嫁達との再会
階段を、足を引きずりながら息を整えつつ降りていく。
この階段を以前通ったのが、随分昔に感じた。まだこの世界に来てからそこまで月日は経っていないというのに。
久々に彼女達に会うのはやはり緊張する。
怒ってるだろうな、勝手に無茶しちまって。
ちゃんと、謝んなくちゃな。
徐々に出口の光がはっきりとしてきた。この先に、萌衣達がいる。
一度深く深呼吸をしてから、光の先へと足を踏み出した。
ようやく辿り着いたそこは、ざわめき一つ無くとても静かだった。
ま、戻ってくるなんて事前に言ってないし誰も待っていてはくれないか。
さーて、どこに皆はいるのかな。
「お、お兄ちゃん?」
「おっ!」
「お兄ちゃん!」
俺の姿を見るなり、勢いよく萌衣は抱きついてきた。感触が、匂いが、懐かしい。
「って、どうしたのその怪我! ほら、急いで治してもらいに行こ! あ、でもでも、先にミステちゃんとウトちゃんとシュカちゃんに会う?」
「ちょっ、一旦落ち着けって」
慌てて行動しようとする萌衣に、優しくそう言った。たっぷりではないが時間はある。そんなに急がなくても、すぐにまたいなくなったりはしない。
「落ち着いてなんかいられないよ! お兄ちゃんと会うの、もう何日ぶりだと思ってるの!」
「えーと、何日くらいだっけ」
「それは、わたしも覚えてないけど。とにかく、ずーっと寂しかったんだからね! ちょっと伝言するだけって酷いよ! 酷すぎるよ! シュカちゃんなんかあの連絡が来るまで何回も敵にバレないようにトタースに行ってたんだよ! あの連絡が来てからも、なんとかしてレジスタンスって場所に行こうとしてたし」
萌衣がこう言ってくれるのは、俺のことを大切に思っているからこそだ。シュカの行動だってそうだ。俺はそれほど、皆に愛されている。それなのに、今日まで会わずにいた。それは決して、褒められたことではないだろう。
「ごめんな。皆に迷惑かけたくなくてさ」
俺もまた、皆を大切に思っているからこそ、会わないという選択をとっていた。お互い大切に思っていた結果が今なのだ。
「やっぱり、そんなことだろうと思った。お兄ちゃん、言っとくけど、わたし達にとっては巻き込んでもらわない方がよっぽど迷惑なの。たとえ危険な場所だろうとね」
ま、お前らならそう言うよな。だからこそ、危険なことには巻き込みたくない。お前らは俺の為に無茶をしすぎるんだよ。俺にはそれが、嬉しいけれどとても辛い。
萌衣に引っ張られ、医務室なる場所へと着いた。前にトタース第二支部にいた時にはこんな場所は無かったはずだが、一体どうして……。
少し考えて、すぐに分かった、……カリバ2がいなくなったから、か。あいつがいれば、どんな怪我だろうと一瞬で簡単に治せた。だから医務室なんてものは必要なかった。だけど、あいつはもういない。
彼女を失った戦闘を思い出すと、再び怒りが沸々と込み上げてきた。だが、いくら怒ろうとも今の俺にはどうすることもできない。
「とりあえず、お兄ちゃんは医務室で待機ね。すぐに皆を呼んでくるから」
「あっ、おい!」
呼び止めようとするも、萌衣はすぐに行ってしまった。
久しぶりに会うことで、俺は本当に萌衣のことが好きなのだと改めて分かった。萌衣に再び会えた瞬間から、俺の心はずっと喜んでいる。
ここに辿り着けて、本当に良かった。不幸中の幸いとは、正に今のことを言うのだろう。
「すみません、包帯を巻きたいので服を脱いでいただけますか?」
「ん?」
おそらく看護婦なのだろう。俺と同じくらいの年齢をした女の子がそう言った。
「あ、いや、大丈夫だ。これくらい放っておいてくれたらすぐに治る。だから、何もしなくていい」
「そう言われましても」
きっと萌衣に色々言われ、何もしないわけにはいかないのだろう。
「自分の体のことは自分が一番よく分かってるんだよ。だから気にすんな」
ほんとのことを言えば、そう簡単に治るわけがない。だがもしここで包帯なんぞ巻かれたら、動きにくいし戦闘が出来ない。
俺は、チカに勝つことを諦めてはいない。勝てる方法はきっとあるはずだ。今の俺にはまだ何も出来ないが、明日の俺は違うかもしれない。俺は、未来の俺を信じている。
「カプチーノ!」
負け試合を思い出し勝つ方法を考えようとしていると、シュカ達が勢いよく医務室へと入ってきた。
「もう! 心配したんだよ! もっと早く帰ってきてよね!」
「悪いな。心配かけて」
見た目も声も全く同じだけれど、あっちのシュカとはやはり雰囲気が違う。こっちのシュカのことも、勿論俺は大好きだ。どちらも大切で、どちらも守らなければいけない存在。
「悪いと思ったんなら、もう二度と心配かけないこと! いい?」
シュカの言葉に、凄いスピードでミステが頷く。
「寂しかった」
魔法文字ではなく、声に出してミステは言った。
「ごめんな」
そう言って、俺はくしゃくしゃと頭を撫でた。すると、ミステは嬉しそうに目を細めた。
「カプチーノハ、ココニモドルマデドンナコトヲシテイタノデスカ?」
ウトの疑問を聞いて、そういえば言伝ではしばらく帰れないことと安否を伝えることしかしていなかったことを思い出した。
牢に閉じ込められたままではなかったにも関わらずに、一週間以上も帰らずに何をしていたのかは普通気になるよな。
「ま、それは後で話すわ。少し長くなるかもしれないけどな」
シュカとの修行の数々は、そんなすぐには語り終えられるものでは無いだろう。簡略化せずに、ゆっくりと後で話そう。
『カプチーノいない間 ずっと皆 考えてた』
「考えてた?」
『勝利方法』
「そうだよ! わたしバカだけど、バカなりに考えてたの!」
あれだけ辛いことがあったのに、皆諦めていなかったんだな。普通の人なら、あれだけ圧倒されれば折れてしまう。だが、彼女達はそうでは無かった。
そりゃそうか。なんつったって俺の嫁だもんな。
「ありがとな。じゃあその考えたこと、じっくり聞かせてもらうとするかね。あ、でもその前に」
走り続けたせいもあり、俺は腹を空かせていた。アイスとの戦い以降、何も食べていないのだ。
「ご飯だよね? ここに住んでいる間、私少しは料理出来るようになったんだよ?」
早く披露したいと言いたげな顔で、シュカは胸を張った。
「そいつは楽しみだな」
俺の嫁達は、やはり最高の女だった。
この医務室にあるどんな薬よりも、俺にとっては彼女達の存在が一番効くことは間違いないだろう。




