ミステの選択
「お前は、ミステのなんなんだ?」
俺はこの人物を知らない。メイドとしてトタースで働いてくれている女に顔はそっくりだが、カリバは客人と言っていたしそのメイドとは間違いなく別人だ。そしてミステと俺は常に行動を共にしてきたわけだし、俺が知らないということは、俺と出会ってからのミステも出会っていない人物だろう。
ということは、もしかしてミステが記憶を失う前に関係していたりするのか?
「ミステ? それは一体?」
「一体って、その写真に載ってる女の子だろ」
「何を言っているのか分かりません。彼女はミステなどという名ではありませんよ」
「ミステでは、無い?」
ミステというのは、ミステが自ら名乗った名前だ。それが、違う?
「じゃ、じゃあ、本当の名前はなんなんだ? お前はそれを知っているのか?」
「もちろん知っていますよ。ただその前に、あなた様の名前をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 俺の名前も知らずにこの街に来たのか?」
「はい。この写真を色々な人に見せて辿り着いたのがこの街でして、あなたの名前はおろか、実はこの街がなんという名前なのかさえまだ把握していなくて」
「ふむ」
今この世界で、俺は一応一番の有名人であるはずだ。それを知らないってのは、この子は相当な世間知らずってやつか?
「俺の名前はカプチーノだ。名前を聞いたことくらいはあるだろう?」
「カプ……チーノ!?」
俺の名前を聞いた瞬間、客人の表情が変わった。
「ということは、ここはもしや、トタース?」
「ああ、ここはトタースだけど」
「ここが、トタース……。なるほど。これもまた運命、なのですね」
「運命?」
「いえ、こちらの話です。なんでもありません」
なんだ? この女は何を知っている?
「あの、ミステさん? に会わせていただきたいのですが」
「その前に、ミステの本当の名前ってのをだな」
「それなのですが、今はまだ言うべきでは無いように思いました」
「なんだそれ。じゃあいつなら言えるんだよ」
俺の嫁の中でも、最も謎の多いミステ。彼女のことをもっと知れるチャンスは今しかないと思う。本名が違うというのなら、その名を知っておきたい。
「すみません。ですが、いつか必ず知ることにはなるかと思います。それよりも今は、彼女に会わせてください」
「いつか必ず、か……」
なんか腑に落ちないな。なぜ隠す必要があるんだ? 別に俺が知ったところで何も変わらないだろ?
そもそもこの女は一体何者なんだ? こいつとミステを会わせていいのか?
もう帰らせた方がいいのだろうか。それとも、ミステの記憶を取り戻す手助けになるのなら、ミステに会わせるべきなのだろうか。
「ちょっとミステに聞いてくる」
こういうことは俺が決めるべきではない。ミステが決めることだ。
「ミステ、ちょっといいか?」
食堂でちまちまと美味しそうにご飯を食べているミステに、俺は話しかけた。
『何?』
今は食事が大事だ、他のことなどやらんと言わんばかりにミステは食事の手を止めない。
「なんか、お前の記憶の無くなる前のことを知ってるっぽい人が来た」
「……!」
ミステの握っていたスプーンが、小さな音を立てて床に落ちた。
「あ、あの客人、ミステさんの過去を知っていたのですか!?」
俺の告げた言葉が衝撃的だったようで、皆の食事の手はすっかり止まり、全員が俺の顔を見つめる。
「まあほんとかどうかは分からないけどな。今のところは、ミステの本名がミステじゃないってことしか聞いてないし」
「え!? ミステちゃんって本名じゃないの!?」
「さあな。俺も今日初めて聞いたよ。ミステ、どうなんだ? 本名じゃないって言われて、何か思い出せそうか?」
『分からない ただ 私の名前はミステなはず』
「そうか」
まあ、そんな簡単に記憶が戻ったりはしないか。
「なあミステ、お前どうする?」
『どうするって?』
「客人に会うかどうかだ。もしかしたら、あいつに会えば記憶を取り戻せるかもしれない」
『記憶』
「取り戻したいか?」
『記憶を取り戻すのは 怖い 今の生活で十分満足しているし 記憶を取り戻すメリットもない でも』
「でも?」
『記憶 知りたい』
「そうか。ならまあ、行くしかないよな」
こくり、とミステは頷いた。
もしミステが記憶を取り戻したら、俺のことを嫌いになったりしないだろうか。そうなったら、怖い。
いや、でもそんなことはあり得ない。俺とミステはこの一年でたくさんの愛を刻んだ。それに、そもそもミステは初めてあった時から俺のことを知っていて、ずっと一緒だと言った。そんなミステが、俺から離れて行くはずがない。
って、何を自己中心的なことを考えてやがるんだ俺は。
結局一番大事なのは、俺の気持ちじゃなくてミステの気持ちだろーが。ミステがもし過去を知り、俺の元を離れたくなったとしたら、それはとても辛いことだが、ミステの気持ちを尊重し、俺の想いは胸の奥へと閉じ込めて、笑顔で送り出すことにしよう。




