 両手をギュッと握って、詰まりながらも何かを俺に伝えようとする青島。その青島の姿に見入っていた。

「ず、ずっと前から好きでしたッ!」

「…………」

 校舎裏を流れる冷たい風。でも、その冷たい風でも、今俺が見ている夢は覚める気配がない。いや、えっ? うそ、だろ?

 キュッと目を瞑っていた青島がゆっくり目を開き、薄暗い校舎裏でも分かる真っ赤な顔で俺の顔を見返していた。その青島に、俺は恐る恐る声を掛ける。

「えーっと、もし俺の頭がおめでたくて聞き間違えてたらすまない。……今、好きって言ったか?」

「……そ、そう。打瀬のことが好きなの」

「……それは、友達との勝負に負けて罰ゲームでやらされる、あいつに告白して来いよ的なことではなくて?」

「……うん」

「なんでまた俺を」

 告白なんて人生初だが、こうも落ち着いていられるものなのだろうか? 俺の想像では、もっと嬉し恥ずかしでドキドキすることを想像していた。

 多分、告白される現実なんて経験が無かったから、今のこの状況を上手く飲み込めていないのだ。だから、自分の中にきちんと理解して入って来ていないから、そもそもドキドキする以前の問題になっている。

「はぁ……」

 青島は俺の方を見て真っ赤な顔のまま、急にそうため息を吐く。そして、顔は赤いままでいつも通りのジトッとした視線を俺に向けた。

「なんか鈍感そうだとは思ってたけど、結構重症ね」

「なんだろう。全く褒められてる気がしないんだが……」

「褒めてないわよ! ……一年の頃から好きだったの。ううん、入学して初めて会った日からずっと……」

 消え入りそうな小さな声で、話す青島は襟元に付けたリボンの端をいじって、フゥーっと長く息を吐いた。

「その……私と、付き合ってくれませんか?」

 最初に、俺のことを好きな人が居ると知ってから、やっと辿り着いたその人。その、俺のことを好きな人が目の前に居る。

 青島は俺に勇気を振り絞って告白してくれた。その表情や語調から、青島がもの凄い勇気を振り絞ってくれたのが分かる。

「青島、俺は――」


 日が傾き掛けた放課後の学校。校庭からは運動部の生徒が発するかけ声、野球部の金属バットがボールを打つ甲高い金属音、サッカーボールが蹴られる鈍い音が聞こえる。校舎の方からは、窓を開ける引き開ける音、廊下を駆ける足が床を蹴って響く音が聞こえる。放課後の学校の、いつも通りの環境音。その音に紛れて、俺だけの環境音が聞こえた。

 いつもならそれは、ただの雑音よりうるさくて、どんな生活音よりも聞いていて気まずい音。

『プレゼント渡せたんだ、びっくり。おめでとう、にっこり』

 でも今だけは、その音がとても綺麗な音詩に聞こえた。


  終わり

 最後まで読んで下さりありがとうございます。『モテ期到来!? メールの差出人を探せ。』完結です。

 お一人でも「面白かった」と思って頂けていれば嬉しく思います。本当に、ご観覧ありがとうございました。

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