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街の救世主

 俺達はワードルに戻ってから、色々手こずった赤ちゃんのいた街「ウェスト」へととんだ。あの赤ん坊を連れてくれば、ワードルに四人揃う。


「よかった……」


 街を見渡して、俺はほっと胸を撫で下ろした。ひょっとしたら、またあの赤ちゃんによってまた街を荒らされているかもしれないと思っていたのだが、どうやら大丈夫そうだ。


「結構復興作業が進んでるみたいだね」


「そうだな。このペースでいけば、すぐに普通の街に戻れるんじゃないか?」


 まだあの騒動からそれほどの日数が経っていないにも関わらず、結構瓦礫も片付いており、新たな建物も建てられようとしている。


「さて、役所に行くか」


「そだね。役所なら、間違いなく赤ちゃんのいるところが分かるだろうし」


 俺とシュカは、初めてこの街に来た時と同じように街の役所へと向かった。

 役所で受付嬢に訊ねると、予想通り赤ん坊の居場所はすぐに分かった。どうやらここから結構近いところにいるらしい。俺達は受付嬢のお姉さんにお礼を言うと、早速教えてもらった場所へと向かった。


「分かっていたとはいえ、あの赤ん坊、本来住むはずだった家はあの暴れた時にめちゃくちゃになっちゃってて、両親と共に今は別の家に住んでいるのな」


 自分の家を壊してしまうとは、なんとも親不孝な赤ちゃんだ。


「でも、新しくできるお家は今までのお家より遥かに豪華になるんでしょ?」


「らしいな。なんでも、街の復興の為に莫大な援助金を貰えたらしい」


「え? どっからそんなお金が?」


「さあな」


 とぼけつつも、本当は金の出どころは分かっている。実はカリバに頼んで、俺がトタースの金の一部をこの街に送ったのだ。カリバは旅の間に、シュカにちょくちょくトタースに連れて行ってもらっている。そのタイミングで、カリバはメイドや使用人達に支援金を送っておくよう頼んだというわけだ。


「そういえば、私この街に来た時、あんまり活躍しなかったんだよねぇ」


「そうだっけか?」


「うん。カリバが出産のお手伝いをしていた時もなんにもできなかったし、カプチーノが赤ん坊を止めている時もなんにもできなかった」


 そういえば、確かにこの街でのシュカの行動はあまり記憶が無い。

 シュカは自分が何もできなかったことを情けなく感じてしまったらしく、しゅんとしてしまった。


「なーに、そんなこと気にすんなよ。そもそもお前がいなきゃ、瞬間移動無しで伝説級の能力者を集めることになってたんだぞ? もしそうなっていたら、一体何日かかると思ってるんだ」


「それはそうだけど」


「お前はすっごい役に立ってるよ。いてくれて本当によかった。それに――好きな人と一緒にいるだけで、男ってのは幸せなんだよ」


「!!」


「どうした? そんなに驚いて。なんか俺変なこと言ったか?」


「いや、だって急にそんなこと言われたら、照れる」


 シュカは顔を朱くして、もじもじとしている。


「言ってほしけりゃ何度だって言ってやる。俺はお前といると幸せだ。お前がいなきゃ、幸せにはなれない」


「あわわわわ。も、もういいよ。ほら、周りの人にも聞かれちゃうかもだし」


「別に聞かれたっていいだろ? ここはトタースと違って、周りの人間が俺に気があるわけじゃないんだから」


「で、でも、恥ずかしいじゃん」


 シュカは耳まで真っ赤だ。なんか、すごく可愛いな。こんなに可愛い反応をしてくれるのなら、もっと何か言いたくなってしまう。


「ほ、ほら、着いたよ!」


 次は何を言ってやろうかと考えている内に、もう赤ちゃんの所まで来てしまった。ちっ、もっと愛を伝えたかったのに。


 家をノックし、誰かが来るのをしばらく待つ。するとすぐに、元妊婦の女性が出てきた。


「あ、あの時はお世話になりました」


 俺の顔を見るなり、元妊婦さんは頭を深く下げた。


「いや、別にたいしたことじゃない。というか、一番頑張ったのは俺じゃなくてカリバだしな。それより、赤ちゃんは今いるか?」


「あ、はい。今は眠っております」


「そうか。もしよければ、会わせてもらってもいいか?」


「もちろんです!」


 元妊婦さんは、迷うことなく即座に承諾してくれた。


「じゃあ、お願いする」


 俺達は、家の奥へと連れてこられた。家の中はとても狭く、大して歩かずにすぐに目的の部屋までたどり着いた。


「あそこです」


「あーほんとだ。確かに眠って――」


 俺が声を発した瞬間、赤ちゃんは俺の方へと一直線に飛んできた。


「あうあう!!」


「な、なんだ?」


 えーと、これは怒ってるのか? 言っていることは分からないけれど、なんとなくそんな気がする。


「もしかして、カプチーノが何も言わずにこの街を出てったから怒ってるんじゃないの? ほら、この子カプチーノに落とされてるわけだし」


「ふむ」


 そういえば俺はこの街を出る時、赤ちゃんには何も伝えなかった。というか赤ちゃん寝てたし。


「怒ってるのはまずいな」


「なんで? 連れて行けばいいだけの話じゃないの?」


「忘れたのか? ワードルで俺が魔法を取得する条件」


「えーと」


「相手に信用されていること、だ。怒ってるうちは、さすがに信用してくれないだろ」


「確かに」


 さて、どうすれば。


「そういえばこの赤ちゃん、まだ生まれたばかりなのに、なんとなく俺の言ってることを理解してたんだよな。もう絶対に暴れないでくれって言ってから、実際に暴れていないわけだし」


 伝説級の能力者だからなのか、この赤ちゃんは普通の赤ちゃんより優れているんだと思う。


「じゃあ、カプチーノが愛の言葉を囁けば!」


「俺が勝手に出て行ってしまったことを許してくれるかもしれん。ただ……」


 0歳児の赤ちゃんに愛の言葉を囁くとか普通にキッツいんだけど。


「シスタのこと、生き返らせたいんでしょ?」


「うっ……」


 そうだ。俺は萌衣を生き返らせなければならないんだ。だから、こんなところで立ち止まっているわけにはいかない。


「す、好きだ」


 言った。0歳児に、好きだと言ってしまった。

 うわぁ、超キツい。0歳児に告白って、事情を知らない人が見たら相当ヤバい人だぞ。


「あうあう」


 俺のことを見る赤ちゃんの表情が、怒りから優しいものへと変わっていく。


「どうやら上手く行ったみたいだね」


「……そうだな。俺は何か大切なものを失った気がするけど」


 男としてのプライドとか。


「さて、じゃあワードルに連れていくか。なあ赤ちゃんの母親、ちょっとだけ赤ちゃんを借りて行ってもいいか?」


「借りていく?」


「この赤ちゃんの力が必要なんだ。すぐに戻ってくるから、頼む!」

 

 頭を下げて、俺はお願いした。


「いいですよ」


「ほんとか!?」


「見ず知らずの人ならともかく、あなたはこの街の救世主です。信用して預けられます」


 俺への疑いなど全くない綺麗な瞳で、元妊婦さんは俺を見て言った。

 救世主、か。確かに俺がいなければ、あの赤ちゃんは今もなお暴れまわっていたかもしれない。

 ま、たまには救世主なんて呼ばれるのも悪くないな。


「ありがとう! よしシュカ、赤ちゃんを連れてワードルに戻るぞ」


「これで遂に、シスタが生き返るんだね」


「ああ、そうだ」


 もう少しで萌衣に会えるのだと思うと、涙を零しそうになる。だが、今はまだ泣かない。

 俺が泣くのは、萌衣が生き返ったその時だ。

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