星の無い空
「そうですか、できなかったのですか」
「ああ。違う相手だったんだけどな、結果は同じだった」
受け入れがたい事実。だが、受け入れなくてはならない事実。
「そう気を落とさないでください。カプチーノ様はウインクの力など無くたって、とても魅力的ですよ」
「魅力的とかそういうのじゃない。相手を思うように動かせないとなると、俺は」
俺はここに必要ないんじゃないか? そう言おうとしたが、やめた。まだそれを認めたくは無い。
「一体何をするつもりだったのですか?」
何も知らないカリバ2が、事態を把握しようと尋ねた。
「何でもねーよ。どうせもう意味が無いって分かったのだから、知る必要も無いさ」
「そうですか。あなたがそう言うなら、それ以上深く聞く気はありません」
「助かるよ」
使えない能力の説明なんてしたってただ虚しいだけだ。
「カプチーノ様の能力が使えないとなると、情報を手に入れるのが難しくなりますね」
「ごめんな、役に立てなくて」
「いえ、気にしないでください。それに難しくなったとは言っても、情報を手に入れるのは不可能ではありません」
「と、言うと?」
「簡単に言うと、拉致、ですかね。トタースを見廻りしている人を一人拉致し、情報を吐かせるのです」
「お前、意外とエグイこと考えるのな」
だが、悪くない作戦だ。確かにそれなら情報を手に入れることは出来るだろう。
「そうと決まれば、またトタースに行かなくてはですね」
「みたいだな。だが、今日のところは疲れたしここまでにしよう。トタースに行くのは明日だ」
無理に焦って今日行く必要も無い。明日やってもいいことは、明日やるべきだ。
「でしたら、カプチーノ様が休憩している間に私が行ってきますよ」
「アホか。お前が敵を拉致できる保証がどこにある。こん中じゃ俺が一番力あるんだし、俺が行く以外ないだろ」
敵の力はまだ未知数だ。いくら下っ端を拉致すると言っても、その下っ端が弱いとは限らない。
「しかし……」
「俺が落ち込んで何も出来なくなってるとでも思ってるのか? そりゃ、多少は落ち込んでるけどよ。いつまでも落ち込んでたって前に進めねえ。明日になれば気持ち切り替えて今なすべきことをやるさ」
まだ俺が用済みでないのなら、俺はやる。俺がいないところで勝手に物事を進められるってのも癪だしな。
「さすがですカプチーノ様! 一生ついていきます!」
「ありがとよ」
俺もその分、一生守ってやらないとな。
カリバと別れ、ひとまずどこか休めるところへ行こうと思っていると、カリバ2が声を掛けてきた。
「あの、一つ聞きたいことがあるのですけれど」
「なんだ?」
俺が答えられる質問なんてあまり無いと思うけど。
「あっちの世界に、あなた達以外にこの世界を救ってくれそうな人で心当たりはありませんか?」
「増援が欲しいってか?」
「はい」
まあ味方は多い方がいいよな。俺の能力が役に立たないと分かった今は、特にそう思う。
「他に心当たりかぁ……」
すぐにチカのことが頭に思い浮かんだが、あいつはあっちで仕事してるし、そもそもこっちの世界を守ろうとなんざ思わないな。
となると他だが。ツヨジョはどうだ? いや、あいつは駄目だ。中天使なるものにならなくちゃいけないらしいし、こっちに来るわけにはいかない。じゃあアイファは? あいつなら頼めば来てくれるかもしれないが、ようやく結ばれた二人を引き裂くようなまねはしたくないな。となると、他に役に立ちそうで知っているのは……。
「ごめん、いない」
世界のあちこちを回ったとはいえ、こっちに長期滞在が出来て、なおかつ戦いが出来そうな知り合いは意外と誰も思い当らなかった。
「そうですか。分かりました。では、こちらで捜索を進めておきます」
「仲間、増やせる見込みはあるのか?」
「いえ、あなた達が最初で最後の希望である可能性が高いです」
「だろうな」
自分の利益にもならない世界を救うなんて、普通はやらない。
「まあ、期待しないで待っていてください。今日も一応一人行かせてはみますが」
「あいよ」
こっちの世界では頼れる味方とか探さないのか? と聞こうと思ったが、そういえばこっちの世界の人物は、敵の大将に見つかり次第奴隷か死を選ばされるから、もし敵に見つかっていない人がいたとしても、ここと同じように地下に住んでいるんだった。そりゃ探せるわけないよな。
「ささ、そろそろ食事にいたしましょう。こちらに来てから何も食べていないでしょう」
「そういやそうだった」
色々あってすっかり食事を忘れていた。
萌衣とミステとシュカを見てみると、腹を空かせすぎてぐでーっとしていた。
「おいそこの三人、もう飯だとよ」
「ご飯!」
「やったぁ! どんなご飯が食べられるんだろ!」
『ここで記憶喪失以前に食べていたものを食べることで記憶の戻る可能性もある 一刻も早く食べなければならない』
食事と聞くや否や、三人はいっせいに元気になった。
皆の笑顔を見ていると、頑張らなきゃなって気持ちになる。こいつらは俺を信じてここにいるんだ。その気持ちを裏切るわけにはいかない。
「あれ、カリバはいいのか?」
カリバだけ、他の三人と違って食事と聞いても目に見えて元気になるようなことはなかった。まあ元々こいつはそんなキャラでは無いんだが。
「よくないです!」
荒々しい語気で、カリバは言った。
「なんだ? 何か怒ってるのか?」
怒ってる理由がいまいち分からない。何か怒らせるようなことをしたっけか。
「だって、あっちのカリバと二人だけで話してて! カプチーノ様の隣にいるカリバは私なのに!」
「何かと思えばそんなことかよ。安心しろ、さっきしてた会話は業務的な内容だ」
別に俺じゃなくてカリバが応対しててもよかった内容だしな。
「でも……。二人だけでいるところを見ていたら、このままあっちの私にカプチーノ様を取られてしまうのではないかと不安で」
気持ちは分かる。俺ももし、自分と同じ姿の男がカリバと二人で話していたら嫌だもの。
「大丈夫だ。俺の気持ちはずっとお前から離れたりしないよ」
「だったら!」
いつもならここで「カプチーノ様ぁぁあああ!」とか言って抱きついてくるんだが、今日はしぶとかった。
「だったらなんだ?」
「今すぐここでキスしてください! 私のことが好きなら――」
言い終える前に、俺はキスで口を塞いでやった。
「これでいいだろ。さ、早く飯食おうぜ」
俺の突然のキスにしばらく目を瞬かせてから、カリバは腕に抱きついてきた。
「ふふふ~ん」
満足そうに喜んでいるカリバを見て、俺は安心する。こんなことで喜んでくれるなら、俺は何度だってしてやる。
ふと空を見上げると、もう夜だというのに星も何も無かった。
そうか、ここは地下だから……。
今隣にいる大切な少女と同じように、こっちの世界の彼女にもいつか笑ってほしい。その為にも、頑張らねーとな。再び星空の見える地上で暮らせるようになれば、きっと彼女も笑ってくれるはずだ。




