無
「おぉ……」
大龍王は想像以上に大きかった。
見るからに凶暴で、普通の冒険者では絶対に勝てなそうだ。
「こいつはなかなか楽しめそうじゃないか」
世界で一番強いと言われているくらいだ。
攻撃力9999の俺の攻撃でも、そう簡単には倒れないはず。
これから起こる戦いに胸が躍る。
ガチャッと音をたて、俺は今日手に入れたばかりの剣を構えた。
剣は最強の装備に相応しく、ギラギラと洞窟内を照らしている。
この五日、ここに来るまで色々なモンスターと戦ったといえでも、俺の戦闘経験はまだまだ浅い。
世界一に、勝てるか。
大龍王へ向けて、俺は一直線に走り出した。
勝てるに決まっている。攻撃力9999が負けるわけがない。
自信に背中を押されながら、大龍王との距離をどんどん近づけていく。
大龍王は俺の存在に気づくと、一度大きく雄叫びをあげた。
耳を劈くほどの咆哮。
それにひるまず、俺は大龍王の頭上へと地面を蹴り上げ高く跳んだ。
元の世界にいた頃では絶対に不可能だった、大龍王のサイズを超えるほどの跳躍。
そして剣を天へと掲げ、重力に身を任せながら恐ろしい形相をした顔めがけて斬りかかろうとした瞬間――
ドラゴンは消えた。
「え? え?」
周りを見回しても、大龍王はどこにもいない。
あれ?
俺はまだ何もしていないのに、どうなっているんだ?
大龍王は瞬間移動が使えるのか?
もしそうなら、倒すのなんて無理なんだが。
『完了』
呆然とどうしたものかと考えていると、ミステがそんな二文字を書いた。
「完了? 何が?」
『あいつを無にした』
「は?」
『私の能力 あらゆるもの 無にできる』
「あらゆるものを無に?」
何を言っているんだこいつは。
『存在しているもの 全て無に帰すことができる』
それってつまり、大龍王が消えたのは、お前の力だって言ってるのか?
「本気か?」
『本気 だからドラゴン 無になった』
「マジ、か……」
まだいまいち信じられないが、本当に目の前から大龍王が消えてしまっているんだ、信じるしかない。
「こんなのありかよ」
なんかもう逆に笑えてくる。
というかこいつの能力、俺以上に強いんじゃ……。
俺は今まで自分の能力は最も凄い能力だと信じて疑わなかったが、これよりはどう考えても劣る。
だってあらゆるものを無にできるんだぞ?
そんなチート能力あっていいのか?
だが事実あるのだ。
ここに。こいつに。
カリバなんか、驚きすぎてさっきから一言も声を出してないし。
というか俺は、世界一強いドラゴンの首を獲って、その首を持ち帰り、世界に強さを証明するつもりだったのに、ミステがそのドラゴンを無にしてしまったということは。
――ドラゴンを倒したという証拠は、何もない……。
これでは俺の強さを世界に知らしめることができないじゃないか。
最悪だ……。
五日もかけてここまで来たのに、ドラゴンは無になってしまった。
世界一強いドラゴンがいなくなったという情報はすぐに世界中に伝わるかもしれないが、なぜいなくなったのかは、ずっと俺達三人しか知らないまま。
もし俺が、「ドラゴンを倒したのは俺だ!」と言っても、トタースの住人以外誰も信じないだろう。
というか本当に俺が倒したわけじゃないし。
倒したのはそこにいる幼い少女、ミステだし。
「はぁ……」
トタースを出て、何日もかけてここまで来たことが全て無駄になってしまったのを、俺は今、認めざるをえなかった。
ミステが使ったのは、あらゆるものを無にしてしまうという超最強の能力です。
魔法では無く、あくまで能力。
彼女が、これを無にしたい! と思うことで発動します。




