絶対に折れることのない孤独な木
「なるほど、彼女が新しい仲間ですか」
墓の制作から戻ってきたカリバ2は、舐めまわすようにウトの全身を見た。怖がってるからやめてくれよ。ただでさえ同じ顔の人が二人いるっていうことにびっくりしているのに。
「で、強いのですか?」
一番大事なことですよ? とでも言いたげに、カリバ2は聞いてきた。
「まあ、見れば分かる」
百聞は一見にしかず。見るのが一番早い。
早速カリバ2に強さを見せるため、ウトにはもう一度俺達の前でやった木が突然成長するあれをやってもらった。
「なるほど、確かにこれは強いですね」
期待以上だったのか期待以下だったのかはカリバ2の表情からは読み取れないが、「強い」と口にしてくれた以上、これで正式に戦力として見てもらえることは確定――
「しかし」
が、何故かカリバ2は逆接の接続詞を付け加えた。
「しかし、なんだ?」
充分だろ。ただでさえ戦力不足の今、ウトを否定する要素は無いはずだ。
「その今出した木は、確かウチョウですよね?」
「ハイ。ソウデス」
カリバ2の問いに、ウトがこくりと頷く。さっきのはウチョウって名前の木なのか。こっちの世界の木の名前は全く知らなかったため、初めて聞いた名前だ。一つ賢くなった。
「その木がどうかしたのか?」
「はい。ウチョウは、特に珍しくも無くそこら中で生えている木です」
言われてみれば、平行世界に来る前の世界でもさっきの木はたくさん生えていた気がする。
「おそらくウチョウでは、それほど敵にダメージを与えられないのではないかと思います。そんな木よりも、もっと硬く、鋭い木でないと」
「なるほど」
言われてみると、確かに普通のどこにでも生えている木では大きな威力は望めないかもしれない。
「と言っても、だったらどんな木が良いってんだ?」
俺と萌衣が元いた世界でさえ、こういう時に有効な木なんて思いつかない。
「世界で最も長生きしている木、長齢樹」
ゆっくりと、カリバ2は一つの木を告げた。
「長齢樹ですか、確かにそれなら」
カリバ2の発言に、カリバはなるほどと頷く。いつもカリバはカリバ2の発言に反発しているイメージなので、素直に納得しているのは珍しい。
というかそもそも――
「カリバは、なんでその長齢樹ってのを知っているんだ?」
知っているとなると、俺達が征服している方の世界にもあるということになるが。
「むしろカプチーノ様が知らないことに驚きですよ」
そこまで言うとは、よっぽど有名な木みたいだな。俺ももしかしたら、名前を知らなかっただけで一度くらいは見た事があるのかもしれない。
「なんでも、世界が誕生した頃からあった木なのだとか。大きさはそれほどではありませんが、誰であろうと絶対に折ることが出来ないんだそうです」
「へぇー」
世界が誕生した頃からねえ。とても信じられない。そもそも世界が誕生したばかりの頃は、木はおろか植物は何も無かったはずなんだが。
「長齢樹には莫大な報奨金がかかっていて、その木を折る為に世界中の様々な腕に覚えのある人が挑戦しています。ですが、結局折れたことはありません」
多くの人が挑戦しているのに、未だに折れていない木か。確かにその木をウトが自由に使えるようになれば、莫大な力を得ることができる。
「私達の世界でも、それは同じです」
カリバの長齢樹の説明に、カリバ2が頷きながら言った。
「どうだウト、その木、欲しくないか?」
最終確認として、ウトに聞いた。ちなみに俺は、その木は今後の為にも絶対に必要だと思う。
「カプチーノノヤクニタツコトガデキルノナラ」
にこりと微笑みながら、ウトは答えた。こいつは本当に物事を考える時は俺中心なんだな。嬉しくもあるが、やはり偽物の感情への罪悪感はある。
「決まりですね。長齢樹を手に入れましょう」
ウトの返事を確認するや否や、カリバ2は声高らかに言った。
「その長齢樹ってのはどこにあるんだ?」
遠い場所にあるのなら少し厄介だが。
「ここからそう遠くありません。なんなら、今日中に行って帰って来れますよ」
「ほんとか! なら行くしかないな」
近くにあるということが分かった以上、今は他にやることもまだ考えていなかったし、今すぐ行くことにしよう。
「では、そこまで案内しますよ。さっそく行きますか?」
「ああ。頼む」
俺は大きく頷くと、長齢樹へと向けて早速歩き始めた。
俺達は、すぐに目的の場所に着くことが出来た。今目の前に、長齢樹がある。
一見すると普通の木と特に何も変わらない。そこら辺に生えている木と、葉も幹も同じような感じだ。大きさも別に大きくはない。極々普通の、パッと見珍しくもなんともない木。本当にこれが長齢樹なのか?
「ねえお兄ちゃん、一回挑戦してみれば?」
俺の腕に絡みついたまま、萌衣は面白そうに俺に言った。
「挑戦?」
「ほら、世界中の猛者たちがこの木を折ろうと頑張ったんでしょ? だったらお兄ちゃんもさ」
「折ってみろってか」
正直、今までの挑戦者には悪いが俺の力ならば余裕で折れると思う。俺は今までの挑戦者の誰よりも強いだろうしな。
まあ一発ぶん殴ってみれば、普通に折れてしまうんじゃないか?
「でもよ、折れたらウトが使えないんじゃないのか? 折っていいのか?」
せっかくここまで来て、俺が折ったから使えないなんてことになったら困る。
「シンパイイリマセン。ワタシノノウリョクハ、オレタモノモナオセマス」
「おぉ」
それを聞いて安心した。というか、それを聞いたことでウトの能力はより凄いものなのではないかと思った。
「じゃあ行くぞ?」
息を吸ってから、目前の一本の木を見据え、そして――
「おっりゃ!!」
全力全開で勢いよく右手でパンチを放った。だが。
「いってぇえ!!」
右手がジンジンと痛んだ。こんな痛みを味わったのは久しぶりだ。
しかし長齢樹は、折れるどころか傷一つついてはいなかった。
殴った手を見てみると、赤く腫れているのが分かった。こりゃ、しばらくは痛み治まらないな……。
「お兄ちゃんでも折れないとは……」
俺の攻撃に余裕で耐えた長齢樹を、萌衣は改めて見つめた。
俺も萌衣と共に見てみると、今までと見た目は何も変わっていないのに、攻撃をする前とした後でまるで別物のように思えた。
「やはりこの力、本物のようですね」
カリバもそれは同じようで、長齢樹に着いてすぐの時はこれが本物かどうか疑っていたのだが、考えを改めなおしたようだ。
「みたいだな」
正直折れなかったことは結構ショックなのだが、今後この木をウトが利用することになるのを考えればこれは良いことだ。
「デハ、コノキ、イタダキマスネ」
そう言ってウトがそっと幹に触れると、ぐんぐんと木が縮んでいった。やがて、長齢樹は米粒ほどの大きさの種になってしまった。
「あの長齢樹が、ここから離れる時が来たのですね」
何か長齢樹に思い出でもあるのだろうか。感慨深げにカリバ2はそう呟いた。
「実は私、辛いときはいつもここに来ていたんです」
静かな声で、ゆっくりとカリバ2は話し始めた。
「どうしてだ?」
俺はその話に興味を持ち、耳をそばだてた。
「私はかつて、私にとって最も大切な人を失いました。今の私は孤独なのです。この木と同じように」
大切な人、か。俺にとっての、萌衣やカリバみたいな。
「この木は、世界が誕生した時からずっとここに孤独で生きているのです。それでも、ここから逃げずにいる。逞しく立ち続けている。それを見ると、まだ孤独になったばかりの私が落ち込んでいるわけにはいかないなって思えて。まだ頑張れるはずだって思えて」
カリバ2にとって、きっとこの木は心の支えになっていたのだ。この木があったから、カリバ2は気丈に美しく振舞えていたのだ。
「スベテガオワッタラ、ミナサンデコノキヲウエニキマショウ」
カリバ2の話を聞き終えたウトが、そう皆に聞こえるように言った。
「また、ここに植えるのですか?」
一体何のために、とカリバ2は困惑していた。だが、俺には分かる。
「コノキハ、ココニアルベキデス」
ウトの言葉に、俺は大きく頷く。
「そうだな。この木はここにあるべきだ」
これから先、世界を救えた後も、カリバ2にはきっと辛いことや悲しいことがたくさんあるだろう。そんな時、既に大切な人を失っているカリバ2は誰に寄り添えばいいのだ。悲しいことだが、今までと同じように長齢樹以外に無い。だから長齢樹は、ここに残る。
まあもっとも。カリバ2にまた大切な人ができるようなことがあったら、その時にはこの木も必要ないだろうけどな。




