異世界転生-逸出-
な、なんとか撒いた。
振り返り確認するが追っ手はいない。
最後に見た小さいお兄ちゃんの顔は、不気味な笑顔だった。
もしかしたらわざと逃がしたのかもしれない。その方が面白いからって。
「はぁ……」
背負っていたお兄ちゃんをゆっくりと地面に下ろす。未だに起きる様子は無く、お兄ちゃんは静かに目をつぶっている。
心臓に耳を近づけると、ドクンドクンと音が鳴っているのが分かる。
よかった。ちゃんと生きてる。
「と、とりあえず近くの宿屋に泊まろう」
これ以上走る気力はない。一旦しっかりと休みたい。
わたしは再びお兄ちゃんを背負い、近くの街へと入った。
街に入ると、辺りの人は不思議そうにわたし達を見た。男が傷だらけで小学生ほどの女の子におぶられていては興味を惹き付けるのも当然かもしれない。
これ以上目立ちたくはない。
わたしは早めに宿屋を見つけ、チェックインした。
受付嬢は明らかに戸惑っていたが、拒んだりはせずに部屋を用意してくれた。
ダブルベッドの部屋に入り、片方のベッドにお兄ちゃんを下ろす。そしてすぐ横に座った。
「ようやく休める……」
少し気を抜いてしまえばすぐに寝てしまいそうだ。
だが、お兄ちゃんの意識が戻るまではとても寝る気にはならない。
これからどんな世界征服が始まるのだろうか。少なくとも良い世界になることがないのは確かだ。
そもそも、この世界は元々何かを変えなくても既に良い世界なのだ。そりゃ前の世界には友達はいるし今の世界よりも娯楽はたくさんある。
けれど、こっちはこっちで前の世界には無い良いところだって沢山あるのだ。
無理に変える必要なんてない。
そもそもこの世界を変えたからってなんになるのだ。変える意味が分からない。
窓に視線を移す。街の外が見え、静かな平原を見下ろせる。
この平穏はもう続かない。わたし達がなにかしない限りここも全て征服される。
ごく普通の女の子とは随分遠いところまで来てしまったなぁ。
「……ん」
どれくらい窓を見ていただろう。お兄ちゃんの微かな声を聞き逃すことなく、わたしは視線を窓からお兄ちゃんに移した。
「起きたんだね」
「ここは…? そ、そうだ! もう1人の俺が俺を殺そうとして!」
血相を変えて、お兄ちゃんがベッドから飛び降りた。
「落ち着いてお兄ちゃん。もうあっちのお兄ちゃんは追ってこないよ」
お兄ちゃんに優しく微笑み、再びベッドに寝かせる。まだそんなに動いては駄目だ。
「……そうか。萌衣1人で逃げ切ったのか?」
「逃げ切ったってより、逃がしてもらえたってのが正解かな。大方、その方がゲームとして面白いとでも思ったんじゃないの」
「それは随分とまぁ、俺らしいな」
お兄ちゃんはそう言って軽く笑った。
その笑みはちっとも楽しそうではなく、乾いていた。
「で、これから先はどうする? お兄ちゃん」
こうしている間にも、小さいお兄ちゃんは何か行動をしているはずだ。わたし達が何もしないわけにはいかない。
「とりあえず家には帰れないだろうな。あそこに帰れば簡単にあっちの俺に見つかって終わりだ」
「だよね。はぁ……、こっちのお母さんもお父さんも嫌いじゃなかったんだけどなぁ」
もう二度と会えないってことはないよね?
「俺も好きだったよ。けどまぁ、仕方ないさ。今の俺達に会う資格は無いよ。全部終わったら、また会いに行こう」
「うん、そうだね」
「その為にも頑張らないとな。だが、間違いなく俺じゃあいつには勝てない。あいつを倒せるのは、俺ではなくお前だ」
絶対になんでも消せる能力、それを使えとお兄ちゃんは言っているのだろう。
でも……
「わたしにお兄ちゃんは消せないよ……」
「だろうな。知ってたよ。別に責める気は無いさ。それが萌衣の良いところでもあるわけだからな」
「ありがとう、お兄ちゃん」
ほんとは良いところでもなんでもない。弱いところだ。情けない。情けないけど、仕方がない。
「となると、他の方法を考えないといけない訳だが、このままではあいつには勝てないのは分かっている通りだ。今から能力を上げるにも、その間にあいつは更に強くなっていく。それに何よりあっちには伝説級の能力者が4人もいる。俺は初めてアイファに会った時、炎を耐えることこそできたけれど勝つことは到底できそうになかった。あれだけの能力値になってなおだ。そして俺は、どうやらウインクの能力も失っているようだ。伝説級の4人があっち側の言うことを聞いたのもおそらくそういうことだろう。もしかしたら俺の見た目が違うからあっちの言うことを聞いただけでウインクは使えるって可能性もあるかもだが、まぁ望みは薄いな。だから、いくら味方をつけたくてもウインクができるあいつに奪われて終わりだ」
最悪な状況じゃないか。
これで勝てる方法なんてあるの?
わたしには何も思いつかない。やっぱり消すしかないの?
いや、お兄ちゃんなら、お兄ちゃんならきっとなんとかしてくれる。
なんたって、わたしがずっと見てきたお兄ちゃんは、こんなことで諦める男ではないのだから。




