異世界転生-善悪-
「な、何を馬鹿なこと言ってるのお兄ちゃん!」
突然の発言をわたしはとても信じられなかった。
「馬鹿なこと、だと? まぁそう思うのも勝手だが、悪いが本気だ。やれ、皆」
命令された四人は、どうしたものかとそれぞれ四人同士で顔を見合わす。
そして、大きいお兄ちゃんの顔を一瞥した後、大きく頷いた。
「何が起こったかよく分かんないけど、その人はカプチーノの敵なんだよね?」
伝説級の能力者の1人、アイファが小さいお兄ちゃんを見て尋ねる。
「そうだ。この世界の人間じゃない部外者だ。だからこの世界から排除しなければならないんだ」
「何を言って…!」
大人のお兄ちゃんが声を荒らげる。
「何を言ってるかって? 本当の事じゃないか。お前はこの世界の人間ではないだろう?」
確かにそうだ。だけど、それは今話しているお兄ちゃんだって同じだ。
それに、世界が違うからって殺していい理由にはならない。
「俺とは信じたくないほどにゲスいなお前…!」
「ゲスい? ゲスいのはお前だろう。人様の世界に勝手に入ってきて好き勝手やりやがって」
どうすればいい。どうすればお兄ちゃんを止められる。
「さぁ、早くやれ! みんな!」
その言葉と共に、伝説級の四人は大人のお兄ちゃんの方へと走り出した。
「くっ…!」
伝説級の能力者は、強い。でも、お兄ちゃんだって強い。だから、そう簡単に負けるはずはない。
大人のお兄ちゃんが防御の姿勢を取る。そのお兄ちゃんに、アイファちゃんが火を吹いた。
「ぐっ…うっ…あああああああ!」
な、なに!?
火に囲まれたお兄ちゃんが呻く。
そんなはずはない。確かにアイファちゃんは伝説級の力を持ってはいるが、あそこまで叫ぶほどのダメージ、今のお兄ちゃんは受けないはずだ。今のお兄ちゃんは、伝説級とまでは言わなくとも、かなりの力を持っている。
実際初めてアイファに会った時も炎を食らったが、ダメージこそ受けたもののあんなに激しく叫んだりはしなかった。
だからこそ、わたしは今の攻撃を、黙って見守っていた。
「はははは! そうか! まさかお前、"あの時のまま"なんだな?」
あの時のまま…?
「どうやら、ここで上げた能力は、全て俺が手にしているようだ。つまりお前はただの一般人。ただ俺が2人になるだけだと思ったら、そっちの俺はとんだ貧乏くじを引いてしまったみたいだなぁ!」
「そ、そうなのお兄ちゃん?」
それならまずい。お兄ちゃんが死んでしまう。
「えい!」
お兄ちゃんが受けていた火を、わたしは全て消した。お兄ちゃんの周りから火は消えたものの、お兄ちゃんはばたりと地面に倒れてしまう。
「お兄ちゃん!」
叫び、近づく。良かった。幸いまだ息はあるようだ。もしかしたら前の世界そのまま、というわけではないのかもしれない。もしあの時のままなら死んでいるはずだし。
とはいえ、このままでは死んでしまう。なんとかしないと!
「これ以上お兄ちゃんに攻撃したら、全員消すよ」
これは冗談でもなんでもない。本気だ。わたしにとってお兄ちゃんは全て。
「なんだ萌衣、俺の邪魔をするのか」
「お兄ちゃん、もうやめてよ! こんなことしたって誰も得しないよ!」
「いいやするね。そいつがいなくなれば、俺は世界を手にできるんだ」
「お兄ちゃんの分からずや…!」
こんなの、わたしの知ってるお兄ちゃんじゃない!
「萌衣、邪魔してくれるな。早くそいつを消させてくれ」
「駄目! 絶対どかない!」
お兄ちゃんは、わたしが守る!
「ならば、実力行使しかあるまい」
そう言って、小さいお兄ちゃんが近づいてくる。大人のお兄ちゃんを殺すために。
「そ、それ以上近づくと、消すよ!」
「消す? 俺をか?」
「そうだよ! お兄ちゃんだって消えたくないでしょ? だからもう」
「いいや、お前は消せないよ」
不敵に笑って、歩みを止めず近づき続ける。
「何を言ってるのさ! さっきだって火を消したでしょ! わたしになんでも消せる能力があること、忘れてないよね?」
「いいや、お前はなんでも消せるわけじゃない。そう、たとえば、好きな相手、とかはな」
「!?」
「気づいていないとでも思ってたのか? お前の気持ち、全部気づいていないわけがないだろ! そう、お前はお兄ちゃん大好きの変態妹だ! だから俺を消せない!」
「……」
図星、だった。そう、わたしにはお兄ちゃんを消すことはできない。たとえ大好きなお兄ちゃんを殺そうとする憎き相手でも、その相手もまたお兄ちゃんだから。
たとえお兄ちゃんがどんな極悪人になろうとも、その気持ちが消えてしまうことはない。
それくらい、わたしの中のお兄ちゃんは大きいのだ。
それが、既に知られている。ならもう、わたしには勝てない。
……ッ!
でも、だからって、お兄ちゃんを殺させるわけにはいかない。
「お兄ちゃん!」
倒れたお兄ちゃんをおぶる。大丈夫、まだ生きてる。
そしてわたしは、持てる力の全てを使って走った。
わたしとお兄ちゃんの走る速さはほとんど同じ。たとえお兄ちゃんをおぶっていても、今のわたしにはそんなのは重くもなんともない。
だから、お兄ちゃんがわたしに追いつくことはない。お兄ちゃんだけでなく、わたしだってこの世界で強く成長した。
ただひたすら、目的地も無く走り続ける。
背後から飛んでくるアイファちゃんの炎を全て消して、走る。走る。
なんでこうなってしまったんだろう。わたしは何を間違えたのだろうか。分からない。分からなくて、わたしはただ、泣いた。




