どんな勝負でも絶対に勝利する女 再び
まあ、こいつがいてもおかしくは無かったが、どうなるかな。
チカはアイスとは違う強さだ。アイスの強さは確かに圧倒的だが、絶対に勝てないわけではない。俺みたいに同等か、それ以上の強さを持っている人間が存在することで勝利は発生する。
だが、チカの場合はそうではない。平行世界での能力と同じならば何をやっても絶対に勝てない。
「なあチカ、あんた、負けたことあるか?」
「負けた事? 無いよ。アイスも無いよね?」
「何を言っているのか。ボクは君に負けたから君より下の立場にいるんじゃないか。本当なら、君の下なんて納得できないのに」
「あれ? そうだっけ。ま、なんでもいいや」
「なんでもいい、か。あの時のボクは結構傷ついたんだけどな……」
アイスより強いってことは、やっぱり能力は俺達の世界と同じなんだろうな。だとすると、非常にまずい。
「アイス、君がやってても時間かかりそうだから下がってて。めんどいからさっさと終わらせちゃう」
「なんだい、せっかく楽しくなってきたというのに。まあでも、どうせ何か反論したら色々大変なことになりそうだし、ここはおとなしく従うとするよ」
「ありがと」
あのアイスが反論できないほどの強者。それがこの女だ。戦わずして分かる。俺はこいつに勝てない。
「ねえ、あの人のこと知ってるの?」
一人取り残されたシュカが不思議そうに俺に質問した。
「知らないけど知ってる。というか、そういうシュカは知らないのか?」
トタースでも特に強い存在を、知らないわけがないと思うのだが。
「うん。あんな人、今までいなかったはず」
「つまり、新入りってわけか」
こりゃまた厄介なやつを仲間に加えたもんだ。もうちっと早く来ていれば、こいつと戦う必要も無かったってのによ。
「じゃあボクは見学に回るよ。あ、言っておくけど殺さないでね。彼は理由抜きに殺すのは惜しい存在さ。あの方もきっとそう考えるはず」
「分かってる分かってる。そもそもアタシ、人殺すの嫌いだから全然殺したことないし」
「それはよかった」
いつもとは雰囲気の違う微笑を浮かべると、アイスは後方へと下がっていった。入れ替わるように、チカが俺の近くにやってきた。
「えーと、何故かアタシのことを知っているみたいだけど、初めまして、だよね? どうも」
全くやる気の無さそうな挨拶。アイスは明らかに強者のオーラを放っていたが、こいつからはそういうのは一切感じない。能力を知りさえしていなければ、俺はきっとすぐに勝てる相手だと勘違いしていただろう。
「おそらく、お前はもっとも会いたくなかった人物だよ、チカ」
「なんか、アタシのことを良く思っていない感じだね? でも安心して、さっきも言ったけどアタシ人を殺すの嫌いだから、アンタが死ぬことは無いよ」
「そんなことは気にしていない。それよりも」
チカがいることで、世界を変えるという目標が一気に難しいものになってしまったことが問題だ。
あの負けた時の記憶が呼び起される。一瞬の出来事だった。一瞬すぎて、何もすることが出来なかった。
「ま、ちゃちゃっと終わらせて帰ってゴロゴロしよっと。えいっ!」
ちっとも気合いの入っていない掛け声とともに、チカの拳が俺に放たれた。
なんとか目視は出来たものの能力を使う暇も無く、咄嗟に顔を包むように両手をクロスしガードした。
「ぐっ……」
一体どこにそんな力が眠っているのか。細く華奢な腕から放たれた攻撃は弾丸のように重く、骨が軋んだ。
「あれ? おかしいな、今ので倒れないんだ」
たった一回の攻撃でその自信かよ、勘弁してくれ。
アイスのように氷を纏うでもない、見た目はいたって平凡のただのパンチ。ただしそのパンチは、この世に存在するどんなものよりも強烈だ。
「ぉおおりゃ!!」
今度は逆に、こちらから反撃してみた。
先ほどのアイスとの殴り合いと同じように、手に火を纏い、頬めがけ正拳尽きを放った。
チカはそれを避けることも無く、普通に受けた。
「いてて。ふーん、頑張るね」
普通に受けたというのに、血の一滴すら流さずにチカは平然とそこにいた。
ほんと勘弁してくれ。
「じゃ、今度はさっきのようにはいかないよ?」
そう言ってチカは軽く跳ぶと、俺に向かってかかと落としをした。
ほんの少しだけ隙があったおかげで、俺は間一髪躱すことができた。
ズシィィィイン! と地が響き、揺れた。床は見るも無残にブチ壊れている。
「あれれ、避けちゃうか。まあでも」
急激なスピードで、チカは俺に頭突きをかました。
「うぐっ……」
さすがに対応できずに勢いのまま後方へと飛ばされ、壁に強く背中を打った。
「くっ……」
アイスとの戦闘による疲れもあるのだろうが、既に全身は悲鳴を上げている。
――逃げるしかない。
このまま戦っていても、絶対に勝てない。それは、一度敗北したことがあるからこそ分かる絶対的な確信。
「シュカ!」
俺の声を聞き、シュカは俺が何を言いたいのかが分かった。
「今そっちに!」
急いで俺の元に駆け寄ってくる。
あーあ、またてっぺんの奴の顔を見ることすらできずに逃げるのか。
弱い自分に嫌気を差しながらシュカを待つ。
「手、握って」
俺へと辿り着いたシュカの手を握り、瞬間移動の準備をする。
そしてそのまま、レジスタンスのところへ――
行けなかった。
気が付くとシュカの姿のみが消えていて、俺はまだその場にいた。
「あのさぁ、二度もこっちが同じ失敗をすると思う? 前回アイスが逃げられた理由くらい、アタシも知ってるんだよね。だからさ――彼女の右腕を切断させてもらったよ」
「え?」
チカが何を言っているのか分からず、ただ茫然と自分の左腕の方を見つめた。
すると――俺は、シュカの赤く濡れた右腕のみを握っていた。
「あぁあぁああああああ!!」
シュカの、大切な人の、腕が、腕だけがここにある。
「瞬間移動は、彼女に触れていないとできない。それはこっちも理解済み。だから、君と触れていた腕を、たった今アタシが手刀で切った。おそらくは今、彼女は痛みでのた打ち回っているだろうね」
あまりにも恐ろしいことを、涼しい顔でさらりとチカは告げた。
「そんな……」
認めたくない事実を、しかし俺は認めるしかなかった。俺の握っているシュカの一部が、残酷なまでに現実を突きつけている。
「また、守れなかったのか……」
大切な人を、俺はまた傷つけてしまった。
なんて愚かで、なんて情けないんだろう。




