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異世界転生-出発-


「ただいまぁ」


返事は返ってこない。おそらく誰もいないのではなく、忙しすぎるのだ。


お兄ちゃんが2人に別れた日。

あれから世界は"壊れた"。

お兄ちゃんの行う世界制服は、決して甘いものではなかった。

あらゆる人物が、容赦なく捕まる。

捕まって何をしているのかは噂でしか知らないが、男は殺され女は奴隷だとか。


今この世界で王となったお兄ちゃんはトタースという街を本拠地にしている。

トタースを本拠地にしてすぐは、まだ極悪非道とまでは言えなかった。

今のお兄ちゃんでは絶対に有り得ないことだが、なんとトタースの住民には逃げる機会が与えられたのだ。

俺に逆らうのならここから出ていけ、俺に従うならここに残れ、と。

なぜそのような行動をしたのかは知らない。

トタースはわたし達が産まれた思い出の街だから、もしかしたらまだ少しだけトタースへの優しさは残っていたのかもしれない。


その後、トタースから逃げ出してきた人達と、わたしは繋がった。

トタースは大きな街だ。そしてその大きな街の人口の八割は、お兄ちゃんを恐れトタースを離れた。

なので、今わたしの仲間はとても多い。

その皆もで、地上にいては危ないということで一致団結し、地面を掘った。


やがてその地面の下はどんどん広がっていき、全員が住んでも十分余裕のあるスペースができあがった。

そしてそこは、トタースから逃げてきた人達の強い想いから、第二トタースと名付けられた。

今日もまた、第二トタースは昨日より広くなっている。日が経てば経つほど、第二トタースは広くなる。


わたしはそんな第二トタースの一部にある畑で、いくつか野菜を摘み戻ってきた。

地下なのに畑というのもおかしな話だが、この世界では地下でも育つ食べ物が数多くある。だから太陽の光が無くてもわたし達は容易に生きていける。


返事が無かったのでお兄ちゃんがいるかどうかを確認しに作業部屋に行く。


「邪魔しちゃ悪いか……」


お兄ちゃんは、真剣に複雑な機械をいじくっていた。わたしの声が聞こえなかったのも無理はない。

お兄ちゃんは、毎日睡眠と食事以外ずっと研究にあたっている。

わたしも手伝おうか? と何度となく言ってみたのだが、あいつを生み出した俺がこれを完成させないと意味が無いんだと言って手を出させてくれなかった。


だからわたしは畑を耕したり料理をしたりして、生活面でお兄ちゃんの力になろうと決めた。


今日もいつもと同じように、収穫してきた食材を使って調理を始める。


いつになったらこんな生活が終わるのだろうか。

お兄ちゃんの作業も、順調なのかどうかすら知らない。

あまりにも慣れすぎた動作で何品か料理を作り、お兄ちゃんの元に届ける。


「ご飯置いとくね」


相変わらずお兄ちゃんから反応はない。

どうやらよっぽど集中しているみたいだ。


また、出かけるか。


出かけると言ってもこの地下の中だ。

ここにはたくさんの人がいる。

そのたくさんの人のお話を聞くのが、わたしのここでの数少ない楽しみだ。


誰のところへ行こうかと悩みながら部屋を出て辺りをウロウロする。

人の数こそ多いけれど、ここの人達のことは全員知っている。中には不思議な能力を使える人もいたりして、それもまた中々面白い。


「うーん」


話したいと思う人が見つからない。目当ての人こそ決めてないけれど、今日はこの人だ!と思える人がいない。


やっぱ帰るか。

気がつけば随分自分とお兄ちゃんの部屋から離れて来てしまった。

ちょっと早いけど夕食の準備でも始めよう。

ゆったりとした足で来た道を戻る。


「ん?」


なにか様子がおかしい。

遠くに天井まで届くモクモクとした煙が見える。

あれは、わたしの家?


「お兄ちゃん!」


もしかしたらお兄ちゃんの身に何かあったのかもしれない。

元の世界では絶対に出せなかったであろうこの世界で手に入れたスピードで走る。

なにこの煙の量……。

近づけば近づくほどその煙がどれほど多いのか思い知らされる。

息が苦しくなるほどの煙。

目眩がしそうになるのを必死に堪えお兄ちゃんの作業場へと入る。


「っ……!?」


中はお昼に見た光景とは何もかもが変わっていた。

お兄ちゃんがいじっていた機械は木っ端微塵に爆発し、ビリビリと電気をまとっている。


「お兄ちゃん! どこにいるの?」


返事はない。

だがこれは昼のように作業に集中しているからではなく、お兄ちゃんの存在そのものが居なくなっているからだ。


「一体何が起こってるの?」


理解が追いつかない。

そう言えば、今日のお兄ちゃんはいつもよりおかしかった。

普段ならどれだけ忙しくてもわたしが帰ればただいまを言ってくれるし、ご飯ができれば一緒に食べようと誘ってくれる。

それなのに、今日はずっと機械から目を逸らさなかった。


まさか、研究は既に最終段階に辿り着いていたの?


まだお兄ちゃんが研究を始めてからそこまでの月日は経っていない。こんなに早く終わるものなの?


でも、もし成功したのなら、それは喜ぶべきことなのかな?

いや、喜べるわけがない。

わたしはいつだってお兄ちゃんと一緒だった。お兄ちゃんと一緒だからこんな絶望的な世界でも生きてこられた。でも……


「わたしを置いていかないでよ……」


なんで。なんで置いていくの……。

お兄ちゃんと一緒ならどんな地獄の底だって行くのに、それなのに……。

涙が溢れる。わたしはもしかしてお兄ちゃんに嫌われてたのかな?

だから研究を一緒にさせて貰えなかったのかな?


もう嫌だ。いっそ死んでしまおうか。

悲しくて悲しくて涙が止まらない。


「……なんだろう、あれ」


1枚の手紙が目に入った。それは普通の手紙なのに、なんだか輝いて見えた。

涙でいっぱいの目を擦り、その手紙を手に取る。

そして手紙の文を見てわたしは震えた。

『ずっと一緒』から始まるその手紙は、間違いなくお兄ちゃんが書いた、わたしへの手紙だった。

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