無感情
なんにもやる気が出ない。ただ感情が無いだけなら、こうはならないと思う。そういえば、副作用としてダラダラするようになるとか言ってたような。ダラダラしたいっていうのは感情とは違うのか? いや、もう別になんでもいいや。考えるのめんどくさい。
「帰るかー」
「そうですね。帰りましょう」
「じゃあ、皆帰るってことで。私に掴まって。トタースに飛ぶから」
「あいよ。さーて、帰ったら寝るかな」
ここ最近、動きっぱなしだったからなー。これからはもう死ぬまでダラダラとしてすごそう。
シュカに言われた通り、俺達はシュカの体に掴まった。全員が掴まったのを確認すると、シュカは無表情のまま瞬間移動した。
「ついたよー」
「おぉー」
久しぶりの自分の街の自分の城。だけど別に、帰ってきたからといって何も思わない。
「お帰りなさいませ」
俺達が帰ってきたのを確認した城のメイド達が、一斉に頭を下げた。
「あの、シスタ様の姿が見当たらないのですが、シスタ様は復活なされたのですか?」
「あーそれなら、なんかもういいかなーって」
なんであんなに熱くなっていたのかが今では全く分からない。どうせ人はいつか死ぬんだし、わざわざ生き返らせる必要も無くね?
「え? だって、シスタ様はカプチーノ様にとって大切な妹なのですよね?」
俺と萌衣が結婚したことは知らなくても、俺が萌衣を大切にしていたことはメイド達は皆知っていた。
「あー、うん。多分大切だと思う」
「多分って……」
だって、萌衣に対する気持ちってもう今は全然分からないんだもん。なんで俺は萌衣があんなに大切だったんだ?
「俺、しばらく寝るからよ、声かけないでくれよ」
☆
感情や気力を失ってから、一週間が経過した。もう寝すぎなくらい寝たので、眠る気もしない。どうすっかなぁ……。こっちの世界はゲームやアニメも無いし、暇つぶしするもんが無いんだよねえ。いやまあ本とかはあるけどさ、活字とか面倒で読む気がしないんだよね……。
「あー、なにしよ」
「あ、カプチーノ様おはようございます」
俺の左隣で寝ていたカリバが、俺の声で目を覚ました。
「おはようって言っても、今の時間多分朝じゃないけどな……」
眠くなったら寝るっていう生活を続けていたせいで、俺の生活習慣はぐちゃぐちゃだ。朝起きて夜寝るとかそんな普通の生活すらできていない。
「何しますか? もう私眠くないんですよねー」
「俺もだ。もう全く眠れる気がしねえ」
「あ、そうだ! シスタさんって、もう生き返らせる気無いんですよね?」
「まあ、そうだな。もうやる気は無い。それがどうかしたのか?」
「だったら、シスタさんの部屋片付けちゃいましょうよ。もう必要ないでしょう?」
「あー、それもそうだな」
いつまでもいない人の部屋があるってのも変か。めんどくさいけど、他にやることないしなー。
「でも、動くのは面倒なんだよなー。あ、じゃああの部屋の物を全部ミステにまとめて消してもらうか。それなら楽だし」
「それもそうですね。では、ミステさんはカプチーノ様の右隣ですので、カプチーノ様が起こしてくださいますか?」
「お前、ただ単に起こすのが面倒だから俺に頼んでるだろ?」
別に隣にいなくたって起こすことくらいできるだろうが。
「まあ、ぶっちゃけそうですね」
無表情のまま、悪びれもせずカリバはそう答えた。、
「お前なあ……。でも、俺がミステに物を消してもらおうって提案したんだし、俺が起こすかー。おーい起きろミステ―」
全く気持ちを込めずにそう言って、ミステの体をユサユサと揺らした。
しばらく揺すると、ミステは無表情のまま目を覚ました。
ちなみにミステは、一週間前に掃除機のようなものにやられて以来、魔法文字を出すことが面倒になったらしく、魔法文字を出すのをやめ、なおかつ相変わらず何も喋らず、更には完全な無表情なので、もう何も分からない。
「今から萌衣の部屋片付けに行くからよ。萌衣の部屋にあるものを全部消してくれや」
俺の言葉に、ミステは何も答えない。何も反応しない。これは、分かったのか? 分かってないのか? まあいいや。
「んじゃ、萌衣の部屋に行くか―」
萌衣の部屋に行くのも久しぶりだな。前は萌衣が復活するまでこの部屋には入らないと勝手に決めていたんだが、なんでそんなこと決めてたんだろ。
ダラダラとした足取りで、萌衣の部屋へと向かう。それほど遠くは無いけど、歩くのが面倒になり途中で何度も戻ろうとしたが、戻るのも面倒だったので萌衣の部屋まで結局歩ききった。
シスタの部屋だよ! と書かれたプレートのかかった扉を、ゆっくりと開ける。
「!?」
部屋に入った瞬間、俺の中で何かが弾けた。
「どうかしましたか? カプチーノ様」
「いや、別に何も」
「そうですか。では、どんどん消していきましょう。ミステさん、よろしくお願いします」
「ちょっと、ちょっと待ってくれ」
カリバがミステに消させようとしたのを、俺は慌てて止めた。
「どうしたのですか?」
「いや」
なんで止めたのかは俺にも分からない。ただ一つ分かることは、萌衣の部屋は、とても懐かしい匂いがしていた。
「部屋の掃除は中止だ。ごめんお前ら、部屋に戻っといてくれ」
「分かりました」
俺の言葉に、カリバは無感情のまま従って部屋を出て行った。
今萌衣の部屋の中には、俺だけしかいない。
大きく息を吸う。萌衣の匂いが、頭の中を支配する。
そういえば、あっちの世界の萌衣の部屋もこんな良い匂いがしてたっけな。
使っているシャンプーなんかはもう昔とは違うはずなのに、なんでだろう。萌衣の匂いは昔から変わっていない。
頭の中が、次第に萌衣のことでいっぱいになっていく。
萌衣が生まれた日のことから、萌衣が死んだあの日までの思い出が、頭の中を駆け巡る。
「萌衣……」
思い出の中の、萌衣と一緒にいる時の俺は、いつも笑っていた。なのに今の俺は、ちっとも笑っていない。
「なーにやってんだよ俺」
俺は絶対に萌衣を生き返らせるんじゃなかったのか。生き返らせるまで、この街に帰ってこないんじゃなかったのか。
「ごめんな萌衣、駄目な兄ちゃんで、ごめんな」
俺は一週間前、あっさりと萌衣を諦めてしまっていた。情けない。俺の気持ちは、あんな機械で消えるようなものだったのか?
もう一度、大きく息を吸う。萌衣の匂いが頭の中いっぱいに広がる。
俺は、俺自身に問う。
なあカプチーノ。お前は、萌衣を見捨てるのか?
「そんなの決まってんだろ」
悩むまでも無い。この街を出た時から、いや、萌衣が生まれた時から、俺の答えは決まっていた。
「俺は絶対に、萌衣を見捨てねえ!」
次話『無感情に打ち勝つ切り札』




