街を囲む壁
目の前にあるのは、俺達が目指していたボラという街……で、あってるんだよな?
50メートルほどの高さの巨大な壁が、そこにはあった。
壁の両端はここからだと全く見えず、どこまでも壁が続いていそうな風にさえ思える。
「なんかあの街がとんでもないところなんだろうなってのはよく分かった訳だが、トーブ、ちゃんといる場所の見当はついてるんだよな?」
「いいや全く」
「勘弁してくれ……」
清々しいトーブの笑顔を見て、やれやれと溜息をつく。
「安心してください。外部の街の研究対象が運ばれる場所は私がある程度予想できています」
「ほんとか?」
「ええ。トーブさん、あなたの想い人は、強制的に連行されたんですよね?」
「おう。ある日突然な」
「となると、間違いなくS級認定を受けていますね。本来、トーブの研究員は本人の意思を尊重し、任意同行で研究対象をボラへと招き入れます。本人の意思と関係なく無理矢理連れていくのはよっぽどのことが無ければまずありませんからね」
「ほーん、よく分からんけどトーブの想い人ってのは相当研究しがいのある人間ってことか。なら、強制的に連れていかれたって言っても、案外結構VIP待遇だったりするんじゃないか?」
「いえ、その真逆ですよ。何をやられてもおかしくないのがS級です。人として見られていないから、強制的に連れていくことができるのです」
「あーくそっ!。ねえちゃんの話を聞いたらますますイライラしてきたわ。俺の女を好き勝手した罪、どうやって償ってもらおうか!」
「落ち着いてくださいトーブさん。喧嘩を売りに来たわけではないでしょう?」
「喧嘩で勝てる相手なら間違いなく売っとったけどな」
トーブの気持ちはよく分かる。俺だってもしカリバが同じように連れ去られたら、絶対許せない。
「そもそも、そのトーブさんの想い人にボラの人達が何をしていたとしても、そこには一切悪気はありません。あくまで科学の発展の為、ひいては人類の進化の為の実験ですから。いうなれば、彼らは正義で、私達は進化を止める悪人です」
「そうは言ってもなぁ、ねえちゃんよ。こちとら腸がひっくり返りそうなんだわ」
「確かに、トーブさんの状況を考えれば、恨むなというのは無理があるでしょう。しかし、ボラの人を恨むよりも、恨むべくは、ボラという組織を作り上げたこの世界そのものです。ボラの人々はただ、生まれた時から決まっていた、自分のやるべきことをやっているだけにすぎないのですから」
「なんだカリバ、メジハに対する態度とは随分違うんだな」
「あんなクズとボラの人々を一緒にしないでください」
「な、なんかごめん」
カリバにクズとまで言わせるとは、よっぽど嫌いだったんだなあいつのことが。
それにしても、ここまでカリバがボラに住む人々のことを擁護するのは、きっと長い間ボラを見て彼ら彼女らが悪い人達じゃないと確信しているからだろう。
なら、俺もカリバの意見を尊重しよう。
「なので、できれば殺人は避けてください。人一人を助ける為とはいえ、罪の無い人の命を奪うのを私は許しません。トーブさん、約束してくれますか?」
「約束も何も、最初に言ったろ、喧嘩で勝てる相手なら喧嘩売ってるって。俺はそもそも、女守るために一度喧嘩してあいつらに負けとるんだ。あいつらが強いことはよう知ってるし、手なんか出す気になんねーよ」
「そういえばそうでしたね、すみません」
トーブの女が攫われたその日。きっとトーブはいっぱいいっぱい抵抗して、そして負けたんだ。だから、この中の誰よりもボラの住民の強さを知っている。
「カプチーノさん、あなたも大丈夫ですか?」
「え!? あ、あぁ」
「なんですか、いきなり驚いて」
「いや、突然名前呼ばれて嬉しくなってさ。名前教えてからも、なんだかんだであんまり呼んでくれないし。これからも、ずっと呼んでくれよなほんと」
「も、もう! こんな時に何を言っているんですか」
そうは言っても、嬉しいもんは嬉しい。
だって、俺がずっとカリバに呼ばれてた、懐かしい呼び方だったから。
「で、大丈夫なんですよね?」
「ああ。殺しはしない。カリバを傷つけるやつがいたら、全力で殺しにかかるがな」
「あなたの発言にはどう反応したらいいかわかりません……。まあそもそも、こちらから攻撃をしかけたが最後、反撃されて私以外は全員死亡ってのが決まっていますし、こんな確認、取る必要も無いんですけどね」
「ん?なんでねえちゃんは死なないんだ?」
「いや、それはえーとですね……」
カリバのフードを取ったら分かるかもよ? とはさすがに言えない。
いくらトーブが相手でも、カリバの正体は神様だよなんて言えるわけがない。
「俺がついてるからカリバは死なないってこと。そうだろ?」
「そ、そうなんです。この人、私を命張ってまで守ってくれるんですよ!」
「へぇ。ねえちゃん、よっぽど彼氏さんに愛されてるんだねぇ」
「か、彼氏じゃありません! 勝手にくっついてくる引っ付き虫です!」
「へいへいそうかいそうかい。さて、無駄話も終わりだ。ねえちゃん、あいつの場所まで、早速案内してくれ」
「もう、彼氏じゃないって言ってるのに……。って、あなたも何うんうん頷いてるんですか、ほら、行きますよ!」
いや、だってカリバと俺が付き合ってるように見えてたことが嬉しいんだもの。
まあ、本当は未来では付き合うどころか籍入れる程の関係になってたんだけど。
「よっしゃ、んじゃ、行くか!」
あの壁の先に、トーブの女がいる。そしてその女は、今この瞬間、酷い目にあっているんだ。
俺達が今こうしてここにいられるのは、トーブのおかげだ。
そんな俺達にとって恩人であるトーブを安心させるためにも、絶対に助けなきゃな。




