向かう街
「あなた、ただの人間じゃなかったんですね……」
「なんたって救世主だからな」
俺達三人はトタースを出て、のんびりと草原を歩いていた。
「あなたがいつも自信満々でいる理由が、少しだけ分かった気がします」
「そいつはよかった」
まあ、本当はもっと強いからこそ普段は自信に満ちているんだがな。
今の俺では、多分そこそこ強い奴を前にしたら余裕でなんていられないと思う。
「で、トーブ、こっから俺達はどこに行けばいいんだ?」
「あぁ、場所ははっきりしとる。ボラという街だ。そこにあいつはいる」
「ボラ、か。聞いたことないな」
俺のいた未来ではもう無くなった街だったりするのだろうか。
「ボラ、ですって?」
「そうだ。そこに俺の女が捕まっている。それを助けるのをあんちゃんらに手伝ってもらいたい」
「ボラに助けに、ですか……」
「なんだ? カリバはボラって場所を知ってるのか?」
「知らないわけがないでしょう。私を誰だと思ってるんですか」
そうか。そういえば神様のいた世界からいつもこの世界を見ていたとか言ってたっけか。
「で、どんなとこなんだそのボラってのは」
「一言でいえば、巨大な研究施設といったところでしょうか」
「研究施設?」
「はい。世界最大の研究施設です。なんせ、街そのものがまるごとそうなんですから」
「まるごとって、そりゃ街と呼べるのか?」
「もちろんです。トタースよりも多い人口がそこで生活をしていますから。そして、そこに住む人間全員が、研究員です」
「全員!? 子供とかはいないのか?」
「いますよ。ただ、そこで生まれた子供は生まれながらにして研究員になることが決まっているんです。研究員の間で生まれ、研究員として育ち、やがて研究員と結婚し、そして研究員を産む。そういうサイクルが永遠と続いているんです」
「はぁ、すっげえ街があるもんだな。ってことは、トーブの女ってのは研究員なのか?」
「いいや違う。捕まったんだ、研究員の奴らに」
悔しそうに、トーブは唇を噛む。
「捕まったって、どうして?」
「トーブの研究員ってのは、何かあると世界中どこでも派遣されるんだ。この世界の発展はすべてあそこでの研究で決まってるからな。それで、俺と俺の女が一緒にいたところに、研究員共がやってきて、攫っていきやがった。抵抗しても、俺一人じゃとても敵う相手ではなかったんだ………」
「ボラは軍事技術もかなりのものですからね。もしも戦争がこの世界で起こった場合には、使われる兵器はすべてボラが開発したものになるでしょうし」
聞けば聞くほどとんでもない街だ。
トーブを助けるとか関係なく、純粋にボラに興味が湧いて来た。
「んじゃ、早速そのボラってところを目指すか。どれくらい遠いんだ?」
「簡単に言いますが、本当に行くつもりですか?」
「何言ってるんだよ。俺らがここにいられるのもトーブのおかげなんだぞ?」
「それは分かっています。ですが、ボラというのはそう簡単に行こうと決断できるような場所ではないんですよ。いくら研究員達が非力だとしても、まだ世界に出回っていないような最新鋭の武器を使われれば、どうなるかなんて分かりますよね?」
「なるほど……」
確かに、ろくに力が無い今の俺ではその街はきついかもしれない。
いや、でも、いくら軍事技術がどうのこうの言っても所詮は過去。俺のいた未来で、異世界転移前にゲームや漫画で見たことがあるような武器は目にしたことが無いし、その過去ならば大したことは無いだろう。
「なんだ? あんちゃん達、行ってくれないんか?」
「いや、行く。行くんだが……」
ボラの軍事技術とやらがどんなものであれ、カリバを危険な目には合わせたくない。
ついさっき、俺の独断で城に入りカリバを危険に晒してしまったばかりだ。再び危ないところに行くわけにはいかない。
「行くんだが、あれだ。行くのは俺だけでもいいか? このフードの女はさ、あんまり無茶させたくないんだ」
「何を言って」
「いやぁ、分かるぞあんちゃん。大事な女は危ないところに連れていきたくないよなぁ。よし、その提案、乗ってやる。じゃあ、二人で行くとすっか。そもそも、もともと俺はあの牢に誰か一人でも来たらそいつを協力者にして向かうつもりだったからな。一人じゃとても無理でも、二人いりゃあなんとかなるだろ」
ニカっと奥歯が見える程トーブは笑った。
トーブの笑顔を見ると、こっちまで笑顔になれるな。
「何を馬鹿なこと言ってるんですか。二人で簡単にどうこうできる街じゃないんですよあそこは。だから、できる限り目立たないように、トーブさんの想い人を助けなくてはなりません。その為にも、私は必要不可欠です」
「いいや、カリバがいなくても俺達二人で――」
「あなた方はボラの中を知っているんですか? 私は何度も見ているので、詳しいマップは把握できていますけれど」
「うっ……そう言われると」
知るわけがない。さっき街の名前を知ったばかりなんだし。
「そういうわけなので、案内は私が行います。あのですね、そもそもこのままあなたが私を置いてボラに行く方が、私の身がよっぽど危険なんですよ! だって、その、あれです。あなたがボラでやられてしまったら、その、誰が私を守るんですか」
顔を俺から背けながら、カリバは言った。
おま、お前はもう。なんて可愛いこと言ってくれるんだ。
「なんだよカリバ、ツンツンしつつも俺のことちゃんと認めてくれてるのかよ。嬉しいなぁ」
ニヤケ顔が堪えきれない。こんなに嬉しいことはない。
「はぁ? 誰がいつあなたを認めたと言ったんですか! あなたのことなんか、これっぽちも認めてませんから! 私は別に一人でもいいんですよ!」
「ほんとかぁ?」
「ほんとにほんとです! ほら、さっさと行きますよ!」
ぷんすか言いながら、カリバは歩くのを速めてズカズカと進んでいった。
まったくもう、俺が惚れた女は、やっぱりどの時代でも、最高に可愛い。




