二枚の葉
「そもそもですね、あなたに選択権など無いのです」
「選択権が無いだって?」
「はい。今この世界は、あなたが過去に行った上で成り立っています」
「はぁ? 俺はまだ過去に行ってないぞ」
「あなたが過去に行ったかどうかはもうこの時間軸では決まっているのですよ。だってそうでしょう。あなたが行く過去よりここは未来なのですから」
「いや、そうでしょうとか言われてもな……」
「いいですか? 今私達がいるここはあなたが過去に行った延長線上の未来です。あなたが過去に行くことは既に決まっており、あなたが過去に行かない平行世界はまた別に存在しています。この世界はあなたが過去に行かなければ成立しませんし、あなたが過去に行かないことでこの世界は存続が出来なくなり、そもそもこんな世界は無かったことになります。早い話、世界は消えます」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! 俺はカリバに会いに来ただけだぞ! それがなんで世界が消えるなんて話になるんだよ!」
話が全く分からない。
何も理解できない。
「すみません、気にしないでください。なんにせよ、あなたが過去に行く事実は決まっている、ということです。いいですか?」
「よく分からんが、行かないって言ったら世界は消えるんだよな?」
「はい」
ニコニコと、楽しそうに大天使様は頷いた。
俺はそれを見て1度溜息をつくと、やれやれといった感じで頷いた。
「分かったよ。過去に行く。萌衣、シュカ、ミステ。お前らはどうする?」
「お兄ちゃんが行くと決めた以上、そんなの決まってるよね?」
「そもそも、カプチーノにとってカリバが大事な存在であるのと同じように、私達にとってもカリバは大事な存在だからね」
『そういうこと。それに、どうせわたし達が過去に行くことも予め決まっている』
やっぱりそうなるか。
聞かなくてもこういう答えが返ってくるのは分かっていた。
無論、この三人がいるのは心強いしありがたいし、喜んでその意志に甘えさせてもらおう。
「というわけで俺達が過去に行くことは決まりだ。で、何を過去でしてくればいいんだ?」
「いいえ、決まってはいませんよ。カプチーノさん以外が過去へ飛ぶことは」
「は?」
「過去に行くのはカプチーノさん一人です。他の3人は、お留守番ですね」
それが当たり前のことだと、淡々と大天使様は告げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! こいつらは全員俺の大切な家族なんだ! 置いていくなんてことはできない!」
「あのですね。そもそも過去に行くことをあなたは舐めていませんか?」
「舐める? そんなつもりは……」
「過去に行くってのは、本来そんな簡単なことじゃないんですよ。だってそうでしょう? 簡単に過去へ行けるのなら、平行世界でミステさんがあそこまで苦労する必要はありません。兄が過ちを犯すより前の日に戻って、そこで兄を止めれば済むだけの話です」
たしかにそれはそうかもしれない。
あの長かった戦いも、過去に行くという選択肢があったのなら必要無かった。
カプチーノが2人に別れる前の時間に飛んで、別れるのをやめるよう説得すればいい。
「過去に行くことは、本来無理なことなんですよ。いいですか、人は過去には行けません」
じゃあさっきまでの話はなんだったんだよと尋ねようとして口を閉ざす。
その説明もきっとこれからしてくれるはずだ。
「ですが、何事にも例外は存在するものです。たとえば、人は絶対に生き返ることはできません」
そう言って、大天使様は萌衣を見た。
萌衣は1度死んだ人間だ。だがこうしてここに生きている。それは、人を生き返らせること方法が、実は存在していたからだ。
「過去未来現在、あらゆる時間軸にたった一つだけ、過去に行くことができるアイテムがあります。それがこれです」
そう言って、大天使様は小さい葉っぱを2枚俺達の前に出現させた。
「これを使えば1度だけ、過去に行くことができます。2枚あるのは、片方は過去、片方は未来に行く葉だからです」
「つまり、帰り用ってわけか」
「はい。この葉は1度使うともう二度と現れることはありません。この世界に存在するあらゆるものの中で1番貴重な存在、だと思ってください」
「んで、それが1ペアしかないから1人しか過去に行けないってわけか」
「その通りです。これを使えるのは1人だけ。そして使うのはカプチーノさんのみです」
「なるほどね……」
文句の言い様もない。
できないのなら俺にはどうすることもできない。
「ごめん、シュカ、ミステ、萌衣。お前達とは一緒に行けないみたいだ」
「うぅぅ……悔しい。大天使様、ほんとにこれはお兄ちゃん1人にしか使えないんですか? 実はもう1枚あったりしないんですか?」
「あったら教えていますよ。私だって過去にカプチーノさん1人だけを飛ばすなんて馬鹿なこと本当はしたくないのですから。けれど、これはもう決まっていることなのです。カプチーノさんが過去に行くことはもう止められないのです」
「……うぅ。お兄ちゃん、すぐに戻ってきてよね!」
「当たり前だ。というか、過去でどれだけ長く過ごそうが、それは過去であって今この時間には全く関係無いし、俺が戻ってくるまで萌衣達の待つ時間はほとんど無いんじゃないか? 行って1秒も経たずに戻ってきたっておかしくない」
過去の時間経過は今の時間経過とは別物のはずだ。
「さて、どうでしょう。その質問に関しては私は答えられません」
「なんだよそれ……。まあとにかく、一瞬で帰ってくるから心配するな。もし何かあっても、今の俺には風林火山があるからな。まずピンチになることは無い」
正直、今の俺より強い人間が存在するとは思えない。
過去の敵が相手なら平行世界の戦いのように俺自身が立ち塞がることもまず無いし。
今の俺は、絶対誰にも負けない自信ある。
「分かった。絶対戻ってきてよね、お兄ちゃん」
『カプチーノが戻ってきてくれないと、わたしがこっちの世界に来た意味が無くなる』
「ま、心配はしてないけどね。どうせ今回も、上手くやるんでしょ?」
「まぁな」
なぜ俺が過去に行かなければいけないのか。
過去でカリバに何があったのか。
それは分からない。分からないけれど、これだけは分かる。
それは、何も恐れることは無いってことだ!




