赤ん坊
「どうなってるんだこれは……」
赤ちゃんって生まれてすぐに浮くもんだったのか? ……って、そんなわけない。
「何があったんだ?」
近くにいた街の人に訊ねる。
「あの、赤ちゃんが突然浮いたんです。それ以上は分かりません」
突然浮いた? 誰かが浮かせたのか?
赤ちゃんが自ら浮くはずは無いし、おそらくは誰かが浮かせたのだと思うのだが……。ひょっとすると、その浮かせた人物こそが伝説級の能力者なんじゃ!
ブォォォォオオオ!!
「な、なんだ!?」
突如、強烈な風が吹き荒れた。
「うっ……」
風に体を持っていかれそうになる。くっ……。なんて風だ。近くの建物に捕まって、なんとか飛ばされないように踏ん張る。が、今度はその建物自体が吹き飛ばされてしまいそうだ。
「オギャー!!」
赤ちゃんは吹き荒れる風の中、ずっと泣き続けていた。産まれたばかりだもんな。そりゃいっぱい泣いて当然だ。
今すぐに浮いている赤ちゃんを、安全な場所に移してやらなければ。せっかく新たに生まれた命が無くなってしまう可能性がある。
少しずつ少しずつ、風に負けないように赤ちゃんの方へと歩く。
だが赤ちゃんに近づけば近づくほど風は強くなり、ある程度近くまでは来れたものの、これ以上は全く動けそうにない。
ちっ……。なんで赤ちゃんの近くがこんなに風が強いんだよ!
赤ちゃんはまだ大丈夫か? 赤ちゃんの無事を確認するため、俺は赤ちゃんの方を見た。
「ん?」
何故か赤ちゃんの周りの建物だけが既に崩壊している。赤ちゃんから離れている他の建物は、崩れそうとはいえまだ大丈夫なのに。
もしかして、赤ちゃんから風が吹いているのか?
「オギャー!」
赤ちゃんの泣き声が大きくなると、それに答えるように風も勢いを増した。
「まさか……な」
この赤ちゃんが、伝説級の能力者だったりするのか?
ずっと同じ場所にいた赤ちゃんが、ゆっくりと移動を始めた。移動することで、今まで無事だった建物も風にやられて崩れていく。
くそ! やっぱりそうかよ! この風は赤ちゃんから吹いている。
まだ生まれたばかりなのにこれだけの風を起こすってことは、伝説級の能力者であることは間違いないか。おそらく今まで伝説級の能力者であったドウインが死んだことで、この赤ちゃんに継承されたのだ。
「と、なると、かなりまずいな……」
ワードルに来てもらう伝説級の能力者に、俺は信用されていなければならない。なのに、赤ちゃんの信用の得方なんて全く分からない。これでは萌衣を生き返らせることが出来ないかもしれない。
というかそもそもそれ以前に、俺は今あの赤ちゃんを止めることが出来ない。
ミステに頼んで消してもらうなんてわけにも当然いかないし。
作戦を必死に考えながら、移動する赤ちゃんについていく。やばい! このままではカリバが休んでいる役所の方に行ってしまう! 役所が崩れれば、カリバが死んでしまうかもしれない!
ちくしょう……。どうする? どうすれば赤ちゃんを止められる? 今分かっているのは、赤ちゃんが伝説級の能力者であることだけ。
いや、もう一つ分かるか。今絶賛大暴れ中の赤ちゃんだが、素っ裸である。なので、性別がどちらであるかくらいは分かる。赤ちゃんにはあれが付いていない。赤ちゃんは女だ。
だが、赤ちゃんが女だと分かったところでどうしろってんだ。ウインクしろってか? 生まれたばかりなのに、恋愛感情なんて芽生えるわけ……。
やばい! 役所はもうすぐそこだ。 くそっ、もう考えてる暇は無い! 一か八かにかけるしかない!
「おい赤ん坊! こっち向け!」
宙に浮いて泣きながら移動している赤ちゃんに、俺は大声で言った。
赤ちゃんは俺の声を聞くと、俺の方を見た。
「いまだ!」
風を浴びながら、ウインクをなんとか赤ちゃんに向けてした。頼む! 効いてくれ!
こんなところでカリバまで失うわけにはいかない。ワードルは、一度人を生き返らせたら百年は使えない。
「おっ?」
風が止んでいく。建物の崩壊も止まった。
「成功……したのか?」
俺のウインクは、赤ちゃんにも効いたのか?
浮いていた赤ちゃんが、俺の方にゆっくり向かってきた。
「あうあう」
何を伝えたいのかは分からないが、赤ちゃんは俺に何か言った。
「あう!!」
いや、だからあうあう言われても俺には何も分からないんだって。
というか、ここまで赤ちゃんが近くに来てやっと気づいたのだが、この赤ちゃんが浮いていたのって、風の力だったのか。赤ちゃんの体の下だけ、空へ向かって風が吹いているのだ。
「えーっと、もう絶対に暴れないでくれるか?」
っと、言ってから気づいたが、まだ赤ん坊なんだから言葉が通じるわけないよな……。
「あうあう!!」
だが赤ちゃんは何かを感じ取ったらしく、二度コクコクと頷くと、指をしゃぶって眠ってしまった。
「まったく、なんて人騒がせな赤ん坊なんだ」
まだ生まれたばかりでこれほどの力とは、一体大人になったらどれほど恐ろしい力になるのか。
「さてさて、一応これで、伝説級の能力者二人目の信用を得たってことでいいんだよな?」
萌衣に会えるその時が、どんどん近づいてきている。萌衣が生き返ったら、やりたいことがたくさんある。
失う前から萌衣のことはずっと大切だとは思っていたが、失ったことで、俺にとって萌衣がどれほど大きな存在なのかが思い知らされた。
「俺さ、萌衣がいなくちゃ、生きてても何にも楽しくないみたいだ……」
俺の人生は萌衣がいることで成立し、萌衣がいなければ不完全だ。
早く、会いたいな。会って、いっぱいいっぱい話したい。
次話の街は一話で完結です。




