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誓いのキス ×4

「では、私が進行を行います」


 広い草原の中、俺達五人だけの結婚式が始まる。


「かたっくるしいのは無しで、わたし達らしくお願いね!」


「安心してください。実は私、一度も結婚式に行ったことが無いので、結婚式について全然知らないのです。ですから、正しい結婚式なんて出来っこありませんし、言われなくてもそのつもりですよ」


「俺も結婚式とか出たことないな」


 というか、そもそもこっちの世界と俺達の世界の結婚式は違うだろうし行ったことがあったところでなんの参考にもならないと思うが。


「私の住むトーブ一族の街には、そもそも結婚式っていう文化自体が無かったしなあ。なんか結婚相手も自由に選べないし」


「何それ悲しい! お兄ちゃんと結婚して大丈夫だったの?」


「大丈夫大丈夫。トーブの決まりなんて、一々守る必要無いもん!」


「うーん、まあシュカちゃん本人がそう言うなら信じるよ!」


「大丈夫じゃなかったら、そもそも私からプロポーズなんてしてないしね。伝説上の能力を手に入れてしまった今では、トーブの人は誰も私に逆らえないんだよねえ」


 シュカは自慢げに言った。まあ確かに、瞬間移動を目の当たりにしてしまえばトーブの人は何もシュカには言えないか。


「とりあえず、まずはケーキ入刀しましょう! ケーキ入刀!」


 こっちの世界の結婚式でもケーキ入刀するのか。というか、するにしてもいきなりか? なんかもっと色々と――まあいいか。これは俺達らしい俺達だけの結婚式だもんな。


「ケーキ!」


 ケーキと聞いた途端、ミステは爛々と目を輝かせた。甘いもの好きだもんね。


「それではシュカさん、例のものを」


「了解。じゃ、ちょっと持ってくるね」


 そう言って、シュカはどこかに消えた。


「ただいま。はいこれ」


 すぐに再び現れたシュカの隣には、人一人以上ある大きなケーキがあった。


「おお! おお!」


 ケーキを見て、ミステはぴょんぴょん飛び跳ねている。


「もう食べていい?」


「駄目ですミステさん。まずは入刀してからです」


「むぅぅ……」


 カリバの言葉を聞いて、ショボンとミステが落ち込む。


「入刀って言ってもどうやるんだ? 五人いるんだぞ?」


 ケーキ入刀って二人でやるイメージしか無いんだが。


「そんなの決まってるじゃないですか。これを五人で持つのです」


 カリバはそう言うと、腰に掛けた剣を抜いた。


「え? それ?」


「安心してください。洗ってありますので」


「いや、そういう問題では……」


 剣でケーキ入刀て。


「これは私がカプチーノ様に最初に貰ったプレゼントなんです。だから、是非これで」


「そういや俺があげたんだったな、それ」


 カリバを側近にすると決めた日に、どうせならしっかりとした武器を持っていろということで渡したのがこの剣だ。カリバはあれ以来、これ以外の武器を使っているのは見た事ないし、よっぽど愛着があるのだろう。


「よし分かった、それでいいよ。どうせそれ以外は駄目なんだろ?」


「はい! ありがとうございます!」


 カリバはニコッと微笑んだ。この笑顔を見ると、あの時剣をあげて良かったなと心から思う。


「では、皆さん柄を持ってください」


 俺達五人は、全員でカリバの剣の柄を持った。五人で握るとなるとさすがにキツい。


「じゃあ行くぞ? せーの」


 目の前にある巨大なケーキに向かって、剣が振り下ろされた。

 ケーキは綺麗に真っ二つに割れ、地面に倒れた。


「ふわぁっ!?」


 勿体ないじゃないか! とミステが目で訴える。


「ま、まあ地面に付いてない部分は食べれるだろ、ほら」


 ミステに、倒れたケーキの上の部分をすくって渡す。


「汚い」


「大丈夫だって」


「むぅぅ。カプチーノがそう言うなら」


 文句を言いながらも、ぱくりとミステはケーキを食べた。もきゅもきゅとほっぺを動かす。


『美味』


 ごくんと飲み込み、ミステはほわわんとした顔でそう魔法文字を出した。


「そいつはよかった。地面についてない部分だけでもまだまだたくさんあるから、いっぱい食え」


『言われなくても全ていただく』


 そう告げた後、ミステはまるで犬のように倒れたケーキをパクパクと食べだした。


「こりゃわたし達の分は残らなそうだね」


「ですね」


「さて、じゃあケーキ入刀が終わったことだし、いよいよ誓いのキスの時間だよね!」


 この時を待っていたとでも言わんばかりに、シュカは言った。


「そうなのか?」


 なんか順番おかしくね? こっちの世界の結婚式ではそうなんか? まあいいか。何度も言うが、これは俺達らしい俺達だけの結婚式なんだ。本来の形式なんてどうでもいい。


「そうですね。では、誰からキスをしますか?」


「ふっふっふ。ここは当然わたしが――」


「私! だって、プロポーズしたのは私だし!」


「いいえ、ここは年長者である私が」


「もきゅもきゅ」(ケーキを食べる音)


 

 三人の言い合いが始まった。

 これ、もしかして放っておいたらいつまでも先に進まないんじゃ……。


「順番はじゃんけんでいいだろ? な?」


 これが一番手っ取り早く決められる。


「カプチーノ様がそうおっしゃるなら……」


「よし、じゃあ行くぞ! 最初はグー!」


「「「じゃんけん ぽん!」」」


     ☆


「というわけで、一番は私だよ!」


 シュカが、嬉しそうにそう言った。

 そういえば、ここにいるメンバーで、俺はカリバとしかキスした事が無い。

 そして、ミステと萌衣とシュカは間違いなく全員ファーストキスだ。俺がリードしなければ。


「よし、じゃ、じゃあ来い!」

 

 シュカは目を瞑り、体をガチガチに緊張で震えさせている。


「そういやなんかないのか? 健やかなる時も~みたいなの」


 結婚式の誓いのキスの時ってなんか神父が言うよね。無いなら無いでいいんだが。


「なんですか、それ?」


 カリバの反応からして無いみたいだな。ということは、いきなりキスすればいいのか?


「キスするときは、「お前を愛す。永遠に」と新郎が言うのが決まりに決まってるじゃないですか」


「何それ!」


 超恥ずかしいじゃんそれ! え? この世界の新婦は皆それ言ってるの? やばいな異世界。


 俺の目の前には、ずっと目を瞑ってシュカがキスを待っている。このまま俺が何もせずに放っておくのはあまりにも可哀想だ。

 ……言うしかないか。


「お、お前を愛す。永遠に」


 恥ずかしい……。


「じゃ、じゃあ行くぞ?」


 誓いの言葉を言い終わり、ゆっくりとシュカの唇に、俺の唇を近づける。

 そして――三秒ほどのほんのわずかな時間、俺とシュカの唇は触れ合った。

 

「にゃふん!」


 キスをし終わると、シュカは変な声を出して消えてしまった。

 えーと。


「み、皆の前でキスってのはハードル高いね、見てるだけでもドキドキしちゃった」


 そんなことを、顔を真っ赤にしながら萌衣が呟く。


「わ、わたしは最後でいいや」


 本来次の番だったはずの萌衣は、そう言って少し離れてしまった。

 萌衣のやつ、あんな顔できるのか。

 恥ずかしがっている萌衣の姿は、とても可愛かった。


「となると、次は私ですか」


 さすがキス経験者は違うな。全く緊張しているようには見えない。


「さあカプチーノ様、言ってください」


「あ、ああ。えーと、お前を愛す。永遠に」


 この言葉を俺が後二回も言わなくちゃいけないのか。恥ずかしすぎだろ。


「では、お願いします」


 先程のシュカとは違い、依然としてカリバは緊張せず――いや、よく見たら手がめっちゃ震えてるな。


「お前、緊張してるのか?」


「だって結婚のキスですよ! 緊張するに決まってるじゃないですか!」


「そ、そうか」


 結婚のキスもそうでないキスも結局は同じキスだと思うのだが、カリバはそうでは無いらしい。

 カリバの反応のせいで、なんだか俺も少し緊張してきてしまった。


 お互い緊張したまま、ゆっくりと唇が触れ合う。そして――すぐに俺の口の中にカリバの舌が入ってきた。


 な、なんで!?

 驚いている俺の舌に、カリバの舌がねっとりと絡まる。

 結婚のキスって絶対こんなのじゃないだろ!


 やがて息が苦しくなってくると、ようやくカリバは唇を離した。


「ぷはっ。なぜお前はディープなキスをしたんだ……」


「え? だって、ついいつもの癖で」


「結婚のキスと他のキスは違うんじゃなかったのかよ……」


 ある意味、今までのキスとは違ったけどさ……。こんなディープなキス初めてした。


「さて、次はミステか」


 ミステは、今なお夢中にケーキを貪り食っている。


「おいミステ、キスだ」


「キス!?」


 何を言っているんだ突然! と凄い驚いた表情をした。お前ケーキに夢中すぎてケーキ入刀の後の流れ何にも見てなかったのな。


「そうだ。結婚するんだろ? キスしなくちゃな」


「キ、キスは、まだ早いかと」


「結婚に年齢制限は無いんだろ?」


「そうだけど……ふにゅ」


 耳まで真っ赤にして、ミステは照れる。


「俺はお前が好きだ。ずっとな。だから、キスしよう」


 俺がミステにかけた言葉は、カリバが教えてくれた結婚式でキスをする時の誓いの言葉「お前を愛す。永遠に」とは大分違くなってしまったが、これが俺の本心だ。形式的な誓いの言葉よりも、きっとミステには届くはず。


「でも、でも」


「駄目か?」


「駄目じゃない。むしろ嬉しい」


「そうか、じゃあ」


 了承を得られたので、少しずつミステに唇を近づけていく。すると、ミステはあまりの恥ずかしさからか、俺から逃げようとした。――そうはさせるか!

 俺はミステを抱き寄せ、一気に勢いよく唇を奪った。


「~~~~」


 ミステは俺から逃げようと、じたばたとした。

 だが、さっきのカリバとのキスと同じくらいのディープなキスをしてやると、やがてミステは俺に体を預けた。


 濃厚なキスを終えると、ミステは「にゃふん」とシュカと同じ謎の言葉を発して、へにゃへにゃと倒れた。やりすぎちゃったかな?


「さて、残すは萌衣のみか」


「ほ、ほんとにするの?」


「なんだ? 随分と弱気じゃないか」


「だ、だって……」


「ったく、しゃあないな。カリバ、しばらく俺達を二人きりにしてくれないか?」


「分かりました」


「ありがとう」

 

 カリバは俺に頷くと、少し遠くへと歩いて行った。ミステは放心状態だし、シュカはどっか行っちゃったし、これで俺達は実質二人きり。


「えーと、お兄ちゃん、ありがとう」


「こうしないと、お前がキスしてくれないだろうからな」


 普段の行動からは想像できないが、萌衣は案外恥ずかしがり屋さんだったようだ。


「ねえお兄ちゃん」


「なんだ?」


「私達、結婚するんだよね?」


「そうだ」


「そっか、そうだよね。えへへ」


 そう言って、萌衣は微笑む。

 そして、微笑んでいる萌衣の頬に、一筋の涙が伝った。


「ん? どうした萌衣?」


「お兄ちゃんと結婚できるなんて、思ってなくて、だから」


 笑顔を崩さずに涙を流しながら、萌衣はそう呟く。


「そっか、そうだな。俺だってそうだった」


 俺達は、血の繋がった兄妹だから。


「お兄ちゃん。私、お兄ちゃんの妹でよかったよ」


「俺もだ。お前の兄ちゃんでよかった」


「お兄ちゃん」


「萌衣」


 二人の唇が、優しく触れ合う。

 愛し合っていても、元の世界では決してできなかった行為。だが異世界では、彼と彼女を縛るものは何もない。

 この日、二人がずっと夢見ていた、兄と妹での結婚が、ついに叶った。

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