感情
「その感情が分からないってのは、生まれた時からなのか?」
「違うよ。生まれた時はあった」
淡々と、女の子は言った。
「じゃあ、一体いつから」
「先月」
「先月!?」
じゃあつい最近までは感情があったってことじゃないか! なんで急に感情を失ったんだ!?
「なあ、感情を失った原因ってのは分かるか?」
「分かる」
「何!? 教えてくれ。なんで感情を失ったんだ!」
それを知れば、解決策が分かるかもしれない。
「あの日は、私はお外でお散歩をしていたの」
お散歩か。やっぱり、感情があった頃はそうやって街の外に出かけていたのか。
「でね、ドクターナミミを見たの」
「ドクターナミミ?」
「この街で有名な科学者。世界的に有名なものをたくさん作ったらしい人。で、そのドクターになにか掃除機のようなものを向けられて、それから感情が無くなった」
「掃除機らしきもの、か」
「ドクターはそれを持って、一週間くらい街中を回ってた。そしていつの間にか、この街の人は皆感情が無くなってた」
ドクターナミミの目的は分からないが、そいつがこの街の感情が無くなった理由であることは間違いない。
「そのドクターナミミって人がいる場所ってのは分かるか?」
「誰でも知ってるよ。奇妙奇天烈な大きな紫の建物。ほら、ここからも見えるでしょ」
「あーあれか」
紫色のドーム型の建物が、少し遠くにぼんやりと見える。
「サンキュー。ちゃちゃっと行ってきて、お前に感情を取り戻してやるからな」
☆
「さて、さっさと終わりにすっぞ」
女の子と別れてすぐ、紫の建物へと走って来た。
「そうですね。行きましょうか」
「これが終われば、シスタも生き返る!」
『待望の復活』
一々ノックなんてまどろっこしいことはしていられない。扉を蹴り飛ばし、中に突入した。
建物の中は、鼻が曲がりそうなほど気持ちの悪い臭いがした。あまり長居できるような場所では無さそうだ。
「誰だ、お前たちは」
辺りを見回していると、無表情な三十代くらいの男が姿を現した。あの表情、こいつもドクターナミミの被害者か。
「ちょっとドクターナミミって奴に用があってな。そいつがどこにいるか知ってるか?」
ナミミの家にいる人なら、ナミミの居場所を知っている可能性が高い。
「知っているも何も、ドクターナミミは私だが」
無表情のまま、男は予想外の言葉を言い放った。
「本当か?」
表情からして、とてもナミミとは思えないんだが。
「ああ」
顔色ひとつ変えずに、男は頷いた。
「そうか……」
なんということだ。ドクターナミミは街の人の感情だけでなく、自分の感情すらも消してしまったというのか。
「じゃあ話は早い。街の皆を元に戻してくれ。言っておくが、断ったら痛い目見ることになるぞ」
殺すつもりはないが、半殺しくらいなら元に戻さないとならば普通にやるつもりだ。
「嫌だ。街の人は絶対に元には戻さない」
「なんだと!? お前、俺達を舐めない方がいいぞ?」
「舐めてなんかいないさ。どうせかなりの強者なのだろう? ただ、絶対に感情を戻すわけにはいかんのだ」
男は無表情で、全く気持ちを込めずに言った。
「なぜですか? そもそも、あなたはどうして街の人の感情を奪ったのですか?」
「知りたいか? いいだろう。教えてやろうではないか」
表情一つ変えずに、男は語りだした。
「私は昔から、愛想が無い人間だった。何も嬉しく感じず、何も悲しく感じなかった。そんな私を、親はとても気味悪がった。何をしてあげても喜ばない、何をされても怒らない。こんな子と一緒にいたら、気が狂ってしまうわ、と。私は別に、好きで感情が無いわけではないのに……。学校でもそうだった。先生も生徒も、最初は優しく話しかけてくれたものの、何の面白味も無い私からはすぐに離れて行って、いじめが始まった。私は虐められても、何も思わなかった。悲しみたかった、なのに、悲しくなかった。そうして私の周りには誰もいなくなった。私は頭だけはよかった。なので、自分の感情を手に入れるため、感情を得られる機械を作ろうと考えた。結局そんなものは作れなかったが、その過程で色々なものを作り、色々な人に感謝された。だが私は、何も嬉しくなかった。誰に褒められようとも、何も感じなかった。そんな中、私はあるものを発明した。皆の感情を、私と同じように無くしてしまう機械だ。副作用として常にダラダラしてしまうようになるがな。それが出来たのは偶然なれど、私は思った。これで皆が私と同じになれば、私は感情を求めることも無くなるかもしれない、と。感情が無いのが普通なら、感情を持っている人の方こそが、気味悪がられる対象となるからな」
「自己中ですね」
話し終えた男に、カリバはぴしゃりと言った。
「私が自己中だと?」
「そうですよ。自分に感情が無いから、皆の感情も消そうだなんて、どう考えても自己中じゃないですか。ね、カプチーノ様」
「ごめん、話長すぎて聞いて無かったわ」
カリバは気になっていたようだが、俺は別に皆の感情を消した理由とかどうでもいいんだよね。こいつはただの、萌衣を生き返らせるという道の障害物に過ぎない。
「じゃあカプチーノ、さっさとやっちゃってよ」
俺と同じようにまともに話を聞いていなかったシュカが、俺を急かした。
「じゃ、ぱぱっと終わらせるか」
ナミミに近付き、殴る準備をした。街の皆の感情を戻すまで、何度でも殴り続けてやる。
「そうはいかない。悪いが、私はまだ計画の途中なんだ。私はいずれはこの世界の人類全てを無感情にしなかればならないのだ」
そう無表情のまま言って、ナミミは掃除機のようなものを取り出した。
「あれは!」
伝説級の能力者の女の子が言っていたやつなんじゃ!
やばい! と思った時にはもう既に遅く――俺達は全員掃除機のようなものを向けられてしまった。
何かに引っ張られるような感覚が始まり、それがしばらく続く。不思議なことに、抵抗しようという気持ちは全く生まれない。何故か身を委ねてしまう。
そして。
俺は感情を失った。
「帰ってもらおうか」
冷たく告げられたナミミの言葉に、俺はただぼーっと頷いた。なんかもう、全てどうでもいいや。なんで萌衣の復活に、あそこまで熱くなってたんだろ。今はもう、萌衣を生き返らせようとか、そういう気持ちは全く生まれてこなかった。
次話『無感情』




