地に落ちる
改めて周囲を見渡す。
俺達の周りには数えきれないほどの人が集まっている。
街のカースト最上位が何かをするとなれば、これだけ多くの人が集まるのも当然だろう。
さて、ここまで人を集めたからにはもう失敗できない。
メジハを――倒す。
「なぁメジハさんよ、あんた、どんな面白いことをしてくれるんだ?」
「だからなんなんだい。その面白いことというのは。それより早く城に戻ろう。色々と途中だったじゃないか」
「戻りたい気持ちは山々なんだが、生憎他にやることがあってな。お前の面白いところを見たらさっさとこの街を出ていくつもりだ」
「出ていくだって……? 君、自分の言っていることが分かっているのかい?」
どうやら相当イライラしているようだな。メジハは優しく話しているようで、頬をピクピクと動かし苛立ちが隠しきれていない。
「あぁ、よく分かってる。お前の一世一代の花火を見て、そんで帰る」
「はぁ……。何を言っているのか分からないけれど、さっさと帰るよ」
そう俺達に言った後、メジハは連れていた兵士に何やらこそこそと耳打ちをした。
大方、あいつらを使って力づくでも再び牢にぶちこむつもりなんだろう。
悪いなメジハ、俺はもう捕まる気なんてこれっぽっちもない。
兵士達が動くよりも先に、俺は行動に移った。
「ふっ」
周りに違和感が無い程度に、僅かに力を込める――そして。
「うわぁぁああああああ! な、何が起こっているんだ!?」
ぷかぷかと、メジハが空に浮かんだ。
「へぇ、メジハさんは凄いなぁ。空を飛べるなんて」
「な、何を言ってるんだ! それより早く僕を助けてくれ!」
じたばたと空中で藻掻くも、メジハが地に戻ることはない。
メジハについていた二人の兵士も、何もできずただ浮かぶメジハを呆然と見上げている。
ふぅ。
今の俺には、なぜか本来の力が完全には使えない。
だが、あくまでも完全には使えないだけで、少しは使えることをカリバと出会った時に確認済みだ。
あの時は、カリバを抱いて宙を浮くのがギリギリだった。つまり、二人を持ち上げるのが俺の限界だということだ。
それならば――メジハ一人を浮かすことくらい、容易い。
まあもっとも、重い鎧を身に纏った兵士達にはこんなことできないだろうがな。
「何が起こっているんですか?」
不思議そうにカリバは浮いているメジハを見る。
そういえば、カリバにはまだ俺の風林火山の説明をしていなかったか。
「言ったろ? 面白いことをしてくれるって。だから、あいつは面白いことを始めたんだよ」
街の住民達は、まるで魔法でも見るかのようにメジハを見る。
「おいおいメジハさんよぉ。せっかくかっこいいキャラを貫いてたのに、そんな暴れていいのか? イケメンフェイスが台無しだぞ?」
「うるさい! くそっ! 何がどうなってやがる!」
必死に藻掻くさまは、ただただ醜い。
あまりにも醜すぎて、メジハの行いを知っている俺からすると、見ていてとても気持ちがいい。
これだけでも十分に罰にはなっていると思うが、こんなことで終わる俺ではない。
「おっとっと」
俺は足がよろけるふりをして人混みの中に溶け込んだ。
そして、俺がどこにいるのかが完全に分からなくなったところで――
「ふっ」
再び力を込め、小さな火の球を宙に向けて撃った。
よっぽどメジハの行動が面白いのか、メジハ一人に皆の視線は集まって、誰も空に火が放たれたことに気づいていない。
そして放たれた火の球は、ゆっくりとメジハにぶつかり、服が跡形もなく燃え散った。
「あっつ! 熱い!」
じたばたと、メジハは暴れる。
そんなに暴れなくても、今の俺の火には体に大きな損傷を与える程の威力は無いっての。
「うわっ、ちっちゃ……」
素っ裸になったメジハの下半身を見て、誰かが呟いた。
おいおい言ってやるなよ。可哀想だろ。
クスクス、クスクス。笑い声が、周りに広がっていく。
素っ裸でじたばたとイケメンが半べそ垂らして暴れている。こんなの、笑わないほうが無理って話だ。
あっという間に、トタースは笑いで包まれた。
街のお偉いさんが大変な目にあっているというのに、笑うのをやめない。
「方法は分かりませんが、あなたがやったんですよねこれ。なんというか、性格悪いですね……」
いつの間にか人混みをかき分け俺の隣に来ていたカリバが、呆れた目で俺を見た。
俺も学生時代に、ここまでではないけれどクラスの不良連中から色々とやられて、何をされたら傷つくか身をもって知っているんだよ……。
「いやあ! 今まで受けた酷い仕打ちに対する怒りがどんどん冷めていくわ! あんちゃんすごいなぁ!」
カリバと共にいつの間にか俺の方へ来ていたトーブが愉快そうに笑った。
正直こういうので笑う人間をあまり快くは思わないが、トーブには間違いなくこうして笑う権利がある。笑え、存分に笑え。
「んじゃ、行くか」
トーブが存分に笑ったのを確認した後、俺はトタースを後にした。
「あのままにしておくんですか?」
人混みから抜け、後ろを遠目に見ながらカリバは聞いた。
「いいや。あいつを生かしておいたら色々と面倒そうだからな。だから――」
グシャッと何かが落ちた音が背後でした。
笑い声は消え、街は静まり返る。
「これで終わり」




