父親
「さて、用事も済んだから、父親のところに戻るぞ。あいつを止めさせさえすれば、アイファは力を貸してくれるんだからな」
アイファの家を出てから俺達はあることを確かめていたのだが、それが今ようやく終わった。早速、急いでアイファの家へと向かう。
「邪魔するぞ」
ノックを二回し、許可を確認せずに家の中に突入した。
「あれ? アイファは?」
家の中には、アイファの姿が無かった。いるのは父親だけ。
「あれ? どうして帰ってきたんですか? アイファなら買い物に出ましたけど」
「買い物?」
「はい。食料の貯蓄が無くなったので」
「そうか」
アイファがいてくれた方が良かったのだが、まあとりあえずはいいか。まずは父親に確認しないとな。
「なあアイファの父親さんよ」
「私に何か?」
「街を襲ってるモンスターってさ。あんたが召喚してるだろ」
単刀直入に切り出した。さっさと終わりにしたいしな。
「!?」
俺の言葉を聞いた瞬間、アイファの父親は一瞬動揺したような気がした。が、すぐに平常に戻って、俺に言った。
「なんでそんなこと言うんですか?」
「なんでって言われてもな。あんたが元召喚士らしいからさ」
「他に召喚士がいる可能性もあるじゃないですか」
「いいや。だって、この街にはアイファ以外に戦えるやつはいないんだろ? 召喚士だって戦える職業だ。つまり、あんた以外に他に召喚士がいないってことだろ」
ちなみにこいつみたいに、もう召喚士は辞めたから戦えないよ、なんてやつもいるはずがない。本来召喚士ってのは、歳をとろうが病気になろうが死なない限り戦える。まだトタースのトップになったばかりの頃、トタースの戦力を確認した時に、トタースにも召喚士が何人かいて、いつまで戦えるのかを確認したのでそれだけは知っていた。辞めるも何も、一度召喚士になればそいつは死ぬまで戦える人なんだ。つまり、こいつは嘘をついていたってことになる。そんな同じ嘘をついている人が、都合よくすぐ近くに他にいるわけがない。嘘をつくメリットだって、襲うモンスターを召喚していたこいつ以外には無いしな。
「それだけでは理由にならないでしょう? そもそも、街を襲っているモンスターを人が召喚したとは限らないじゃないですか。普通に外から襲ってきたモンスターなんじゃ」
「いや、それは無い」
「なんでですか?」
「ちょっと俺達、さっきまでこの街の周り色々見て来たんだよ」
俺達はついさっきまで、街を出て街の周辺を色々探索してきた。
「で、いなかったわ」
「いなかった、とは?」
「リスみたいな見た目のモンスターだよ。今日、街を襲っていたな」
そもそも、この街の周辺にはあまりモンスターは生息していなかった。いたとしても、街を襲っていたモンスターより更に雑魚いやつだけ。
「そう、ですか」
「ああ。じゃあそれを踏まえた上で改めて聞くぞ。街を襲っているモンスター、あんたが召喚してるんだろ?」
俺の質問を聞いて、アイファの父親はしばらく沈黙したが、やがて口を開いた。
「どうやら、これ以上私が何を言っても意味が無いようですね。そうです。あの魔物は私が召喚しているものです」
「やっぱりな」
「どうしてそんなことをしたの? そんなことをする意味が私には分からないんだけど」
シュカと同じように、俺にも分からない。なぜわざわざ毎日、モンスターに街を襲わせていたんだ? そんなの、戦う娘に負担をかけてしまうだけじゃないか。
「アイファと離れたくなかったからです」
「え?」
「モンスターが襲ってきて、街を守れるのがアイファしかいないとなれば、アイファはこの街を出るわけにはいきません。私はアイファに、この街を出ていってほしくなかったのです。アイファくらいの歳になると、親の元を離れ違う街に行ってしまう人も多いのですよ」
「つまり、あんたが子離れできない親だからモンスターを召喚してたってわけだな」
「子離れと言いますか、私、アイファのことが好きなんですよ」
「そりゃあ、家族なんだし、普通は好きだわな」
家族を嫌いって人もいるにはいるけど、家族ってのは大抵が好きあっているものだ。好きじゃなきゃ、一緒の家に生活なんて出来るわけがないと思う。
「いえ、そうじゃなくて」
「そうじゃない?」
何がそうじゃないんだ?
「私、アイファのことを、一人の女性として好きなんですよ」
ん? 今なんか、さらっと衝撃的な一言が聞こえたんだけど。
「えーと、娘なのにか?」
「はい。娘なのに」
「血は繋がっていないとか?」
「いえ、繋がっています」
「えーと……」
なんという予想外の展開だ。父親が実の娘を一人の女として好きだって? そんなことあり得るのか? だって、血が繋がっているんだぞ?
「こりゃ、驚いたな」
「あの、お言葉ですがカプチーノ様」
「なんだ?」
「カプチーノ様も、似たようなものですよ?」
「似たようなもの? どこがだ?」
俺は一度も母親を恋愛対象に見たことは無いぞ?
「シスタさんとカプチーノ様、血が繋がっていますよね」
「うっ……」
そういやそうだった。俺もこの男と同じように、近親相姦上等の男だった。血の繋がった妹が好きすぎて仕方のない人間だった。
「いやーでもまさか、アイファの父親が、アイファのことを好きだったとはねえ。これからどうすっか―」
「あの、カプチーノ様」
「なんだ?」
「後ろ」
「後ろって?」
カリバに言われたことが気になって、後ろを振り返ってみた。すると――
「あっ……」
俺の後ろには、買い物袋を持ったアイファがいた。いつの間に帰ってきていたのか……。
「えーと、いつからいたんだ?」
「ついさっき帰ってきたばかりだけど」
「ついさっきって?」
「カプチーノが、パパがわたしのことを好きって言ってたついさっきだよ。――うっ、頭が!!」
「マジかよ……って、どうしたアイファ?」
アイファは突然頭を両手で押さえた。
「な、なんでもない!」
そう言うと、バタッと勢いよく扉を閉めて、アイファは出て行ってしまった。なんだ? どうしたってんだ?
「カプチーノ様とにかく追いかけましょう!」
「そ、そうだな。行こう」
まだアイファはそんなに遠くへは行っていないはずだ。今追いかければ、十分追いつける。
すぐにアイファの家を出ると、意外なことに、家からすぐ近くのところにアイファの姿があった。道の端っこで頭を押さえて蹲っている。
「一体どうしたってんだ? アイファ」
心配そうに、俺は話しかけた。
「……あのさ、パパがわたしのことが好きって、本当なの?」
「ああ、本当だ」
今更隠してもしょうがない。アイファの父親には悪いが、ここは正直に答えさせてもらう。
「その好きって言うのは、家族として? それとも」
「一人の女としてだとよ」
「!? あっ、頭が、割れる……!!」
一人の女としてだと告げた瞬間、アイファはますます頭を痛そうにした。本当にどうしたというんだ。
「大丈夫か?」
「あ、あのね、わたし、ずっとパパのこと好きだったの。でも、今はカプチーノのことが好き。なんで?」
涙ぐみながら、アイファは問うた。
「パパが好きってのは、まさか」
「もちろん恋愛的な意味で、だよ」
アイファ、相思相愛だったのか。こりゃまた予想外の展開だ。
「なのに、なんで今は、カプチーノのことが好きなんだろう」
アイファはついに堪えきれなくなり、涙を流した。
「なんでって言われても――あっ!」
ウインクだ。俺のウインクのせいで、アイファの好きな男が父親から俺に変わってしまったんだ。それでも、今まで父親のことがかなり好きだったから、こうして頭を痛めて自分の以前の恋心と格闘している。
「カプチーノ様、どうしますか?」
「俺が落としてさえなければ、アイファの気持ちを父親に伝えることで、父親はもうアイファが離れて行ってしまうなんて思わなくなり、結果的にモンスターの召喚をやめていたんだろうけど、落としてしまっているとなると……」
俺の能力『全ての女を落とす目』は、一度かかったら絶対に解けることはない。アイファは死ぬまで永遠に俺のことを好きなままだ。
「そうですね。二人の恋が実れば、確かにモンスターは出なくなりますよね……。ましてやその恋のキューピットにでもなれば、カプチーノ様が落とすことなく信用を得ることが出来たでしょうし」
「恋のキューピットなぁ」
確かに恋のキューピットになっていれば、ワードルで俺が魔法を覚えるための条件、"伝説級の能力者には必ず信用されていなければならない"ってのも、ウインクせずに達成できていた。恋を実らせてくれた人を信用しないわけないからな。
でも、もう過去に戻ることはできない。落としてしまったことを、無かったことにすることはできない。
「可哀想ですね、アイファさんのお父さんは。本来成就するはずの恋を実らせることが出来ないんなんて」
「そうだな……。って、待てよ。父親が恋を実らせることが出来なくなったのは、アイファの気持ちが変わったからだよな? となると、そうか! 恋を成就する方法、一つだけあるかもしれないぞ!」
「本当ですか?」
「ああ。まあ、やってみなくちゃ分からないんだけどな」
なんで今までずっと気づかなかったんだろう。俺への恋心を無くす方法、一つだけあるじゃないか。
次話、アイファのカプチーノへの恋心を無くす方法とは。




