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命の誕生


「ここだ!」


「はぁ……。はぁ……」


 息を切らしながら、トーブが案内してくれた場所を見つめる。

 

 そこには、川沿いで苦しそうに丸まっているカシュがいた。


「なぁ、カシュが大変なんだ。こんな辛そうなカシュは見たことねぇ。何か分からないか?」


「分からないかって言われてもな……」


 鳥の様態なんて見ても何も分かるはずがない。苦しそうだということくらいならさすがに分かるが。

 そんな俺とは違って、カリバは何かが分かったようだ。


「やはり、そうだったんですね。S級に属していた理由も納得がいきました、シュカさんには当時の状況を色々と聞きたいところですが、おそらく時間がありません」


「時間がないって……。おいカシュ、しっかり、な?」


 不安そうに、カシュに寄り添うトーブ。

 本当にカシュのことが好きなのだろう。


「ちょっと近くで見ていいですか?」


「あ、ああ」


 トーブには頼みの綱はカリバしかいない。

 拒否する理由はないだろう。


 じっくりと、カシュを観察するカリバ。

 カリバには何が見えているのか。それは俺には分からない。


「なるほど。これは……相当まずい状況ですね」


「どうすりゃいいか教えてくれねえちゃん! カシュには何が起こってるんだ!?」


 必死に助けを乞うトーブ。当然の焦りだ。なんせ、好きな相手がまずい状況なんて言われているんだから。

 俺だって、カリバがまずい状況だなんて言われた日には、同じようになるだろう。


「その焦りようだと、本当に知らないのですね。不自然に大きいお腹、そこに、あなたと彼女の赤ちゃんがいるんですよ」


「赤ちゃんって……俺の……?」


「はい。それをどこからか聞きつけたボラの住民が、S級認定して攫うったのでしょう。この長い歴史の中で、鳥と人間で子を成したのは初めてのことですから」


「初めてなのに、よく妊娠だなんてすぐに分かったな。いくらカリバだからって、今までに起きていない現象なんてのはさすがに分からないもんなんじゃないのか?」


 ここに走って来る前からカリバは妊娠だと言っていた。人類史においてありえないことなのになぜ分かったのか。


「簡単ですよ。二人から愛を感じ取ったからです」


「お、おう……」


 自信満々にそう言われてしまえば、もう反論するつもりは無い。

 こんな状況で嘘をついているとは思えないし、その感じ取ったものを認めるしかない。トーブの子が、本当にあのお腹の中にいるのだ。


「じゃあよ。待ってれば子供が産まれるのか? でも、さっきねえちゃんがまずいって」


「まずいですよ。鳥の体は人間との子供が作れるようにはできていませんから。まず間違いなく、このままにしておけば死にますね、カシュさんも、お腹の中の子も。ボラの技術がどれほどのものだったのかはわかりませんが、ボラにいたままの方が何か策があったかもしれませんね」


「そんな……。子供を授かったせいで死ぬなんて、それじゃあ俺が殺したみたいなもんじゃねぇか……」


 辛そうに落ち込むトーブ。そんな彼を見て、カリバは優しい声音で言った。


「トーブさん。頭を上げてください。子供は天からの授かりものです。悲しむためにやってきたのではありませんよ」


「でも、俺にはどうすることも……」


「神でもいれば違うのに?」


「ああ。神様なんかがいたら、なんか解決策でもあったかもしれないが、俺は……」


「いますよ。神ならここに」


「え?」


「私が神です」


 そう言って、ずっと被っていたフードを外した。カリバの美しい顔面が、久方ぶりに露になる。

 その顔は、まるで光っているように輝いて見えた。改めて、容姿を見て思わされる。本当に、カリバは神なんだって。こんな可愛いなんて、神でもなきゃありえない。

 って、そうじゃなくてーー


「カリバお前!」


 それを言うことの意味が分かってるのか? それを言うと……


「カプチーノさん。トーブさんなら大丈夫ですよ」


 聖母のような眼差しで、カリバは断言する。


「確かに、そうかもな」


 トーブなら、大丈夫か。


「おいおい、ねえちゃん、そいつは冗談か何かか? こんな時に笑えない冗談なんて」


「本当です。私は神です。顔をじっと見てください」


「た、確かに。信じられないが、神、なんだとなんとなくわかる」


 顔を見ただけで分かることある? と思ったがすぐに思い出した。

 そういやこっちでの初対面で、全ての人類がカリバの正体を認知しているだのと言っていた気がする。

 こういうことだったのか。

 神を探していない相手ですら、顔を見れば神だと納得させてしまう。それが、神という存在なんだ。


「神の名において、カシュさんは絶対に死なせません」


「はは……。なんちゅう奇跡だ。たまたま捕まった牢で出会った女が、神様だったなんて」


「私も嬉しいです。この世界に堕ちてきて、ようやく神であることをプラスに思えたんですから。ありがとう、トーブさん」


 まさに神に相応しい笑顔でーブに向けてニコリと笑うと、カシュへと視線を戻す。


「さて、カシュさん。苦しむ時間はもう終わりです。これからは幸せになる時間です」


 そう言った瞬間、カシュを眩い優しい光が包む。

 見るものすべてを魅了するその光は、見ていて一生飽きることはなさそうだ。


 やがて光はどんどんと明るさを増し、見ていられないほど強く眩しく輝いた後、七色に空へと放たれ、やがて雨となり降り注いだ。


 ーー小さな命の揺りかごとなって。


 ゆっくりと、光に包まれた小さくも逞しい命は、ゆらゆらと落ちていく。

 そしてその命は、手を伸ばしたトーブの腕に包まれた。


「これが、俺の、赤ちゃん……」


 大事そうに、抱えた命を見つめる。

 

 これが、命が産まれた瞬間。

 思えば、今まで数々の命を奪ってきたものの、命が生まれる瞬間には立ち会ったことがなかった。


 なんていうかーー


 良いもんだな。


 普通の出産とは違い、トーブとカシュでしかありえない、貴重な命の誕生の瞬間。

 その貴重な命は、本当に普通の、小さな赤ん坊だった。

 ただ、俺には見えていない、カシュとトーブにしか見えない何かがそこにはある。


 ほぅと小さく息を吐きだす。

 俺もいつか、命を授かるのだろうか。

 もし授かるのなら、彼と彼女のように、幸せな笑顔で迎えられたらいいなと、そう心から思った。

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