強さの理由
「――ちゃん! お兄ちゃん!」
萌衣の声が聞こえる。
ゆっくりと目を覚ますと、俺はベッドの上にいた。
「起きた!!」
俺が目を開いた途端、萌衣が喜んで叫んだ。
「カプチーノ様、もう三十分も倒れていたんですよ」
「そうか……」
俺は、負けたのか。
まさかこんなあっさり負けるなんて、思いもしなかった。
「口だけだったね」
起きた俺に、チカは冷たくぴしゃりと言い放つ。
「……」
返す言葉が無い。あれだけ言っておいて全く手を出せずに終わるとか、ただただ情けない。
「なあ、よかったら力照会をしてくれないか?」
「それは駄目。というか、アタシの強さはそういう数字で見れるものじゃないから」
「そうか」
ま、そうだろうな。ステータスがいくら高くても、ステータスをカンストしている俺を一撃で倒せるはずがないもんな。
「で、もう満足したでしょ? 帰りなよ」
「いや、満足なんかしていない」
存外俺は負けず嫌いだったようだ。このままのこのこと帰るなんて出来なかった。
「もう一度、いや、もう何度も勝負してくれ」
「いや、アタシめんどくさいの嫌いだもん」
「頼む!」
「いくらやっても結果は変わらないよ」
「そうかもしれないけど」
それでも、俺はこれで終わりたくない。
「ま、あんたにとっては良い経験だったんじゃないの? どうせあんた、自分がこの世で一番強いとでも思ってたんでしょ?」
「うっ……」
確かにその通りだ。俺は、自分が一番強い人間だと思い込んでいた。
「あんたよりも、強い人間がここにいた。ただそれだけ」
そう言い終えると、チカはどこかへ行ってしまった。
「ふーんだ! どうせあいつズルしてるんだよ。お兄ちゃんが負けるわけないもん」
「そうです! カプチーノ様は世界最強なんです!」
「もしあれがズルだったとしても、負けは負けだ」
俺は勝負に負けた。それが事実だ。
「というか、ウインク使えばよかったじゃん?」
確かに、ウインクをすれば俺が勝っていただろう。だが。
「そんなんで勝っても嬉しくないんだよ」
結局それで勝ったとしても、そんなの負けと同じだ。
「にしても、色々と謎ですよね。彼女の強さの理由」
「ああ、さっぱり分からん。そもそも、俺はどんな攻撃でやられたんだ?」
あまりにも一瞬の出来事だったので、どんな風にやられたのか分からなかった。
『私達にも 不明』
「どういうことだ?」
「なんか、速すぎて見えなかったんだよね。試合が始まったと思ったら、お兄ちゃんは倒れてて、その前にチカちゃんが立ってた」
「分かったのは、とっても素早い攻撃だったってことだけか」
だがそれだけでは、俺が負けた理由にはならない。
「それと、異常なほどの攻撃力ですね。カプチーノ様が一撃で負けるほどの」
「いや、単純な攻撃力は関係ないと思う」
なぜなら、俺の防御力はカンストしているからだ。いくら攻撃力が強かろうと、一撃で負けるはずがない。
「だとしたら、彼女の攻撃はいったい……」
本当に分からない。
「知りたいな」
あいつの強い理由を、俺は知りたい。
「けど、負けた俺なんかには強さの理由なんて教えてくれないだろうな」
もうあいつは俺に興味は無くなっていた。興味が無い人間に教えてくれるわけがない。
どうしようかとしばらく悩んでいると、がらがらと俺達のいる部屋の扉が開いた。
「あれ? ここにチカいないのか?」
扉を開けたのは、筋肉だるまのチカの父親だった。
「どうかしたのですか?」
「いや、チカに依頼があってな」
「依頼?」
「ふむ。チカは挑戦を受けているだけでなく、依頼も受けているんだ」
「依頼? そんなもの、あの面倒くさがり屋のチカが受けるのか?」
あいつなら、そんなことするより寝てたいとか言って断りそうだが。
「チカが受けるのはただの依頼じゃないからな」
「ただの依頼じゃないって、どんな依頼なんだ?」
「チカが受けるのは、命の危機に瀕している依頼だ」
「命の危機?」
「チカが優しい人だっていうことさ」
「チカが優しいって、なんか俺が知っているチカのイメージとは大分違うな……」
あいつは、どんなことでも面倒だからと投げ出す人間だと思っていた。
ただ、この男は嘘をついているようには見えない。それに、リエカの人は最初チカに助けを求めるつもりだと言っていた。それはおそらく、命の危機に瀕したあの状況なら、チカが助けに来てくれる保証があったからでは?
「どんな人でも良いところと悪いところがあるのさ。そういうわけだから、オレはチカと共に依頼をこなしにいってくるから、じゃあの」
そう言って、男は部屋から出て行こうとした。
「ちょっと待ってください!」
だが俺は、男を呼び止めた。
「む? どうした?」
「その依頼、俺も連れて行ってくれ!」
チカの依頼をこなしている姿を見れば、何かが分かるかもしれない。だから俺は、チカについていくことにした。
絶対に強さの理由を見つけてやる。そして、その強さを俺も手に入れてやる。




