街だった場所
「なんだよ……これ」
そこは街の姿をしていなかった。
そこにあったのは、無数の瓦礫の山。
「ここが、リエカで間違いないはずなのですが」
「そんなはずは……だってこの本に載っている写真と全然違うじゃないか」
綺麗な花が咲き誇るはずの花壇には、火で燃えた花だったものの残骸が散らかっている。
とても、人が住んでいる街には見えない。
「まずは住人を探しましょう」
「あ、ああ」
人なんて見つかるのか?
見つけられるのは、人だったもの、つまりは死骸だけでは無いのか?
漠然とした恐怖が胸中で渦巻く。何をどうすればここまでになってしまうのか。
歩いていると、当たり前のように地面にはゴロゴロと死体が転がっていた。
「お兄ちゃん、萌衣こういうの無理かも……」
萌衣は、なるべく地面を見ないようにしながら歩いている。
俺だって同じだ。俺だって怖い。
だって、死体を見るのはこれが初めてだ。今まで親族が死ぬことも無く、葬式にすら出たことなかった俺が、初めて見た死体がこんなにも惨く醜い姿だなんて、怖くないはずがない。
「カプチーノ様、この男、まだ生きております」
「なに?」
体中真っ黒に焦げ、ピクリともしていない倒れた男を見て、カリバは言った。
「ちょっと待ってください。今回復いたしますので」
カリバの全身がエメラルドのような綺麗な緑色に輝き、その輝きが男へと移る。
すると、見違えるように男の体は傷一つ無い綺麗な姿へと変わった。
「これは!?」
意識を取り戻した男が驚いて辺りをキョロキョロと見回す。
「私の魔法です。他に生きている人は?」
事情を聞くより、まずは回復が先だ。そう判断したカリバは、他の人の安否を尋ねた。
「この周りにいる人は、わたしと同じようにまだ息をしているものもいると思います。襲われたのはついさっきなので」
「そうですか」
それを聞いたカリバは、すぐに周りに倒れている人達の生死を確認していく。
そして、三人に一人くらい生きていた人がいたようで、カリバは魔法をかけていった。
カリバの魔法により助かった命は、合計十三人。
早速生きていた全員を集めて、事情を聞きだすことにした。
「何があったのですか?」
「実は、一昨日に兵を大勢連れた男が現れて」
「兵を大勢連れた男?」
何かが引っかかる。
「はい。その男は、何かを探しにこの街に来たようで、「あなたの探し物はこの街にはありませんよ」と街の長が伝えたところ、「ならば実力行使だ」と街を襲い始めたのです」
「なるほど」
つまり、この惨状は、一昨日から今日にかけてのたった三日で起こったのか。
三日でここまで、なんという酷いやつらだ。
「その何かっていうのは、ひょっとして『この世で最も大きな秘密』なんじゃ」
「な、なぜそれを!?」
萌衣の発言に、街の男たちは一斉に驚いた。
やっぱりか。
ということは、この街を襲った兵を大勢連れた男ってのは、萌衣がイオキィで見た男ってわけだ。
「いや、たまたまな」
「さてはあんた達、あいつ等の仲間なんじゃ!」
街の人達の俺達を見る目が変わった。
「そんなわけないっての。こんな小っちゃい女の子連れた悪人がいるかよ」
「確かに……」
どうやらすんなり信じてくれたらしい。
ミステとか萌衣とかどう考えても悪人って感じじゃないもんね。
「俺達は、その『この世で最も大きな秘密』ってのに興味があって、この街に来た。つまり目的はこの街を襲ったおっさんと同じわけだけど、安心してくれ。俺達は人を襲うなんてことはしないよ」
「そうですか。ですが、来て下さったのに悪いのですが、私達の街にそんな大きな秘密はありません……」
その言い方は、とても嘘をついているようには思えない。
「あの本は間違ってたってわけだ」
まあ世の中にある全てのことが真実なんて都合の良いことは無い。たまには間違った情報を掴んでしまうことだってある。
「どうします、カプチーノ様。帰りますか?」
「そうだな、もう用も無いし」
さて、次にやるべきことを考えなくちゃな。
「あ、あの、旅のお方はもう帰られるのですか? ならばその前に、私達の命を助けてくれたお礼をさせていただきたい。もしお時間宜しければ、わたしについてきてください。仲間が隠れているはずの場所まで案内するので」
「仲間? まだ生き残りがいるってことか?」
「はい。と言っても、そんなに多くは生き残っていませんがね。それに、そこがやられるのも時間の問題だとは思いますが……。あの兵達がもう諦めたとは思えませんので」
「そうか、どうするか……」
急いで帰らなくてはいけない理由は無い。だが、正直お礼を受けようともあまり思わない。
「お礼とかそんなんじゃなくてさ。お兄ちゃん、その兵隊引き連れた人、倒しちゃおうよ!」
悩んでいた俺に、萌衣が言った。
「倒す?」
「ちょっと耳貸して」
萌衣に言われて、耳を萌衣の口元へと近づける。
「ちゅッ!」
すると、萌衣が頬にキスをした。
「あの……、すごく意味が分からないんだけど」
「あはは、ごめんごめん。えっと、さっきのは冗談で……」
「本題があるんだな?」
「そ、あのさお兄ちゃん。お兄ちゃん、このままここの人達のこと、見捨てられるの? わたしの知ってるお兄ちゃんはさ、こんな現状を見たら、放っておかない人だと思うんだけど」
「いや、俺はそんな良い人じゃ……」
トタースでは男を全員追い出したし、そもそも俺は、人の恋愛感情を勝手に良いように利用する悪人だ。
「それに私は、かっこいいお兄ちゃんのことが好きだから。ここで見捨てるようなお兄ちゃんは、好きじゃない」
「はぁ……、そうかよ」
妹にそんなこと言われたら、動かない兄なんていないっての。
「分かったよ。この街は、俺が救う。かっこいいお兄ちゃん、見せてやる」




