良くない神
「で、そもそもなんでお前はわざわざこの世界に来たんだよ。あれか? 落っこちちまったのか?」
上の世界と呼ばれてるくらいなのだから、上から落ちてきたとしても不思議ではない。
というか、命の危機に面してまでこの世界に来るなんて理由が思いつかない。
「そんなわけないじゃないですか。大体、そんな簡単に落ちてこれるならこの世界は神だらけになってしまいますよ。神だってこの世界と変わらないだけの人数がいるんですから」
「そりゃまあ、そうか」
一人落ちるだけで全員が認知するだのなんだので大変なのだ。そんな年中落ちてくるわけがない。
「私がここに来るのはそれはもうとても大変だったのです。神がいる世界は上にあるわけなのですが、上というのはそんな単純なものではありません。人類史において神がこうして現れることなんて、数えるほどしかありませんでしたから」
「ほーん。じゃあなんでそんな大変なのにわざわざ来たんだよ。なんかやりたいことがあるんだろ?」
「それは、言えません」
「言えない?」
「言いたくないんですよ。言ったら馬鹿にされることが分かっていますので」
「馬鹿になんかするわけないだろ。神様が考えるようなことを馬鹿にできるほど俺は大層な人間じゃない」
というか、神様が考えることなんて聞いてもどうせ分からない。
分かっているのは、カリバが何をしたいのかに関わらず俺が最後まで守ると決めているということだけだ。
「神様がどうとかそういうのとは全く関係無いんです。極々普通の悩みですよ。いや、でも、神の世界で生まれなければこんな悩みは無かったのかもしれませんね……」
「悩み? それなら余計聞かせてくれ、何か力になれるかもしれない」
「力、ですか。はぁ……。信頼など微塵もしていませんですがいいでしょう。話すことで少しは何か変わるかもしれませんし……」
「変わる変わる絶対に変わる。というか、変えてみせる」
カリバの悩みは俺にとっての悩みでもある。
その解決策を探すのは当然だ。
「実はですね。私達のいた世界からはいつでもこの世界を見ることができます。そして、それが大きな娯楽の一つだったんです。私もその娯楽を楽しんでいるうちの一人でした」
何そのいかにも神様らしい遊び。俺もやってみたい……。
「そんな楽しいものでもないですよ。神には寿命も無ければ子孫繁栄もありません。こっちの世界のほうが格段に楽しい娯楽に満ち溢れています。私の娯楽が下界観察だったのは、それしかなかったというだけの話です」
そういうもんなのかね。
でもまぁ、カリバがそういうのならそうなのだろう。
「そうして私は下界観察をしている中で、私達には無くあなた達にはあるものを知りました」
「俺達にあって神に無いもの。寿命か?」
「たしかに寿命もそうですが、それだけではないでしょう?」
「他にある俺達だけのもの……」
考えても何も出てこない。神の方がなんでも持ってるんじゃないのか?
「恋、ですよ」
「恋?」
あまりにも予想外の答えに、驚きを隠しもせずに聞き返した。
「はい。神は恋をする必要がありません。なぜなら、誰かと誰かから生まれるものではなく、生まれる時はそこにいて、生まれなければそこにいないからです。生殖活動を行い、確率で生まれる、ということは無いのです。生まれる時は絶対に生まれるし生まれない時は絶対に生まれません」
恋愛の大元は種の存続だ。
それをする必要が無いから、恋愛もする必要が無いってわけか。
「私はあなた達下界の人間達を見て、"恋愛"に興味を持ちました。それを取り巻きこの世界では様々なことが起こっています。小さいことや大きいこと。恋から始まる出来事はそれはもう星の数ほどありました」
「まぁ、たしかに恋ってのは凄いよな」
俺自身、その感情でこれまでたくさんの出来事を乗り越えてきた。
俺だけではない。この世界の人間は、誰もがきっと恋をしていて、誰もがきっと恋に関する物語を持ってる。
「はい、凄いんです! そして、羨ましいんです!」
「だから来た、と」
「はい。神は恋愛をしないのに、見ての通り肉体はきちんと生殖活動が出来るように作られているんです。それなのに、誰も恋愛をしようとはしません。いえ、しようとしないのではなく、しようという考えすら浮かばないのです。なのに私は、してみたいんです。きっと私は他の神と違って良くない神なのでしょう。必要のないことを、こんなにもしたいと思ってしまったのですから」
カリバは寂しそうに地面に視線を落とした。
周りと違うことで悩む気持ちは俺にも少し分かる。まだ学生の時、周りがオリンピックで盛り上がっている中、俺はそれに全く興味が持てなかった。皆が楽しんでいるのに俺だけ楽しめない。その時は、俺の感性がおかしいんじゃないかと思った。だが、そうじゃない。
「いいんじゃないか。神が恋愛したいと思ってもさ」
「え?」
「カリバが言うように恋愛をしないのが良くない神なのなら、良くない神でいい。別にいいじゃないか、良くなくたって」
「良くなくたっていい、ですか。本当にそうなのでしょうか。だって、必要のないことをしようとしているんですよ? それって、おかしいじゃないですか。そうです、私はおかしいんです。おかしいという自覚を持って、私はこの世界に降りてきたんですから」
「いいや、何もおかしくなんてないね。だって見たんだろ? 恋愛がこの世界で色んな出来事を起こしたのを。恋愛がどれだけ大きな存在かを」
「それは、間違っていたか? 恋愛の為に命を落とした人だっているだろう。その命は、無駄だったか?」
「でも、私は神で……」
「関係ない! 神だろうがなんだろうが関係ない! 結局は同じ"人"だろうが! 俺はカリバが神だからって敬ったり拝んだりする気は全くない。だけどな、神だからってカリバがすることを馬鹿にしたりもしない!」
「……ふふっ。何でそんなに熱くなってるんですか」
楽しそうに、嬉しそうにカリバは笑う。
「わからん。ただ、カリバが自分に自信を持ってないのが許せなかった。カリバがカリバを否定しているところを見たくなかった」
だって、俺はカリバの全てを認めてきたから。俺が認めてきたものを否定されたら、嫌だ。
「私は、誰かに恋してもいいんでしょうか」
「あぁ、良い! 俺が許す!」
「そう、ですか。……まぁでも、どのみちこの世界に来ると決断した日からやると決めていたんですから、あなたが許そうが許すまいがどうでもいいんですけどね。あなたに関係なく、私は恋愛をしてみせます。あなたの言葉で背中を押されたりなんてちっともしてないんですからね、勘違いしないでくださいよね」
早口で、カリバはまくし立てた。
やっぱりカリバは可愛い。どんな時代だろうと、いつだって可愛い。
「やると決めたならさ、頑張れな」
「言われなくてもそのつもりです」
「そりゃ良かった」
「そういうわけなので、さっそく出発しますよ! さぁ!」
そう言って、ずかずかとカリバは歩き出した。
慌てて俺は背中を追う。
どうやら、少しは元気が出てきたみたいだ。
まぁもっとも、その恋愛相手とやらがどこの誰であっても俺は認めないが。
カリバは俺の女だ。絶対に渡す気は無い。




