トーブ
「というわけで、トーブに到着!!」
カリバによると、最北端の街にはトーブから行くのが一番近道らしい。なので、シュカの瞬間移動でトーブまで俺達はとんできた。そして、ここからすぐに目的地へと向かう。
「にしても……」
凄いなトーブは。空を飛ぶ一族だとは聞いていたが、実際に目にしてみると、その異様さには驚かされた。当たり前のように空に人がいて、空に建物が浮いている。今まで来た他の街とは、何から何まで全く違っている。
こんな街で、シュカは飛べずにずっといたってわけか……。そりゃ辛いよな。地面より空にいる人の方が多いような街で、飛ぶことが出来ないなんて。
「ほら、早く行こ!」
「ああ」
急かすシュカについていくように、俺も街を出ようとした。既に認めてもらったといえども、ここにいるとシュカは嫌な記憶を色々思い出してしまうのかもしれないな。
「あ! シュカじゃん!」
「え!? あっ……」
元気そうな、シュカと同じくらいの年齢であろう女の子が話しかけてきた。誰だろう。少なくとも、シュカの知り合いであることは確実だが。
「誰その男! え、何? もしかして彼氏!?」
「いや、あの……」
今のこの短い会話だけで、一つ分かったことがある。この女の子に、シュカは怯えている。どんな関係だったのかは分からないが、あまり関わりたくない相手であることは確かだ。
「えー、彼氏だったらマジやばなんだけど。超イケメンじゃん」
「あはは……」
シュカが、女の子の言葉に反応して笑った。だが顔は笑っていても、心は全く笑っていない悲しい笑いだ。俺も、この笑い方をしていた時期がある。まだ俺が学生だった時だ。クラスのいじめっ子から面白くも無い弄りを年中され、こっちはただ笑うことしかできなかった。あの時のことは、もう思い出したくもない。
「行こうシュカ」
これ以上ここにいても、良いことなんて何もない。俺はシュカの手を引いて、その女の子から逃げた。
しばらく歩いて女の子の姿が完全に見えなくなってから、俺達は止まった。急いだせいか、軽く息が上がっている。
「ありがと」
ぽつりと、シュカはそれだけを呟いた。
「気にすんな。さ、さっさとこの街を出よう」
「いや、その前にさ。さっきの女の子とのこと、皆にちょっと話しておこうと思う」
「無理するな。嫌な事なら言わなくていい」
出来ることなら好きな女の子のことは全部知っていたいが、好きな女の子に嫌な記憶を掘り起こさせてしゃべらせるなんていうことはしたくない。嫌な思い出なんて、記憶の深いところに沈めてしまえばいいのだ。
「いや、言う」
俺の言葉を聞いてなお、シュカはそう言った。シュカの目からは強い決意を感じる。
「そうかよ。じゃあ聞く」
シュカが覚悟をしたのなら、俺も覚悟を決める。シュカの辛い記憶を、俺も共に背負おう。
「あのさ。私、実は学校中退してるんだよね……」
学校の中退、か。こっちの世界にも、俺達の世界と同じように学校はある。どんなことを教えているのかは知らないが、多分俺の元いた世界と同じように、"普通は全員行くところ"なんだろう。だから、中退をしたというのはきっと、"普通ではない"ことだ。
「一二歳の時。カプチーノに出会った、ちょう一年くらい前の時。私、学校辞めちゃったの」
十二歳か。俺達の世界で言えば、まだ小六~中一だ。その年齢で中退ってのは、社会的な目もきつい。それは、果たして俺達の世界でだけの話なのか。いや、違うだろうな。こっちの世界でも、その年齢での中退はきっとあまり良い扱いではないだろう。
「飛べない学校生活は大変だったよ。皆いつも当たり前のように飛んでるし、体育の時なんか飛ぶの前提だから、私はいつも見学。ずっと皆と一緒に運動することはできなかった。それでも私は、学校をやめなかった。あの話を聞くまでは」
皆が楽しく体育をしている時は、一人だけ何も楽しくなくて辛いし、皆が辛い運動をしている時は、一人だけ楽しているようで申し訳なく思ってしまう。体育の見学ってのは、俺も何度か経験はあるが、かなり辛い。それを、ずっとだもんな……。それでも学校に通い続けたって、きっととても大変だったと思う。そんな辛いことでさえ我慢していたのに、シュカが退学を決めた理由って一体。
「いつも通り、せっせと歩いて学校に行ってた時ね。私聞いちゃったの。"シュカって空も飛べないのに、なんでトーブにいるんだろう。トーブから出て行けばいいのに"って」
「それで、トーブを出たってわけか」
「うん。それを聞いて、とっても辛くて、いっぱい泣いて、トーブから出て行った」
俺は、話し終えたシュカの頭をごしごしと強く撫でてやった。
「話してくれてありがとう」
辛かったよな。シュカは何も悪くないのに、そんなこと言われて。存在を否定されるってのは、どんな悪口よりも心に刺さる。
「その陰口を言ったのが、さっきの女ってわけか。よし、一発ぶん殴ってくるわ」
俺の女を悲しませた罰だ。
「待って!」
「いいや待たないね」
行こうとする俺を止めようとしたシュカを、俺は振り払った。そんな話聞いちまったら、じっとしていられないのが男って生き物なんだよ!
☆
「よう」
来た道を戻り、さっきの女を見つけて俺は話しかけた。
「えーと、シュカの彼氏さん? アタシにいったいどんな用を……」
「なーに。大したことじゃないさ。ちょっと俺の女を悲しませた罪で、一発ぶん殴ってやろうと思ってさ」
「泣かせた罪? アタシが?」
何を言っているのか分からないといった感じで女は戸惑っている。
「そりゃああんたは知らねえよな。陰口を聞かれてたことなんて。お前が"シュカって空も飛べないのに、なんでトーブにいるんだろう。トーブから出て行けばいいのに"って言ってんのを、聞いちまったんだよ、シュカは。お前の、空も飛べないくせにトーブにいるんじゃねえ、出て行けっていう辛辣な発言が、シュカはかなり辛くてさ、学校を中退した」
「そ、そんな……。シュカが中退したのって、アタシの発言で傷ついたからなの?」
「そうだ。だから、ぶん殴りに来た。死ぬほど強くやるが安心してくれ。全部治せるから」
半殺しにしてから、カリバをここに呼ぶ。そうすれば、体に傷を残さずに痛みだけを与えることが出来る。
「そっか……。アタシがシュカを……」
「じゃ、いくぞ」
「わ、分かった!」
「あれ? 抵抗しないのか?」
「しないよ! 悪いのはアタシなんだから」
なんか、思っていた反応と違うな。てっきり、陰口の言い訳をしたり、女らしくぴゃーぴゃー喚いたりするかと思ったが、この子はシュカへの行為にきちんと反省している。
「なんか、殴る気なくなったわ。そんな顔の女の子殴る趣味、俺には無いからな」
「いや、殴って! 人の人生を滅茶苦茶にしちゃったんだもん!」
なんだかなあ。この子、実はそんなに悪い子じゃないんじゃないか?
「なあ。あんた、ほんとにシュカに陰口を言ったのか?」
俺には、とても陰口を言うような子には見えない。
「いや、陰口っていうか、アタシはただ、空が飛べないなら他の街に行った方が幸せになれるのに、って思って言ったんすけどね。でもシュカはそれを勘違いして、傷ついて中退しちゃったんでしょ? アタシは今まで、幸せを求めるために進んで中退したのだとばかり思ってたんすけど……」
な、なんだそれ……。この子、シュカのことを全然悪く思ってないじゃん。
もう一度、シュカが聞いたこの子の陰口? を振り返ってみる。"シュカって空も飛べないのに、なんでトーブにいるんだろう。トーブから出て行けばいいのに"
うん。さっきはこれが悪口だっていう先入観を持って聞いていたから悪口としか思えなかったけれど、女の子の発言を踏まえてもう一度よく考えると、確かに悪口じゃない風にも受け取れる。
「どうやら、俺がお前を殴る理由は全く無かったみたいだ。その代わりによ、一つだけ頼みがあるんだが、いいか?」
「頼み?」
「ああ。シュカと、友達になってほしい」
「何言ってんすか? アタシとシュカは、元から友達っすよ」
☆
「ただいま、シュカ」
再びシュカがいる場所に戻ってきた。今度はさっきの女の子を連れて。
「カプチーノ、殴ったの?」
「いいや。それよりさ、この子がお前に話があるそうなんだ。聞いてやってくれないか?」
「話? カプチーノが聞いてほしいなら、聞くけど」
「そんじゃ聞いてくれや。結構大事な話だからさ」
「大事な話、分かった」
シュカが頷くのを確認すると、女の子は話し始めた。
「あのさ、シュカ。シュカはさ、アタシが前に"シュカって空も飛べないのに、なんでトーブにいるんだろう。トーブから出て行けばいいのに"って言ったのを聞いて、シュカは中退したんだってね。この男から聞いたよ」
「!!」
そのことをまさか俺がこの子に話したとは思っていなかったらしく、シュカは驚いた。
「ごめん! あれさ、誤解なんだよ。アタシはただ、この街を出た方がシュカは幸せになれるんじゃないかと思って、そう言ったんだよ」
「え?」
「アタシ、ずっと一人ぼっちでいるシュカが心配でよ。だからちょくちょくシュカのことを考えてたんだよ。その、シュカが中退する原因になった言葉を言った時もさ、ただいつものようにシュカのことを考えて言ってただけなんだ。それが逆効果で、まさか私がシュカを一番傷つけちまっていたとはね……。ほんとごめん! ほら、アタシさ、学校でシュカに色々話しかけてただろ? あれって、シュカと仲良くなりたかったからなんよ。まあ、シュカってばアタシに興味無いようでいつも素っ気ない返事しかしてくれなかったけど」
「今まで私に話しかけてたのは、からかってたからじゃないの? さっきだって」
「からかってた? なんでだ? アタシは一度もシュカのことをからかったことなんて無いぞ? えーと、シュカが言うさっきってのは、シュカに今日最初に話しかけた時のことか? あれはただ、シュカに彼氏が出来てびっくりしただけだ。超かっこいい彼氏だもんな、マジ驚き半端なかった」
「そう、だったんだ。私、私……」
誤解だと分かった瞬間、シュカの目から大量の涙が溢れた。
「お、おい! どうしたんだよ! 突然泣いちまって」
「だって、嬉しくて。私、トーブではずっと一人だと思ってたのに、私のことを考えて心配してくれてた人がいたなんて」
「そ、そうか? なんか照れるな、へへ」
「ねえ、私達、友達になれるかな?」
「何言ってんだ。さっきシュカの彼氏にも言ったけどよ。アタシは元々シュカの友達だっての」
「そっか。えへへ、ありがと」
「おう」
誤解が全て解け、シュカは笑った。その笑顔からは、本当に嬉しいんだという気持ちがいっぱい伝わってきた。
次話から最北端の街です




