選択
~二日前のリエカ~
目立ったものこそ無いものの、リエカという街はとても住みやすい街だ。
きっと僕はこの街で一生幸せに暮らしていく、そう思っていた。
「なんか、遠くに見えないか?」
僕と友人で畑を耕していた時、友人は遠くを眺めそう聞いた。
「そう? 何も見えないけど」
僕の目に見えるのは、ただ照りつける太陽だけ。
「いや、間違いない。何か俺達の方に向かってくるぞ!」
「本当かい?」
もしかしたら、前に街の皆で作った[リエカについて]という本を読んで、観光客が来てくれたのかもしれない。
普段全く観光客が来ない街なだけに、僕の心は躍った。
「どんなおもてなしをしようか?」
友人も、これから何をしようかとワクワクしている。
僕らの街リエカは、目立った観光スポットなどは無いけれど、とても綺麗で良い街だ。僕は、世界で一番の街だと思っている。
徐々に、迫ってくるのが僕にも見えた。
「凄い、あんなにたくさん! それにきっとお金持ちだよ!」
数えきれないほどの兵を、全身高そうな装備で固めた男が引き連れて、確かに僕達の街へと向かっている。
あれだけ多くの観光客が来るなんて、リエカの本を作って本当に良かった。この時は、そう思っていた。
兵を連れた男は、リエカへと着くと、すぐに街の一番偉い人と会いたいと言い出した。
男の様子は、観光をしに来たようには見えない。けれど、観光では無いのだとしたらなぜリエカに来たのだろうか。
「貴様がこの街で一番偉い人間か?」
この街の長であるリオサさんに、男は問う。
「この街は誰が偉いとかそういうのは無いのだがのう。一応わしが長という立場をやらさせてもらっているが、偉い立場などとは思ったことは一度も無い」
「御託はどうでもいい。私はこの街にある"この世で最も大きな秘密"を聞きに来た」
"この世で最も大きな秘密"と聞いて、リオサさんは少し動揺した、ような気がした。
「この世で最も大きな秘密? なんのことだ?」
リオサさんは何も知らないようだ。さっきの動揺は勘違いだったか。
「そんなはずはない!!」
男は大声で怒鳴った。
「本当に知らないのだ。帰っておくれ」
「そうか、そっちがその気なら」
ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべると、男は近くにいた街の若い女性を手元に寄せた。
そして――
「おら!!」
腰にかかった剣を抜くと、女の腹に突き刺した。
「……え?」
僕は、その光景を現実だとは思えなかった。
ついさっきまで元気にしていた女性が、腹から血を噴き出している。
活発でおしゃべりの絶えなかった女性なのに、今はもう、何もしゃべっていない。
「うわぁぁあああああああ!!!」
発狂した。
こんなことありえない!! なんで、何も悪いことをしていないのにあんな目に合っているんだ!!
「うるさいぞ、そこの男。貴様も殺されたいか?」
ギロッとした目で、男は僕を睨んだ。
怖い。怖い怖い怖い怖い。
こんなに怖い思いを、僕は今までした事が無かった。
「何故、殺す必要があった?」
今にも怒りが爆発しそうな声で、リオサさんは聞いた。
「こうでもしなければ教えないだろう?」
男は、自分は何もおかしなことはしていないと思っているようだ。人を殺したというのに、後悔とかそういうものを全くしていない。
「だから教えるも何も知らないといっておるだろうが!!」
「あくまでシラを切る気か。ならば、話したくなるまで殺してやる。お前ら、殺れ」
男の言葉を皮切りに、兵達が一斉に散らばった。
そして、兵達は次々と街の人達を殺して行った。
逃げなきゃ。
逃げなきゃ!!!!
震える足に鞭打って、僕は走った。
逃げなければ殺される。逃げなければ死んでしまう。
僕は悪い奴だ。結局僕は、何よりも自分が大事なのだから。
街の皆を見捨てて、僕は大好きだったリエカから逃げ出した。
~次の日の夜~
一日経てば治まっているだろう、そう思った僕は、逃げ出したリエカに帰ってきた。
僕は、リエカから完全に逃げることは出来なかった。やっぱりここは僕の街だ、こんな悲しい形でさよならなんて出来ない。
「うっ……」
リエカに来た瞬間、僕は強烈な吐き気に襲われた。
綺麗な空気に包まれていたはずのリエカは、今は血の臭いしかしない。
知っている顔ぶれが、無残な姿になってたくさん倒れている。
「うわぁぁぁあああああ!!」
全てが変わり果てたリエカを見て、僕は叫ばずにはいられなかった。
「ルオ? その声はルオか!?」
僕の発狂を聞いて、一人の男が現れた。
「リオサさん! 生きていたのですね!!」
現れたのはリオサさんだ。良かった、彼が無事で。
きっとあの襲ってきた男は、リオサさんが"この世で最も大きな秘密"をいつか言うと考えて、生かしていたのだろう。
「生きていると言っても、そう長くは持たんよ」
「どういうこと?」
「兵の攻撃を、街の人間を守ろうとしたら受けてしまってな。出血が止まらないんだ」
そう言って、リオサさんは腹の傷を僕に見せた。
「これは……」
一目で、もう絶対に治らない傷だと分かった。あまりにも大きく、あまりにも痛々しい傷だ。
「わしは、死ぬ前に一つ伝えねばならないことがある。それを、お前に託したい」
「伝えねばならないこと? そんなことより早く傷の手当てを!!」
無駄だとは分かっていても、治るかもしれないという根拠の無い願望が、僕にそう言わせた。
「わしのことなどもうどうでもいい。いいか、よく聞け。リエカを襲ってきた者達は、まだすぐ近くにいる。一旦リエカを離れたが、奴らがそう簡単に諦めるはずがない。皆が死ぬまで殺戮は続くだろう」
「そんな……」
「彼らがこの街を襲った理由は覚えているな?」
「この世で最も大きな秘密、ですよね? でも、そんなものはどこにも」
「あるのだよ」
「え?」
「その秘密は、確かにこのリエカに存在する」
「あるだって? だったら、なんでその秘密を教えなかったのさ! その秘密さえあの男に教えれば、こんなことには!」
「教えるわけにはいかなかったのだ。その秘密をもしあの男が知ってしまえば、世界の法則が乱れてしまう」
「世界の法則?」
「そうだ。その秘密は、たとえこの街が滅びようとも、絶対に知られてはならないのだ」
「この街が滅びようとって。なんでそんな簡単にリエカを見捨てることができるんだ!!」
「簡単なんかではない! キツい選択だったさ。だがわしは、リエカより世界を選んだ」
「そんな……」
「良いか? 何があっても、その秘密を知られてはならない。だが、このままではその秘密が知られてしまうのも時間の問題だろう。だから……その秘密を持って、君にはこの街から離れて欲しい。秘密を守り抜いて欲しい」
「何を言って!」
「受け取れ」
リオサさんは、懐から一枚の紙を出し、僕に渡した。
「その紙に、秘密は書かれている。いいか、その紙、絶対に守り抜け!」
その言葉を最後に、リオサさんは息を引き取った。
「なんで、なんでこんな紙切れ一枚のせいで、リエカが苦しまなければならないんだよ!」
世界の法則? 知った事か! そんなことどうでもいい! この秘密を、すぐにあの男に渡そう!
「それで、僕はいいのか?」
リオサさんが命をかけてまで守り抜いたものを、僕はそんな簡単に渡してしまっていいのか?
それは、リオサさんを裏切ることになってしまうのではないか?
「ちくしょぉぉぉおおおおおおお!!」
渡せるわけがなかった。
「大体、そんな大きな秘密ってなんなんだよ!」
僕は、その秘密とはどんなものなのかを、紙を開いて確認した。
その秘密とは――
「人を生き返らせる方法……だって?」
その秘密とは、確かに、世界の法則を変えてしまうものだった。
人は絶対に生き返ることは無いという、当たり前であるはずの法則が。
次話は、カプチーノが次に行く場所が決まります。




