誘拐
もう正直、ほとんど世界を手に入れたようなものだ。
世界は変える気になればいつでも変えられる。
だけど。いざその立場になってみると。
「やりたいことなんもねえな……」
世界征服そのものが目標だったがゆえに、世界を手に入れて何をしたいのかを何も考えていなかった。
「これからどうすっかなぁ」
誰に言うでもなく、一人呟く。
そもそも、今の俺は世界征服したと言えるのか? 世界征服の定義って何よ。
「うーむ」
考えれば考えるほど分からなくなる。そして結局、何も思いつかない。
「ま、一つ分かることは」
俺の人生、とりあえず幸せなんじゃないっすかね。
好きな人と結婚は出来たし、世界で一番偉くなったし。
「カプチーノ様、今日はそろそろ寝ましょう」
「ん、ああ、もうそんな時間か」
窓の外を見てみると、既に日は沈んでいた。
「では、本日も私ということで」
「私? 何がだ? 寝るんじゃなかったのか?」
「寝るんですよ、私と」
「あー、そういうことね」
ほんとカリバ性欲ありすぎ。結婚してからというもの、ますますそういうこと好きになってるだろこいつ。
というか、よくよく考えてみたら結婚してるのにシュカともミステとも萌衣ともそういうことしてないな。
ミステと萌衣は分かる。結婚はしたけれど、ロリっ子と実妹とそういうことをするってのは色々覚悟がいるからな。そんな結婚してすぐやれるもんではないと思う。まあ頼めばやらせてくれるんだろうが。
ただシュカはなんでだ。なんで俺はまだシュカとそういう関係になっていないんだろう。ほんとに結婚したんだよね?
「カプチーノ様」
いつの間にかカリバは服を全て脱いでいた。こいつはこいつでいつまで俺を様付けで呼んでいるんだろう。ほんとに結婚したんだよね?
「ま、それはいいか」
カリバから様付け以外で呼ばれるってのはなんか違和感あるし。
「何か言いましたか?」
「いや、何にも」
☆
「案外簡単に侵入できたな」
黒い服を身に纏った顎鬚の伸びた男が、小声で囁いた。
「はい、さすがはロス様です」
同じような黒い服を着た、若い男がそう答える。
「よし、じゃあさっさと探すぞ」
「はっ!」
男二人は、無数とも思える扉を一つ一つ確認していく。
「ロス様、こちらへ!」
「ん? どうした?」
何かを見つけたらしい男に、ロスと呼ばれていた男はついていく。
「この女、いつもカプチーノといつも一緒にいる女の一人では?」
男はそう言って、高級なベッドに小さな寝息をたてて眠っている幼い女を指差す。
「確かにそうだ。見覚えがある」
「こいつにしましょう」
「ふむ。そうだな、こいつにしよう」
ニヤニヤと薄気味悪い笑みをしながら、二人はすぐに行動に移った。
☆
「今日は萌衣が来るの遅いな」
「またどうせ遅くまで寝ているのではないですか? もう先に食べてしまいましょうよ」
『食事 これ以上我慢不可能」
「それもそうだな、そんじゃまあ、いただきます」
家族五人で囲む食卓に、今日は萌衣の姿が無かった。
別に珍しいことではない。あいつが朝に弱いのはよく知っている。だが――
「なんか、嫌な予感がするんだよな」
食べ終わったら、すぐにあいつの部屋に行こう。
食事後、早速萌衣の部屋まで来て、扉を二回ノックした。
だが、いつまで経っても返事が返ってこない。やはり寝てるのか? それとも……。いや、きっと大丈夫だ。
「入るぞー」と声をかけてから、扉を開けた。
「あれ? 萌衣?」
萌衣の姿はどこにも無かった。
「どこ行ったんだよ! おい萌衣!!」
普段の萌衣は、朝食を食べる前にどこかに出かけるようなことはしない。ならトイレか? そうだ、きっとトイレだ。
「ん?」
萌衣のベッドの上に、二枚の紙が置いてあった。
「これは、地図か?」
一枚目は簡易な地図だ。とある地点に赤く印が付けられている。この印の場所は、トタースからそれほど遠く無い。
「二枚目は――」
二枚目の紙を見た瞬間、俺は絶句した。
二枚目の紙には『ここで待っている』とだけ書かれている。
おそらく、この紙が指す"ここ"というのは、さっきの地図が示す場所。
この紙は、間違いなく萌衣が用意したものでは無い。
だって――筆跡が萌衣とは全く違うから。
好きな女の筆跡くらい当然把握している。
「くそ!」
苛立ちに任せて大声で叫んだ。
萌衣が攫われた。
一体誰に? 何のために?
分からない。何も分からないまま、ただ焦りだけが募っていく。
「今すぐこの地図の場所に行かないと!」
萌衣が今一体どんな目にあっているのかは分からない。ただ一つだけ確信が持てるのは――
萌衣は今きっと、俺に助けを求めているはずだ。
俺はすぐに走り出した。
「どこへ行くのですか?」
走る俺の背中に、カリバが聞いた。
「萌衣が攫われた。助けに行く」
「シスタさんが? 本当ですか?」
「ああ、間違いない。今こうしている間にも萌衣は……」
「急ぎましょう。私も一緒にご同行いたします」
「いや、ついてこない方がいい。どんな危険なことが待っているか」
カリバだって俺の大切な人だ。カリバを危険なことに巻き込むわけにはいかない。
「危険なことって、私の能力を忘れたんですか? 私は死なない限りは全然大丈夫ですから。それにもしもシスタさんが傷ついていたら、むしろ私が必要なのではないですか?」
「確かにそうだな……」
萌衣が傷ついていたとして、俺は萌衣を回復してあげることはできない。
「話は聞かせてもらったよ!」
『共に行く』
「お前ら、なんで」
突然現れ、俺達に同行をしようとしたシュカとミステに、俺は戸惑う。
「大きな声でカプチーノが『くそ!』って言うのが聞こえてね。で、気になって来てみたの。そしたらシスタがピンチだって知ってさ。シスタがピンチだってのに、私達が放っておけるわけないでしょ?」
『同じ婚約者同士 シスタは家族』
「……そうか。よし分かった、お前らもついてこい!」
待っていろ萌衣! 兄ちゃんが今すぐ助けてやるからな!




