トタースの城の地下
「随分と静かですね」
「そうだな。まぁ城ってのはこんなもんじゃないか?」
メジハと呼ばれた男の後を、俺とカリバはついていく。
いつの間にかメジハの真後ろには三人の強そうな護衛の女がついていて、その女達の背を追うように俺達は進んでいた。
「俺も昔似たような城に行ったことがあったんだけどさ、うるさいのが嫌で、バカでかい城なのにも関わらず全然中に人はいなかったよ」
俺がトップにいたトタースの城は、何人かメイドを雇ってはいたものの、決して多くはなかった。
それに、雇ったのはあくまでメイドだけで、兵士を雇うということは全く無かった。
まぁもっとも、俺が強いから誰かに守られなくてもなんとかなるってだけの話なのかもしれないが。
「それは城として問題では? 何度か私の世界から二つの国の城を見たことがありますが、何千という兵士が城に勤めていましたよ」
「そうなのか。じゃあまぁあれだ。城によって違うんだろ」
「本当にそうでしょうか。あのメジハという男、先程まであんなに優しそうにしていたのに、今じゃ全く話しかけてきません。おかしくありませんか?」
「たしかに、不自然なくらい話してこないな……」
間に兵士がいるから話さない、というわけでもないだろう。何か理由があるのか?
「というか、さっきから私達、城の中でも人通りが少ない場所を優先して通っているような気がするんです。だからこんなにも人と会わないんじゃ……」
「さて、この階段を降りた先だよ」
黙って歩いていたメジハが、ようやく口を開いた。
「階段を降りるのか?」
「そうだよ。なんだい? 何かおかしいかい?」
少なくとも、俺が住んでいた城では来客を招く場所は地下では無かった。
地下はなんというか、物置だったりそういうマイナスなイメージの方が大きい。
「いや、まぁ、別に」
「絶対おかしいです。普通は地下に案内なんてしません」
俺にしか聞こえないように小声でカリバが呟く。
うーん、入口では大歓迎って感じだったのに、もしかしてあまり歓迎されていないのかな……。
じめっとした階段を、深く深く進んでいく。
どれだけ地下に行けば辿り着くんだと思っていた頃に、ようやく俺達は目的地らしい場所までたどり着いた。
「さて、ここだよ」
「ここだよって……!」
俺達が案内されたのは、客間などではなく、巨大な監獄だった。小さな牢が 錆びた鉄格子をギラギラと輝かせて並んでいる。
「どういうつもりだてめぇ!」
「どうって、こういうつもりに決まってるだろ!」
メジハがそう言って、牢の1つを開けた瞬間、俺とカリバは一緒にいた女兵士に背中を蹴られ牢の中へと体を飛ばされた。
「……くっ!」
急いで牢から抜け出そうと立ち上がったが、立ち上がり終えた頃には既に鍵をかけられていた。
クソッ、どうなってやがる。
カリバのローブは外されていないし、まだ神だとはバレていないはずだ。
なのになぜ俺達を捕えたんだ?
俺達はただこの街にやってきただけで、まだ何もしていないというのに。
「よーし、なんとかクソ親父やクソババア連中にバレずに連れてこれた。帰っていいぞ、お前ら」
「はっ!」
メジハに返事をして、兵士達は階段を登って行った。
残されたのは、俺とカリバとメジハの三人だけ。
「さてさて、楽しい遊びの始まりだ」
イケていたはずの顔を気持ちの悪いくらい歪ませ、ヨダレを垂らしながら口が引き裂けるほどニヤリと男は笑った。
「何が目的だ! 俺達が何をした?」
「お前達は何もしてないさ。ただ、そうだな。この街の人間じゃなかった、だから捕まった」
「はぁ? 意味が分からない」
「冒険者なら行方不明になっても誰も気づかないだろう? それって、遊び道具に最適じゃないか!」
ニヤニヤと、心底楽しそうにメジハは笑う。
「くそっ……ゴミ野郎が……!」
「なんとでも言うがいいさ! お前はもう死ぬまで僕の玩具なんだからなぁ!」
「チッ……この野郎!」
ガキィィィン!
勢いよく鉄格子を殴ったが、とても頑丈でビクともしなかった。
俺の拳は真っ赤に虚しく腫れて、ズキリと痛んだ。
「ははははは! そうやって暴れているがいいさ! 何をしたところでお前らの未来は変わらんからなぁ! さて、できることなら今すぐに遊んでやりたいんだが、あいにく僕は暇じゃなくてねぇ。これから少し用事がある。僕のやることが全て終わったら、ストレス解消にたっぷり嬲ってやるからな! そこのフードのやつもだぞ! お前、さっきから何もしゃべらないが、ちゃんと生きてるのか? 今の状況を理解できてないのかなぁ!?」
「……あなたとはしゃべる価値が無い、そう判断して会話を行わなかっただけです」
「お? おいおいおい! その声女じゃねーか! そうか女か! こりゃますます夜が楽しみだ!」
そうして高笑いを浮かべながら、メジハは階段を登って行った。メジハの笑い声は、階段を上って見えなくなっても、しばらくは静かな監獄に響き渡っていた。
「はぁ……」
最悪だ。
これでもしカリバが神だとバレたら更にとんでもないことになる。
「あの、私、最初から怪しいと言ってましたよね?」
「うっ……」
「何か私に、言うこと無いんですか?」
「すまん! こんなことになるとは思わなかったんだ!」
「はぁ……。まぁいいですよ、結局ついてきたのは私の意思ですし」
「いや、今回は全部俺の責任だ」
ガバッと勢いよく正座をして、カリバに頭を下げた。
「そ、そこまでしなくてもいいですって……」
「いや、ダメだ。俺はカリバを絶対に守るって決めてたのに……」
自分が情けなくて仕方がない。もっと気を付けていれば、こんなことにはならなかったのに……。
守るどころか余計に迷惑かけるとか、ほんと何やってんだよ俺は……。
「くっくっく。こりゃ面白い奴らが入ってきやがった」
愉快そうな笑い声が、牢の端から聞こえた。
暗くて見えていなかったが、どうやらこの牢には俺とカリバ以外にも誰かいたようだ。
「誰だ?」
俺の問いに答えるように、黒い影が少しずつこちらに近づいてきた。
現れたのは、ボロボロの服を来た小汚いオッサンだった。
無精髭を掻きながら、男は叫ぶ。
「待っていたぞこの時を! ようやく、ようやく俺はあいつを救える!」




