記憶
『ミステ』
「それがお前の名前か?」
俺の問いに、ミステはこくりと頷いた。
にしても、俺に落ちていない女と行動を共にするというのは、この世界に来てから初めての経験だ。
だからといって、別に落とそうとも思わない。
タイプじゃないから、とかではない。
単純に、落ちていない女と共に行動をするということに興味があったからだ。
「なんでこんな奴と……」
ミステと行動を共にすると決めてから、カリバはずっとご機嫌斜めだった。
俺と二人きりだったのがそうでは無くなったことにご不満らしい。
『どこ 行く?』
「そういや言って無かったな。俺等が向かってるのは大龍王っていうドラゴンの退治だ」
『把握』
あの一言以来、ミステはまた声を出さなくなってしまった。
だが、ミステの文字を出すスピードは早く、問題なく意志疎通はできる。
「で、だ。行動を共にするってことで、お前のことを色々教えて欲しい。今のままじゃ、お前のことが謎だらけで何にも分からない」
何も分からないまま行動を共にするのは危険だ。
『記憶 無し』
「はぁ?」
『カプチーノとの約束 だけ』
「俺と約束したこと以外は覚えてないってのか?」
『肯定』
「マジか」
まさか記憶喪失とは……。
記憶喪失ってのは、何かショックな出来事があったり、頭に強い衝撃を受けたりするとなるんだっけか。
もし記憶を無くした原因が前者なら、俺が関わっていた可能性が高い。
そうじゃなければ、俺と一緒にいる約束だけを覚えているとかありえないし。
一体この子は何者で、俺とどんな関係があるのだろう。
実は、俺も記憶喪失だったりするのか?
「カプチーノ様、そろそろ日が沈みます。今日のところは休みましょう」
「あ、ああ」
ミステと俺の関係のことを考えるのは今はやめておこう。
いくら考えたところで、答えなんて出ないのだから。
にしても、たくさん歩いた。
異世界に来るまでの俺の体じゃ、こんなにたくさんは歩けなかっただろうな。
「あそこに街が見えますね。あそこにしましょう」
カリバが指差した方向に、確かに薄ぼんやりと街が見えた。
☆
「なあ、俺達三人をこの街に入れてくれないか?」
この街は、街全体が砦に覆われていた。
仕方が無いので、唯一の入口であるっぽい門から、お願いして入れてもらおうと思ったのだが。
「私達の街は旅人は歓迎していないのです。すみません」
この街は来客を迎えないらしい。
俺が離れている間のトタースも現在は似たような状態だし、理解はできるんだが、今日この街に入れてもらえないのは普通に困る。
『無理?』
「申し訳ございません」
ミステが可愛く頼んでも、依然として門番の態度は変わらない。
「貴様、この方が入れてくれと言っているのに断るとは、一体この方を誰だと思っている!」
カリバは納得ができないのか、大声で怒鳴る。
「そうは言われましても、決まりなので……」
どうやらこの門番は、何が何でも通すつもりは無いらしい。
だが焦ることは無い。
俺達は全員、今日この街に入ることができる。
だってこの門番は、女なのだから。
俺は門番の女性に、左目でいつもより気合いをいれてウインクをした。
これでよし。
これで、もう一度最初に言ったことと同じことを頼めば。
「なあ、俺達三人、この街に入れてくれないか?」
「どうぞ! 喜んで!!」
さっきの対応が嘘のように、門番はすんなりと俺達を通してくれた。
「なにあれ! なにあれ!」
俺の能力を初めて見たミステが、興奮して聞いてくる。
こういう時はしゃべるのか……。
ますますミステのことが分からない。
「ねえねえ! なんなの? あれなんなの?」
ミステは相当知りたいらしく、ぴょんぴょんと飛び跳ね、ひたすら聞いてくる。
ま、これから一緒に行動を共にするんだし、知っておいてもらった方が良いか。
「今俺が使ったのは――世界を手にする能力だ」
そんな入りから、俺はミステに全ての女を落とす目について教えたのだった。