階段の先に待っていたのは
「な、何を馬鹿なことを言ってるんだよ。世界が荒れてるって」
「本当のことですよ。試しに他の街にでも行ってみますか? まあもっとも、無事でいられるとは思えませんが」
冗談を言っているようにはとても見えない。信じ難いことだが、嘘では無いのだろう。
「さて、早速案内しましょう。私の仲間がいる場所へ」
「あ、ああ」
女は、俺達が全員球体から出るのを確認してから歩き出した。
歩きながら、俺はずっと思っていた。本当にこんな世界に、人なんて住んでいるのか? 周りには瓦礫の山しかなく、今のところ人のいる様子は全く無い。
大変なことに足を突っ込んでしまったことを、今更ながら認識した。これから先のことを思うと、思わず歩くのを止めてしまいそうになる。だが、これにはミステの記憶がかかっているんだ。引き返すわけにはいかない。
周りの荒廃ぶりが嘘のように、空は青く晴れ渡っている。誰もいない土地を意味も無く照らす太陽は、なんだか虚しさを感じさせた。
「なあ、さっきの球体は置きっぱなしでいいのか?」
黙っていたらどうにかなってしまいそうで、俺は話しかけた。
「はい。この街にはもう、人は一人もいないと思われているので、"奴ら"は来ませんし、来たところであれの正体は分かりませんよ」
「その奴らってのが、この世界を荒らしたんだな?」
「そうです。そして奴らの討伐こそが、あなたをこの世界に呼んだ理由でもあります」
「なるほどな」
って言っても、俺は別にミステの記憶のためにこの世界に来たんだし、ミステの記憶が戻りさえすれば世界を守る気なんて全くない。記憶を取り戻し次第、この女のリモコンを奪い元の世界に帰る。そのために、さっきリモコンの操作は完璧に見て覚えた。
「一応聞いておきたいんだけどさ、世界を救うと俺に得はあるのか?」
救うつもりは無いが、聞くだけ聞いてみた。こいつは俺達にかなりリスキーなことをさせようとしているわけだし、もしかしたら対価としてそれ相応のものを何か得られるのかもしれないと思ったのだ。
「得、ですか? 強いて言うなら、この世界を救った英雄になれる、とか?」
「英雄ねえ」
悪くはないが、別にそこまで欲しくも無い。ま、命を懸ける理由にはほど遠いな。
「ここです」
しばらく歩くと、女は何も無いところで止まった。
「ここ? 場所を間違えているんじゃないのか?」
「いえ、ここで合ってますよ」
って言われてもなあ。ここ、誰もいないし何か人がいるような建物なんかも無いんだが。
「いいから見ててください」
そう言って、女はしゃがんで何かを探し始めた。
「あ、これはもしかして」
女の行動を見て、カリバは何かを察したらしい。
「なんだ? 何が分かったんだ?」
「地面をよく見てください」
カリバに言われて、地面を注意深く見てみた。すると、ある一つの特徴に気づいた。
「この辺だけ、少し地面の色が違う」
ほんの僅かだが、周りと比べてここだけ地面の色が少し濃い。
「カモフラージュってやつですね。分かる人にだけ分かるようにしてあるのでしょう。そしておそらく、周りに人が全然見当たらないのも、それは人がいるのがここではなく」
カリバが話している途中、女は地面に落ちている何の変哲もない小さな小石を持ち上げた。すると、小石は地面の一部と共に持ち上がり、その下には人一人通れるくらいの狭い階段があった。なるほど、小石が地下に行くための扉のノブのような役割を果たしていたのか。きっと、俺には何の変哲も無いように見えたあの小石は、実は何か他の小石とは違う特徴があったのだろう。
「ここを下ります。私はここを閉めなくてはいけませんので、最後に降ります。皆さんは先に降りてください」
「一応聞いておきたいんだが、この先に危険はあるのか?」
カリバがいる限り死にさえしなければ大丈夫とはいえ、萌衣が殺された時のようにあっさりと死んでしまうような何かがあるのなら、この先に進むわけにはいかない。
「いいえ、むしろこの先は、この世界で最も安全な場所ですよ」
「ならよかった」
胸を撫で下ろし、蝋燭でぼんやりと照らされた階段を一段一段降りていく。
「こ、これって」
階段を降りている途中に、壁沿いに一つの大きな部屋があった。部屋にはドアが無く、階段からでも中身が見えるようになっているのだが、その部屋の中には、この世界に来るのに使ったあの球体が、サイズこそ違えど大量にあった。
「ああこれですか。これは我々の希望ですからね。たくさん予備があるのですよ」
「リモコンも球体一つ一つに用意されているのか?」
「もちろんです」
「なるほど」
それなら、ここに来ればわざわざこの女からリモコンを奪わなくても元の世界に帰れるってわけか。ふむ、いいことを聞いたな。
「そろそろ到着です」
「やっとか。結構深いんだな」
大体二十分くらい階段を下った。ここまで長い階段は人生で初めてだ。
「まあ、滅多にここから出ませんからね。深くても不便ではないのです」
「出ないって、食料とかはどうしてるんだ?」
「どうせ地上に出ても食料なんてありはしませんよ。私達は地下で栽培したものを食べています」
「そうか」
なんか悲しいな。この先にいる人達は、日の光を浴びずに毎日を過ごしているのか。
「あ!」
俺達の姿を捉え、奥から誰かが声を上げた。ここからはまだ、それがどんな人物なのかまでは見えない。
「どうやら出迎えてくれたみたいですね。きっと彼女の姿を見たら驚きますよ」
近づくにつれて、徐々に声の主の姿がはっきりと見えてきた。
「ま、まさか!」
この人物を俺は知っている。いや、俺どころか、ここにこの人物を知らない人なんていない。
だって、俺達を出迎えた人物とは――
「カリバ、か?」
そう、その姿は誰がどう見ても、俺の後ろを歩いているカリバと同じだったのだ。




