救世主
「は? 何をアホなことを」
「本当です。そしてその事実を全人類が把握しています」
「マジか……」
なんでもって、そんなの有りかよ……。
まぁ異世界や平行世界なんてのがあるのが現実だ。そんなものが実在していてもおかしくはない。
「はい。私達上位世界の人間は、この世界では神と呼ばれ、神の血はあらゆる病気を治し、神の排泄物はあらゆる食より美味で、そして神の心臓はあらゆる願いを叶えます」
「排泄物が美味? 排泄物って、うんこのことだよな?」
「……下品な言い方ですがその通りです。私達はあなた達とは根本から身体の作りが違うのですよ。見た目こそ何も変わりませんがね」
「神ってすげぇんだな……」
なんつうか、色々と規格外すぎる。
俺達の上の世界とやらは、こんな奴が何人もいるってのか?
「別に凄くはありませんよ。まぁでも、あなた達から見れば確かに凄いのかも知れませんね。私にとっては、むしろ病気になったり寿命があったりするあなた達の方が"凄い"ですがね」
「そうかよ……」
病気や寿命があるのが凄いって……。
煽っているとしか思えない言葉だが、どうやらカリバは本当にそう思っているようだ。
色々と感覚が違いすぎる。
「でも寿命や病気はありませんが私達も死にはします。神自身は決して不老不死ではありません。首を絞められたら簡単に死にます」
それは知っている。忘れるはずもない。
俺は、カリバが殺される瞬間を見た。アイスによって、呆気なく殺されてしまったのを。
「お前が襲われている理由はよく分かった。神ってのは色々と大変なんだな」
「はい。まぁもっとも、疲れてさえいなければあんな男一人に追われるようなことも無かったのですが」
「疲れって、お前回復できるだろ? なんでしなかったんだよ」
「そういえばそうでした……! むぅ、なんの為に私は疲れていたのでしょうか……。って、なんであなた私の回復について知っているんですか! まだ教えていないですよね?」
いかん。過去に飛ぶ前に当たり前のように何度も回復して貰っていたからうっかり口を滑らせてしまった。
「いや、ほらまぁ、なんとなく」
「何となくで分かるわけないでしょう。回復能力は神だけの特権なのですよ。だからこそ回復薬が高価で取引されてるわけですし」
「そ、そうなのか? 僅かな回復でもか?」
「はい。だって、傷がそんな簡単に治ったらおかしいではないですか」
「いや、確かにおかしいけど……」
こんなファンタジーな世界なのに、回復魔法が無いだって?
この世界は決してゲームではなくても、回復魔法くらいあっていいはずだ。
ほら、思い返してみれば……。
……思い返してみても、カリバ以外に回復できる人間に会った記憶が無い。
ということは、マジなのか。
当たり前のように頼りきっていた回復が、そんなに希少なものだったなんて……。
断言していいが、俺はカリバの回復が無ければ絶対に今ここにいられなかった。それだけ俺達にとって回復は必須のものだったのだ。
「神のことすらまともに知らないのに回復については知っている。あなたの正体は一体なんなんですか」
俺が何者なのか、か。
「正体がなくちゃダメか?」
「当たり前です。怪しすぎます、言っておきますが、もう通りすがりの一般人なんて言うのは無しですよ」
んー、どうしたものか。
未来から来ました!なんて言っても信じて貰えるとは思えない。
いや、もしかしたら信じてくれるのか?
なんせ相手は神だ。過去と未来を行き来できることくらい把握しているかもしれない。
いや、未来から来たことを明かすのはよそう。
カリバのことを知っているような素振りを何度もしてしまったし、未来から来たと分かれば当然俺とカリバが未来で会っているとバレる。
俺が未来から来たと知ると、カリバに質問攻めにされることは間違いないだろう。
カリバの未来を、ここで教えたくはない。
未来というのは自分で掴み取る物だ。
結果を知っている未来ほどつまらないものはない。
「そうだな。救世主、かな」
嘘はついていない。
平行世界を救った俺は紛れもなく救世主だ。
それに、 なぁ大天使様。
この時間軸で俺がやるべきことってのは、カリバを守ることなんだろ?
世界のあらゆる人から神であることを知られ命を狙われている危ない存在。
こんなに分かりやすい"やるべきこと"はない。
だから俺は、ここでも救世主になる。カリバを守る、救世主になるんだ。
「はぁ? 頭おかしくなったんですか?」
「なってない。俺は救世主であって、それ以外は無い。救世主だから俺はお前を襲わない」
「よく分かりませんが、まぁ事実助かってしまった訳ですし、その件に関してはありがとうございました。では、私はこれで」
俺から離れて1人でどこかへとカリバは歩きだそうとする。
「ちょっ、ちょっと待て。俺も一緒に行くぞ。俺はお前の救世主なんだから」
「そんなの求めていないんですけど」
「求められてなくても行くんだ。俺がそうしたいから」
「……! っ、そ、そうですか。じゃあついてきたかったら勝手についてきてください」
「おう、そうさせてもらう」
そうして、俺はカリバと共に歩き出した。
何があっても、俺はカリバを守る。
たとえ、世界を敵に回しても。




