世界を救う理由
「早い話、この世界は征服されています」
「征服?」
馴染みの深い単語が出され、聞き耳を立てる。
「二年前、平和だったこの世界を、たった一人の人物が征服し、平和とは程遠い悲しきものへと変えてしまったのです」
「二年前だって? たった二年で、そいつは世界を全て荒らしたってのか?」
「二年どころか、一年、いや、半年で既に今の状況でしたよ」
「半年……」
敵がいかに強大なのかを思い知らされる。この世界を救うことは、そう簡単ではないのは確実だろう。
「その人物は今もなお、自分の手に染まっていない人物を探しています。もしも見つかってしまえば私達は……」
「殺されるのか?」
「恐らくは」
「そうか……」
敵は殺すことに躊躇の無い人間か。俺でさえ、萌衣が殺された時こそ殺しを躊躇わなかったものの、人を殺すのは嫌だ。だが、相手はそんな俺みたいな臆病者では無いってわけだ。
「今やこの世界は、完全にその人のものなのです。農業や牧畜業、水産業などの第一次産業も、全てその人の支配下です。その人が食べたいものをその人の為だけに、多くの人が奴隷のように作らされているのです。その人の役に立たない人には、死しか許されていません」
やっていることは、俺と同じ世界征服。だが、中身は全く違う。この世界の征服者には、きっと愛する人がいないのだろう。それが俺とここの征服者との決定的な違いだ。
「私達のように、あの人物から逃れて地下で生活している人はおそらく世界中にくたくさんいると思われます。ですが、あの人物に見つかってしまえば、奴隷か死。毎日毎日、いつ見つかるか分からない恐怖に怯えながら生きているのです」
とても辛そうに、カリバ2は話した。カリバ2の怒りや苦しみが、言葉の一つ一つから伝わってくる。
「それでお前は、そんな世界を救うために俺達をここに連れてきたってわけだ」
「そういうことです。あなた達の力はよく知りませんが、今は藁にも縋る思い。たとえどんな僅かな希望でも、私達はその希望にかけているのです」
「希望、ねえ……」
俺はあっちの世界で、数々の酷い行為をしてきた。そんな俺が、希望……ね。
「それで、その世界を征服したある人物ってのはどこにいるんだ?」
「あなた達もよく知っている街ですよ」
「俺達も知っている街? と言うと?」
「トタースです」
「トタース……だと?」
予想外の街の名前に、俺は驚いた。信じられない。信じたくない。
「はい、トタースですよ」
だが無情にも、カリバ2は敵の本拠地がトタースであることを肯定した。
もし俺がこいつに協力するなら、よりにもよって、俺は俺の街であるトタースを潰しに行かなきゃいけないってのか? なんでだ。なんでトタースなんだ。世界征服をする人間は、トタースを拠点にする運命でも存在するってのか? 自分の街を、自分の手で壊す。それはかなり辛いことだ。簡単に出来ることではない。
「で、ちなみにここはどこなんだ?」
もしも知っている街であったり、トタースに近い街であったりするのなら、色々今後の行動が変わってくる。
「ここは、第二トタースです」
「だ、第二?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。少なくとも俺の知っているトタースに、そんなもんはないぞ?
「あくまで非公式ですよ。私達が勝手にそう呼んでいるだけです」
「勝手にそう呼んでる? なんでそんな呼び方をしているんだ? さっき自分でカリバ2でいいと言ったように、2って数字が好きなのか?」
「そんなアホな理由なわけないじゃないですか」
「じゃあ、なぜ?」
「貴女の世界のカリバは、どこに住んでいますか?」
「どこって……」
カリバ2の質問に、俺とカリバは目を見合わせた。
「そっちのカリバが住んでいたのは、トタースでしょう?」
「た、確かにそうです。ですが、私の住んでいた街に何か理由でも?」
「貴女がトタースに住んでいるのと同じように、私もまた、トタースに住んでいたということです」
「じゃあ、まさか……」
カリバはカリバ2の言わんとしていることが分かったようだ。俺もなんとなくだが察しがついた。
「今この地下にいるのは、全て元トタースの住人ですよ。だから、故郷の名前をこの場所に名づけているのです」
「なるほどな」
全員トタースの住人ならば、確かにここを第二トタースと呼んでいるのにも頷ける。
「ということは、お前達はトタースから逃げて来たのか?」
「はい。あの街にいたら、全員殺されていたでしょうし」
「全員殺されるってことは無いだろ。奴隷になっていた可能性だって」
「いえ、私達は奴隷にはされません。100%殺されます」
「なんでだ?」
「あの人物の思惑通りにはならないからですよ」
絶対にそいつのものにはならないという強い自信の炎が、カリバ2からは感じられた。これだけ敵意が剥き出しなら、確かに奴隷にはさせられないわな。
「今伝えられるのはこんなところですかね。後のことは、また機会があれば」
「あいよ」
何かミステの記憶の助けになる情報でもあればと思ったが、そんなものがあればカリバ2の方からすぐにそれを伝えるはずだ。カリバ2だって、ミステの記憶の回復を願っているだろうし。ということは、今ののところは記憶回復の手段が無いと考えるのが普通か。
「ねえお兄ちゃん、ほんとにやるの?」
カリバ2の話が終わると、萌衣が俺に尋ねた。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
「だって、いくら頑張ってもお兄ちゃんが得る物は、この世界の英雄って称号だけなんでしょ? この世界を救ったからってミステちゃんの記憶が必ず蘇るとは限らないんだよ?」
「確かにその通りだ。最初は俺もやる気は無かったよ。だがな、気が変わったんだ」
「変わった?」
「ああ。なあカリバ2よ。一つだけ確認させてくれ」
「なんですか? 告白でもするんですか? 振りますよ?」
相変わらずのトゲのある言い方で、カリバ2はめんどくさそうに言った。
「ちげーよ。たださ、お前の気持ちをしっかり確認しておきたいんだ」
「気持ちの確認? それってやっぱり」
カリバ2の勘違いをスルーして、俺は聞いた。
「お前は、この世界が救われてほしいか?」
「何を聞くのかと思えば。そんなの、当たり前じゃないですか」
「なら、俺は世界を救うよ。理由はもうできたからな」
「はぁ? 一体何を言って」
「俺の大好きな女、カリバが願っていることなんだ。それがたとえ平行世界にいる、俺と共に旅をしてきたカリバじゃなくたって、同じカリバという存在であることに変わりは無い。だったら、その願いを叶えるために、俺が動かないわけにはいかねーんだよ」
「っ……!」
俺の言葉を聞いて、カリバ2は一瞬言葉を詰まらせた。だが、すぐに頬を二度叩き、早口で言った。
「あ、あなたにそんなこと言われても、ちっとも嬉しくなんてありませんから!」
「そうかよ。お前がどう思おうが、俺がお前の願いを叶えてやりたいことは変わらない。俺はカリバが大好きだからな」
「カプチーノさまぁああああ!!」
俺がそう言うや否や、カリバが俺に勢いよく飛びかかってきた。
「な、なんだよ突然!」
「私、今最高に幸せです! カプチーノ様が私のことをそんなにも愛してくれていたなんて! あーもう、大好き大好き!」
ひたすらカリバが頬をすりすりしてくる。しばらくは離れてくれそうにない。
「まあそういうわけだから、萌衣、納得してくれたか?」
「うぅぅ。なんか複雑」
なんとも微妙な表情だが、とりあえずは納得してくれたようだ。
「あ、あの! 私と同じ姿でそんなはしたないことしないでください!」
「はしたなくなんてありません! というか、今の私のこの衝動は、私にも止められません!」
カリバはますますヒートアップして、苦しいくらい強く抱きしめてきた。
「ああもう! 本当にこんな人が同一人物なんでしょうか! 私はこんなこと絶対にしないのに! ただまあ……」
カプチーノに聞こえないくらいの小さな声で、カリバ2は一言呟いた。
「あっちの私が惚れた理由は、分からなくもない、ですけど」




