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無感情な男の感情

「お前達、何故ここに?」


 再び現れた俺達に、無表情でドクターナミミは問う。


「感情が戻ったんだよ、色々あってな」


「感情が戻るだと? そんなはずは無い」


「そんなはずは無いなんて言われてもよ。現に俺がここにやって来た時点で感情が戻ってる証拠じゃないか」


「確かにその通りだ。ならば一体どうしてだ。私の機械は完璧なはずなのに。まあよいか。何があったかは知らないが、感情が戻ったとあらば再び感情を奪うだけの話よ」


 ナミミは無感情のまま、掃除機のような例の感情を奪う兵器を握った。

 やっぱりそうくるか。あの機械があいつの手にある以上は、当然それをまた使うよな。


「なあシュカ、一つ確認があるんだが」


 ナミミに聞かれないくらいの小さな声で、俺はシュカに話しかけた。


「何?」


 俺と同じように、シュカも小声で返事をする。


「お前、瞬間移動であいつのすぐ近くに行って掃除機を奪うってことは出来ないのか?」


「……ごめん、無理。私の瞬間移動は精密性が皆無で、記憶を頼りにすごく大雑把に行きたい場所にとぶものだから、あいつのすぐ近くにピンポイントでとぶってのは出来ない」

 

「そうか、分かった」


「ごめんね、役に立たなくて」


 申し訳なさそうに、シュカは頭を下げた。


「いや、気にするな。一応確認したかっただけだからな。もしそれができるなら、俺がわざわざ何かをする必要も無いなあってちょっと思っただけだ」


 さて、ミステの瞬間移動が使えないと分かった以上、俺はここに来るまでに考えておいたある作戦をやることが確定となったわけだ。

 力を貸してくれよ、萌衣!


「全く何のためにまた来たのやら。すぐに帰っていただこう」


 ナミミは掃除機を構え、俺達の方に先端を向けた。そして――躊躇うことなく掃除機の電源が押された。


 何かに引っ張られるような感覚が始まる。感情を失いたくなんてないのに、不思議と抵抗する気は全く起きない。そしてしばらくして、俺の感情は――消えた。


「どうやら感情は無事消えたようだな。ではまた帰ってくれ。もう二度と来るんじゃないぞ」


 無感情の俺達に、ナミミは冷たく言い放った。

 俺はその言葉に黙って従い、帰るためにシュカの体を――


「なんてな!!」


 俺は感情を失っていない。いや、正確には、"一瞬しか"失っていない。


「残念だったなドクターナミミ! 俺の感情はまだ残っているぞ?」


「何故だ? 機械の故障か?」


「故障なんかじゃないさ。見てみろ、シュカは感情を失っているだろ?」


 俺の隣にいるシュカは、何も考えずにボーっとしていた。一週間前のあの時と同じだ。


「だったらなぜ?」


「知りたいか。知りたいなら教えてやろう」


 そう言って、俺はさっきも使ったとあるアイテムをナミミに見せつけた。


「そういえば、先程感情を奪った後に、それを顔の前に持ってきていたな。それは一体……」


「これがなんだってか? これはなあ、俺の妹の枕カバーだ」


「枕カバー、だと?」


「そうだ。いつも妹の頭が乗っていた枕カバーだよ」


「それで何故感情が消えない? 何か特別な力が宿っているとでもいうのか?」


「特別な力って言うか、特別な女の匂いってのがこれにはあるんだよ。俺はな、それさえ嗅げば感情を何度でも取り戻すことが可能だ」


 さっき感情を奪われた後、俺はこの枕カバーを取り出し匂いを嗅いだ。そうすると、俺の感情はすぐに戻ってきた。


「そんなことがあり得るとは……。だが、まあいい。感情を取り戻した理由がそれなら、こちらにもやりようはある」


「何!?」


「この機械の見た目、何に似ている?」


「何って、掃除機だろ?」


「そうだ、掃除機だ。だからつまり――」


 ナミミは、俺の方に機械を向けると――俺の持っていた枕カバーを物凄い吸引力で吸い取ってしまった。


「な!?」


「これには掃除機としての機能もあるのだよ。これで貴様は、もう何もできまい」


 くそ! 俺の大切な枕カバーが、あんな野郎の手に!


「これに感情を戻す匂いが」


 そう言って、ナミミは俺から奪い取った枕カバーの匂いを嗅いだ。


「ん? 匂いなど何もせんではないか」


 何度も何度も、ナミミは鼻を近づけて匂いを嗅いだ。だが、いくらそんなことやっても無駄だ。


「馬鹿だなお前。いくら嗅いだって、お前じゃその匂いは分からんよ。だが、あんたにも好きな女が出来ればきっと分かるさ。男ってのはなあ、好きな女の匂いなら、どんなに洗濯されて薄れようが絶対に分かるもんなんだよ!!」


 たとえどんなに微かな匂いでも、俺は萌衣の匂いならば絶対に感じ取れる自信がある。


「そ、そんな馬鹿な。だけどまあよい。これで貴様は、もう感情を取り戻す方法は無くなったはずだ」


「本当に、そう思うか?」


 俺は、ナミミを見てニヤリと笑った。そして――


「これ、なんだと思う?」


 俺は懐から、新たなアイテムを取り出した。


「そ、それはまさか」


「そう。同じく妹の匂いのするものだ」


「なんだと……。まだ持っていたというのか」


「ああ。しかもこれは、枕カバーとは比べものにならないぞ」


 そう言って、俺はくしゃくしゃになっていたそれを広げた。


「そ、それは……」


「パンツだ。妹のな」


 そう、俺が取り出したのは萌衣のパンツだ。ピンク色の、ちょっと大人びたパンツ。萌衣はまだまだ幼いが、パンツは何故かあまり子供っぽくはない。


「これを、こう被れば」


 俺は萌衣のパンツを、クロッチの部分が鼻先につくように頭に被った。


「ずっと妹の匂いを嗅いだままでいられるってわけだ」


「こ、この変態め。だが、それでこの掃除機の吸引から逃れることができるとでも」


「いや、思ってないよ。だが、俺の秘密兵器はこれだけじゃない」


 そう言って、俺は更にあるものを取り出した。


「そ、それは」


「妹のブラジャーだ。あいつ、まだぺったんこの癖にブラジャーつけてるんだ」


「一体いくつ持っているんだ、この変態野郎。だが、いくつあろうと」


「いくつあろうとその掃除機で吸い取るとでも? 甘いね」


 俺は取り出したブラジャーで、頭の周りをパンツごと方結びでキツく縛った。


「これで、お前は俺からパンツを奪うことはできないはずだ」


「こ、こんな変態野郎に、私の研究が負けるわけがない」


 そう言って、ナミミは掃除機で吸引しようとした。だが、当然俺のパンツとブラジャーが外れることは無い。


「さて、どうする? ドクターナミミさんよ」


 ニヤリと笑って、俺はそう言った。そして――


「くっそがぁぁあああああああああ!!」


 無感情だった男が、人生で初めて"怒り"という感情を露わにした。

次話「感情の解放」

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