異世界転生-目的-
「もしかしたら君の子供達は、歴史を変えるかもしれない」
年老いた男が無精髭を撫でながら言う。
「歴史、ですか?」
蝋燭の火がぼんやりと照らされた部屋で、女性が首を傾げる。
「まだ六だというのに、二人とも凄まじい早さで知識を吸収している。本来はまだ文字を練習するくらいの歳だが、昨日は何をした?」
「昨日は確か、大人と混じって私にもよく分からない数式を解いていました」
「ふむ、明らかに普通では無いな。それに、能力値も確か」
「はい。二人は直接教えてはくれませんが、おそらく四桁を超えているかと」
「四桁なぞ、世界広しといえど数えるほどしかいない。それをあの歳で……。はたして二人は、これから先どうなるのか」
「どうもなりません。これまでもこれからも、普通に育てて普通に生きてもらいます」
「何を馬鹿なことを。そんなのはもう、不可能だよ」
「お兄ちゃん」
「ん?」
並べられた布団で横になったまま、わたしは訊ねる。
「またわたしに内緒であれ使ったでしょ?」
「うっ……」
わたしに聞かれて、お兄ちゃんは図星だというのが丸わかりなリアクションをした。
「やっぱり! 約束したのに!」
「……ごめん」
「はぁ……」
お兄ちゃんとわたしには、特別な力がある。
お兄ちゃんの力は、どんな女の人でも絶対に落としてしまう悪魔の力『全ての女を落とす目』。
そしてわたしの力は、あらゆるものを消してしまう『絶対無』。
どちらもとても恐ろしい能力だ。それをわたし達は、ただ文字に書いただけで手に入れてしまった。
と言っても、わたしはこの能力を自ら望んで手に入れたわけでもない。トラックという男に渡されたカードにはなんでも消せる力と書いたものの、これはお兄ちゃんが消えた世界に絶望していたからこんな世界無くなってしまえ―みたいな想いで書いたものだ。
それがまさか、こんな形で使えるようになるとはね……。
一方お兄ちゃんはわたしと違って欲望のままに手に入れたんだと思う。萌衣という存在がいるのに許せない! けどそれを今言ったところで何も変わらないけれど……。
「で、落とした人はどうしたの? ヤッたの?」
「何を馬鹿なことを言ってるんだよ。ヤれるわけないだろ。こんな体なんだから」
「まあ、それもそっか」
わたしもお兄ちゃんもチビッ子。こんな体じゃ性欲はあっても体がついてこない。
「じゃあ何に使ったのさ?」
「いやまあ、ほら。自分の能力がもっと試したくなったんだよ」
「そんな興味本位で人の気持ちを弄ぶとか、サイテー」
「返す言葉もない……」
お兄ちゃんの能力は、解く方法が分からない。というか解けない。だから、今日お兄ちゃんが落とした人は今もきっとどこかでお兄ちゃんを好きなままでいる。
「もうやめてよね。で、明日は木の実集めと魔物倒し?」
「そうなるかな。この世界の知識はもう十分だろ。それよりもレベル上げだ。木の実使いまくってるとはいえ、四十レべじゃ俺はまだ足りない」
「レベル上げとか能力アップとか、この世界ってゲームなのかな?」
「かもな。ステータスの数値化なんて現実じゃまずあり得ん。というわけでゲーム世界だから女の子をいくら落としても許してくれるよね?」
「まさか、今後もやるつもり?」
にっこりと笑ってわたしはお兄ちゃんを見た。
「……」
「ゲームはゲームでも、そういうのを目的としたゲームでは絶対ないから!」
「ごめん」
「まったく」
お兄ちゃんはほんとにもう……。
「そういうお前は使ってないのかよ。その、俺よりヤバいヤツ」
「使わないよ! 怖いもん!」
だってなんでも消せちゃうんだよ? 怖いでしょそんなの!
「使うと便利だと思うけどな」
「そういう便利に頼らなくても人は生きていけるんだよ」
実際元いた世界ではそんな能力なくても何も困らなかったし。
「はいはい。なぁ萌衣、この世界のさ、クリア条件ってなんだと思う?」
「クリア条件? 何それ?」
「いや、仮にゲームだとしたらさ、何かあるでしょ、この世界から出る条件みたいなの。エンディングってやつ」
確かにそれはあるかもしれない。でも――
「お兄ちゃんはこの世界から出たいの?」
「いいやちっとも」
「わたしも帰りたくないかなぁ」
ずっとお兄ちゃんといられるし。
「ま、そうだよな。現実はクソゲーだし、こっちの方がよっぽど良い。でもさ、俺は見てみたいんだよ。もっと先をさ」
「ふーん。よく分からないけど、そのもっと先ってのは、お兄ちゃんの思うゴールってのは、なんなの?」
まさか萌衣との結婚とか?
「――世界征服。この世界を手に入れることが、俺のゴールだ」




