敗戦
「ミ……ステ。あいつ……を消……せ!!」
あいつはこの世界から消滅してもいい。消してくれ。
「残念。消させないよ」
2人のカリバを貫いた氷の粒が、ミステの目に突き刺さった。
「彼女のことは殺さない。ただ、目が見えると厄介だからしばらくの間だけ目を使えなくさせてもらう。安心してほしい。失明はしていないはずだ。ちなみに一番初めに失明するほどの威力で攻撃をしたのは当然先程殺した二人が回復をすると見越してだ」
絶望的だ。もう俺の前には絶望しかない。
カリバ二人は死に、ミステの能力は使えない。俺はボロボロだし、残るは萌衣とシュカとウトのみ。
そして、萌衣とシュカは戦い向きではないため、結果的に戦うのはウトだけになる。
先程までの行動に少々怯みながらも、ウトはすぐに長齢樹を纏った。
「あなただけはどうやらお強いようだが、まだその身体に慣れていないように見える。違うかい?」
「御託はいい。さっさと始めよう」
ウトとは思えない流暢な日本語で、静かに怒りを燃やし言った。
断言して言える。俺は、この二人の戦いについていけない。この二人の強さは、能力値をただ木の実や種で上げただけの俺とは次元が違い過ぎる。
最初にウトが動いた。それに答えるように、アイスも動く。
「……!?」
早すぎて、二人の戦闘を目で追うことが出来ない。
実力はどっちが上なんだ? ウトか? アイスか?
「うっ……」
一瞬にして、二人の攻防は一時中断をした。見れば、いつの間にか二人の体には無数の傷がついている。
どうやらアイスの方が上みたいだな……。
ウトは戦闘中断直後に軽く呻き声が漏れていたし、何より息がかなり切れている。一方のアイスからは疲れている様子が全く見えない。
「非常に惜しい。おそらく、力ではボクが負けている。だが、スピードではボクが勝った――いや、違うか。君はまだその力に慣れていないから、ボクには勝てない。力とかスピードとかそういう問題じゃない」
慣れていないのは無理も無い。なんせ、ウトがあの不思議な力を使ったのは今日が初めてだ。
……まずいな。このままだと、ウトがやられるのも時間の問題だ。
こうなったら――皆をここから逃がそう。
悔しいが、彼女は俺達が敵う相手では無かった。
身体をひきずりながら両腕で前へ進み、俺はシュカのいる方へと向かった。
俺が移動していることに、幸いアイスは気づいていないようだ。
「シュ……カ」
シュカのすぐ近くに着くと、かすれた声で名前を呼んだ。
カリバの近くで悔しさを地面に叩き付けていたシュカに、俺は言葉を続けた。
「俺が……囮になるか……ら、お前は……皆を連れて……」
「逃げろってこと? 嫌だよそんなの! 大体カプチーノぼろぼろじゃん! そんな体で囮なんて」
「たの……む」
「でも!!」
「安心……しろ。俺は……死なな……い」
「そんなこと言ったって、信じられるわけ!」
「最初に言ってた……だろ? あいつは……俺に質問が……ある……って」
アイスは全て終わってから俺に質問をすると言っていた。それはつまり、質問をするために俺を殺さないってことだ。
「そうかもだけど、でも私にそんなことができると思う? カプチーノを置いて、逃げるだなんて」
「できるできないじゃ……ない。やる……んだ。やって……くれ」
「でも……」
否定の言葉を再び口に出そうとしたシュカを、俺はじっと気持ちを込めて見つめた。
ここでシュカ達を逃がさなかったら、俺は一生後悔する。だから頼む。ここから逃げてほしい。
パンパン!
シュカは、両手で自らの頬を勢いよく二回叩いた。そして――
「シスタ、ミステ、私に捕まって」
シスタとミステの方を見て、決意に満ちた目で言った。シュカは、俺の頼みを引き受けてくれたのだ。
「ありが……とう」
決心してくれたシュカに、俺はボロボロの顔のまま微笑んだ。
良かった。これで、俺の大切な人達をこれ以上失わずに済む。
「本当は逃げたくない。カプチーノのそばを離れたくない。でもさ、その目見たら、もうこうするしかないじゃん。こうしないと私、もっとカプチーノに悲しい顔をさせちゃうじゃん。それに、そうやって私達の為に頑張ろうとしてくれるかっこいい男だからこそ、私達を何よりも大切にしてくれる優しい男だからこそ、私はカプチーノのことが好きだから。そんな大好きな男の頼みとなっては、断れるわけがないんだよね。たとえどんな頼み事だろうとさ。だから、行くよ」
本当に本当に、俺は幸せだ。大好きな女の子に、ここまで想ってもらえていて。
だから俺は、最後までやらなければならない。こんな大切な女の子を、失うわけにはいかないから。
シスタとミステが、シュカの手を握った。二人は俺達のすぐ近くにいたので、今の会話は聞こえていたはずだ。その上で握ったということは、二人も決心が固まっているということだ。ありがとう、二人とも。
さて、後はウトだが。今の状況じゃ、シュカと共にウトを連れていくのは不可能だ。
だから――
「う、ぉおおおおおおお!!」
無理矢理声を出し、動かないと思っていた足を無理矢理動かし、俺は立ち上がった。そして、ふらふらとした足取りでアイスの方へ迫る。
「ほう、まだ動けたか」
「そう簡単に……俺は倒せねえぞ!」
もう体力なんて何も残っていない。それでも気迫で、俺は進んだ。
アイスの目の前まで近づく少し前に、俺はウトに近づいた。そして、シュカと共に逃げてほしいことをアイスに聞こえないように告げ口した。
ウトは何度も頭を振ったが、俺の決死の覚悟の前に、なんとか頷いてくれた。
「さて……ここからは、俺が相手に……なる」
アイスを睨みながら、俺は体を構えた。
「何を阿呆なことを。貴様はもう動けないだろう?」
「それは……どうかな?」
力の入らないまま、右手の拳でアイスの体を殴った。
「なんだそれは?」
「俺の……超最強のパンチだよ。へへ、痛い……だろ?」
「舐めるな!!」
俺に向けて、強烈な平手打ちが叩き込まれる。目がチカチカし、今すぐ倒れてしまいたい衝動に駆られる、が。
「やられ……ねえよ」
そう言って、俺はにへらと笑った。まだだ、まだ皆が逃げていない。
「雑魚が! さっさと倒れていろ!!」
再び平手打ちが俺に当たる。だけど、それでも俺は立ち向かうのをやめなかった。
「こんのぉ!!」
俺を見て、アイスのこめかみに血管が浮き出る。
さて、そろそろかな。
「カプチーノ!!」
涙の含まれたシュカの声を聞いて、無理矢理体を動かしシュカ達の方を見る。すると、ちょうど全員が姿を消した。
――どうやら、上手くいったみたいだな。
全員を逃がせたことに安堵し、俺は微笑みながら意識を失った。




