父と娘
さてさて、後は俺達は恋のキューピットとなればいいだけだ。
恋のキューピットと言っても、そんな大したことはしない。後することと言えば一つだけ。
家の陰からアイファを見ると、アイファは依然としてまだ泣いていた。立ち上がりそうな気配もない。
「よし」
アイファに気づかれないように移動し、再びアイファの家へと入った。
「よう」
「アイファは!」
俺が来た瞬間、アイファの父親は俺に飛びついて聞いていた。
「外に行ってみれば分かるさ。アイファはここを出てすぐの所にいるよ」
「外にアイファがいるんですね!」
「そういうわけだ、行って来い」
「し、しかし……。私の気持ちを知ったアイファは、私のことを気持ち悪いと思っているだろうし、私が会いに行くのは……」
「そんなこと思ってたから、さっきアイファを俺達と一緒に追いかけて来なかったのかよ。あのなぁ、人に好かれて、気持ち悪いなんて思うわけねーだろ」
「でも、アイファは実の娘で……」
「俺はもう実の妹とキスまで済ませてるよ。無論、実の妹に好かれてるのは全然気持ち悪くなんかなかった。ま、世間から見れば俺と妹の関係は気持ち悪いのかもしんねーけどな。そんなの知るかってんだ」
「し、しかし……」
「ごちゃごちゃ考えずに行って来い。あいつは、あんたを待ってるよ」
そう言ってから、俺はアイファの父親の背中を一発強く叩いた。血の繋がった家族との恋愛をした先輩であるこの俺が、あんたの背中を押してやる。大丈夫だ、絶対に。
「……分かりました。もうなるようになれです!」
父親の目が、先程までと変わった。決心した男の目だ。かっこいいよ、今のあんた。
父親は覚悟を決めて家を飛び出し、外にいるアイファのところへ扉を開けたまま歩いて行った。アイファはあいも変わらず泣きながら蹲っている。
「さて、俺のやることはおしまいだな」
ここから先は、あの二人の道だ。俺が干渉することではない。
アイファと父親が話し始めたのが見えた。俺のいる場所からは、何を言っているのかまでは聞こえない。
「上手くいくかな?」
アイファ達を見つめながら、シュカは聞いた。
「上手くいかなかったら、次の作戦考えねえとな。ただまあ」
「上手くいかないはずない、ですよね?」
「ああ」
あの二人の恋は、本物だよ。
「おっ、おお!」
父親がアイファを優しく抱きしめた。アイファの流していた涙が、悲しい涙から嬉し涙に変わっていく。
「どうやら上手くいったみたいですね」
「だな」
傷心していたアイファの元に、大好きな父親が慰めに来れば、そりゃまあ上手くいかないわけないわな。
「にしても、これでアイファは俺を信用してくれんのかねえ。いくら恋のキューピットになったとはいえ、俺はアイファを振って泣かせたんだぞ?」
「何言ってるんですか。女の子っていうのは、振られたくらいで好きだった男の人を信用しなくなったりしませんよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんなんです!」
ほんと、女ってのはよく分からん。
「さて、そろそろ行きますか」
「行くって、アイファ達のところにか?」
「違いますよ。今あの二人の空間には誰も入ってはいけません」
「じゃあどこに?」
「決まっているじゃないですか。次の街ですよ」
「おいおい、まだ頼みごとをしっかりと伝えてないぞ?」
まだアイファには妹を助けるために力が必要としか教えていない。どう考えても説明不足すぎる。
「大丈夫です。ミステさんが書置きをテーブルの上に置いておいてくれたので」
「いつの間に!」
全然気づかなかった。
「で、ミステはなんて書いておいたんだ?」
『後でまた来る その時はよろしく頼む カプチーノ』
「結局説明はしてないじゃん!」
『説明は後ですればいい いまする必要も無い』
「そうかもしれないけどさあ」
もうちょっといい文は用意できなかったのだろうか。
「そういうわけだから、行きますよ!」
「へいへい。次の街の伝説級の能力者は、どんな人なのやら」
◇
カプチーノという男に背中を押され、私はアイファに伝えることに決めた。私の気持ちを。
アイファは家から出てすぐのところで、体育座りで泣いていた。
「どうしたんだ?」
自身を鼓舞して、私は話しかけた。もしかしたら、アイファはもう私とは話してくれないかもしれない。そんな恐怖に怯えながらも、私は返事を待った。
「パパ……」
ゆっくりと頭を上げて、アイファは私の顔を見た。目は大きく腫れている。
「アイファ、何があったんだい?」
ゆっくりと、私は聞いた。
「辛いこと」
「そうか、辛いことか」
その辛いことというのはひょっとして、私がアイファのことを一人の女性として好きだと知ったことか?
いや、そうじゃない、そうじゃないに決まっている。カプチーノさんが言っていたじゃないか、人に好かれて気持ち悪いなんて思うわけないって。
勇気を出そう。勇気を出して、一歩先まで行こう。
「アイファが辛いと、パパも辛いよ」
「どうして?」
「アイファのことが、好きだからさ」
言った。言ってしまった。
告白なんていつ振りだろう。ずっと昔に、今は亡き妻にした以来だ。
どんな返事が来るか。怖い。怖いけど、たとえどんな返事でも受け入れよう。
「パパ、本当にわたしのことが好きなの?」
「ああ、本当だ」
いつから好きだったとか、そういうことはよく覚えていない。いつの間にか、私は好きになっていた。
「そっか。嬉しいよ、パパ」
「!?」
「わたしね。ついさっきまで、パパじゃない人を好きだったの。でもね、振られちゃった」
「そうか……」
アイファはパパじゃない人を好きだったのか。そりゃあそうだよな、だってパパは、"パパ"なんだもの。
「でね、振られたとき、わたし、ある人に慰めて欲しいと思ったの。振られてすぐに、違う男の人の顔を思い浮かべちゃったの。最低だよね、わたしって」
「最低なんかじゃないよ、アイファは全然最低なんかじゃない」
「ほんとにそう思う?」
「ああ。本当にそう思う」
アイファが生まれてきてくれた時からずっと、私は一度もアイファが最低な人間だなんて思ったことは無い。
「なら、言っちゃおっかな。あのね。私が振られた後に思い浮かんだ人ってね、パパなんだ。わたし、パパに慰めてもらいたかった」
「ア、アイファ……!」
アイファの言葉を、頭の中で何度も繰り返した。嬉しい。アイファが、私を求めていてくれたなんて。
「慰めて、くれる?」
頬を染めて、アイファは言った。
「アイファ!」
私はアイファに抱き付いた。そして、アイファの頭を優しく撫でた。何度も、何度も撫でた。
「パパ……わたし、パパとずっと一緒にいたい」
「パパもだアイファ。パパもずっと一緒にいたい」
「パパ」
「アイファ」
抱き締める力が自然と強くなっていった。アイファは涙を流しながら、私に体を預けた。
「ごめんね。さっきまで違う人を好きだったのに、急にパパのことが好きだなんて」
「いいんだ。全然構わない」
頬を一筋の涙が伝った。私も、アイファと同じように泣いているのか。
「ははは。パパが泣いてるところなんて、初めて見たよ」
アイファが泣きながら笑った。最高の笑顔が、私に向けられている。
「パパだって、泣くときは泣くんだ。あ、あんまりじろじろ見るな!」
「だーめ! じろじろ見ちゃうもーん!」
普通とは違う、血の繋がった家族同士の恋愛。普通の人からは、気持ち悪いって思われるかもしれない。
でもカプチーノさんの言う通り、当事者の私自身は、娘に愛されて、娘を愛して、ちっとも気持ち悪いなんて思わない。
家の方を見ると、カプチーノさん達はもう街を出てくみたいだった。和気藹々と、楽しそうに話している。
ありがとう――カプチーノさん。私の背中を押してくれて。




