天使の向かう道
二つ目の準決勝の試合が終わり、後は決勝を残すのみとなった。
カリバの反対側から勝ち進んできたのは、予想通りツヨジョ。
ツヨジョは一戦目はシードで、二戦目は圧勝。
全くてこずることなく決勝の舞台へと進んでいるようだ。
「さて、行きますかね」
決勝戦の試合の結果は、試合がある明日には決まらない。
決勝の結果は、今日決まる。俺が、決める。
☆
「よう」
俺は、試合が終わって一人で佇んでいたツヨジョへと声をかけた。
ツヨジョは、綺麗な大きな翼を揺らしながら、俺の方を振り向く。
見ての通り、彼女は天使だ。
比喩的な意味では無く、本物の天使だ。
天使自体は、トタースにもいたし、そう珍しくも無い。
だが、ここまで立派な羽を持った天使は初めて見た。
汚れ一つ無く、新雪のように真っ白な羽は、見るもの全てを魅了するであろう。
「誰ですか、あなたは」
ツヨジョは、興味無さそうに俺の顔を見た。
「いや、ちょっとな。明日のお前の対戦相手のカリバってのがよ。俺の女でな」
「はぁ……。自分の女がやられる前に、ここで私を潰しておこうとかそんなところですか。やめておいた方が良いですよ。貴女では敵う相手ではありません」
「大層自信がおありのようで」
「あっては駄目ですか?」
「別にいいけどよ。なああんた、なんで帝王杯なんてものに出るんだ? お前ほどの実力があるなら、サオルなんて野郎の側近にならなくたって、いくらでも金儲けの手段くらいあるだろ?」
冒険者になって、難関クエストでもクリアしていた方がよっぽど金になると思う。
「私は、側近など興味ありません」
「はぁ?」
帝王杯って、サオルの側近になりたいやつが競う大会なんだろ?
「私はそもそも、こんな大会になど出たくは無かったのです。ですが、大天使様が……」
「大天使様?」
「私達天使の中で、最も偉いお方です。その方に言われたのですよ。この大会に出ろって」
「なんで大天使様はそんなこと言ったんだ?」
「大天使様は、予言を得意としているのですが、その大天使様の予言によると、この大会に出場すれば、私にとって有意義なことがあるとか」
「有意義なこと、ねえ。もうあったのか?」
「いえ、今のところは全く無いです」
「そうか」
じゃあ、その予言が正しければ、明日の決勝戦で起こるのか? その有意義なことってのは。
「私、実は今まで自分より強い人と出会った事が無いんです。だからてっきり、この大会に私より強い人が出て、大天使様はそのことを予言したののだろうと思っていたのですが。貴女の彼女、カリバさんは、見た感じそこまで強くは無さそうです。はぁ……、本当に、何故大天使様はこんな大会に……」
「つまり、お前より強い人間に出会ったら、それは有意義なことなのか?」
「出会えるわけなど無いのですけどね」
大天使様、あんたすげーよ。
「なら良かったな。この大会に、あんたより強い人が来ている。ただし、選手としてじゃないがな」
「何を言って――」
「俺だよ」
「え?」
「あんたより強い人ってのは、俺だ。大天使様がここにお前を来させたのも、俺に会わせるためということだな」
「冗談はやめてください」
「冗談だと思ってるなら、かかってこいよ」
「はぁ……。口で説明するより、実際に体に教えてあげた方が早そうですね。もし怪我しても、責任はとりませんからね?」
「あいよ」
俺の頷くのを確認すると、ツヨジョは俺に向かって飛びかかってきた。
さて、まずはどうくるかな? おっ、いきなり蹴りですかい、容赦ないね。
俺の右脇腹めがけて飛んできた蹴りを、俺は右手の人差し指一本で受け止めた。
「な!?」
まさかそんな簡単に防がれるとは思っていなかったようだ。
ツヨジョは、さっきのは何かの間違いだと判断し、連続でパンチを放ってきた。
俺は、先程の蹴りと同じように、人差し指だけで守っていく。
「うぉぉぉおおお!」
ツヨジョは、叫びながら全力全開の攻撃の乱舞を続ける。
しかし、その攻撃は全て俺の指一本に防がれてしまう。
ツヨジョの攻撃は、かなりの長時間行われた。
が、やはり限界が来たのか、ツヨジョの攻撃のスピードはどんどん落ちていき、やがて、攻撃の雨は止んだ。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
「どうだ、満足したか?」
「あ……なたは……いっ……たい……何者……です………か?」
よっぽど疲れたのか、息を切らせがらツヨジョは俺に聞いた。
「俺か、俺は、ただのハーレム建設者、かな」
今はまだ、な。
「ぷっ、あはははは! そうですか! ただのハーレム建設者ですか!」
「な、なぜ笑う」
「いえ、だっておかしくて! ありがとうございます。あなたのおかげで、私、目が覚めました。はぁ、世界には、まだこんなにも強い人がいるのですね」
「言っとくが、こんな俺よりもっとすごいやつがいる。そいつは、戦うことなく相手を消すことができるんだ。俺のことだって一瞬でさ」
「そんなお方まで! なんだか、今までの私が馬鹿みたいです。私は、自分がこの世界で最も強いと信じ込んでいました。ですが、そんなことは、無いんですね」
「ああそうだ。俺に比べれば、あんたなんかただの雑魚だからな」
「雑魚、ですか。確かにその通りです。なんだか私、今無性に修行がしたくなってきました!」
「そっか、頑張れよ、修行」
「はい! あの、それで、一つ頼みがあるのですが」
「頼み?」
「はい。もし私が修行して強くなったら、私ともう一度勝負してくれませんか!」
「なんだ。そんなことか」
「では、いいのですね?」
「ああ。ただし交換条件だ。明日の試合で、カリバに負けてくれたら、またいつでも戦ってやる」
「ふふっ、交渉上手ですね」
「まあな」
本当は、ウインクをしてこいつのことを落として言うことを聞かせるつもりだった。
ただ、一つだけ興味があった。この大会に、こいつはなぜ参加したのか。
こいつも、俺と同じ、周りより遥かに強い力を手に入れてしまった人間だ。
そんな人間の、目指すべき道を知ってみたかったのだ。
結局その道は、俺の行く道とは全く違っていたけれど、ま、たまにはこういうのも、悪くねえな。




