知っているけれど知らない街
それほど歩かずに、俺達はトタースへと着いた。着いたの、だが。
「ここが、トタース?」
とてもそうは見えない。俺の知っているトタースとは全くの別物だ。共通なのは街の名前だけ。カリバ2に聞いた話だと、この世界の五分の一ほどが今やトタースらしい。大きいなんてものではない。あまりにも巨大すぎる。俺達のいたトタースもそこそこ大きな街であると思っていたが、ここと比べれば石ころレベルだ。
天を穿つかのごとく、空まで伸びた城が見える。あのとてつもなく大きい城に、この世界の征服者がいるのだろうか。城は凄まじいほどの威圧感と、何やら紫のオーラを放っている。
それに、この空はなんだ。ここに来るまでは雲一つない綺麗な青い空であったのに、トタースの空は、何故か暗黒のような色をしている。まさか、空までをも支配しているとでも言うのだろうか。
「ここから先は、本当に危険です」
「だろうな。雰囲気だけでそれは分かる」
今までに来たどんな所よりも、不吉な気配がする。
「トタースの中がどうなっているかは知っているのか?」
「あまり詳しくは知りませんが、確かこれだけ広い街なのに、街には全然人通りがないとか」
「なら、わたし達勝手に入ってもバレないんじゃ!」
「油断はいけません。奴の手に染まった優秀な手下達が、街を徘徊しているはずです」
「見つかったら私達どうなっちゃうの?」
恐る恐るシュカが聞いた。
「まず間違いなく、良い未来は待っていないでしょうね」
きっぱりと、カリバ2はそう断言した。
「な、なんか。帰りたくなってきたかも……」
「今ここにお前が来ただけで、既に今日の目的は半分達成しているんだ。もう一つの目的は、別に今すぐやらなくちゃいけないわけじゃない。本当に帰りたくなったら、その時は帰ろう」
シュカがトタースに来た事で、俺達はもういつでもトタースに来ることが出来る。別に今焦って色々なことをする必要は無い。
「じゃあ、行くぞ」
全員の目を確認して、俺達はトタースへの一歩を踏み出した。
「こ、怖いよお兄ちゃん」
俺の右腕に萌衣がしがみつく。
ちなみに左手は、ミステと手を繋いでいる。いわゆる両手に花ってやつだ。
「あの、目立たないようにしてほしいんですけど……」
じとっとした目で、カリバ2は俺に言った。
「気にすんな。目立つような真似はしないさ」
「いや、その、ラブラブな気持ち悪いオーラが目立ちまくってるんですけど……」
「そんなオーラ出てないっての。にしてもあれだな。こんなに建物はあるのに、本当に誰一人見ないな」
「この街に住む人達は決められた行動以外は出来ない規則ですからね。自由に出歩いたりしないんです」
「なんか、悲しいな……」
まるで操り人形だ。自分の好きなように行動出来ない人生は、果たして生きているとは呼べるのだろうか。
「そうです。悲しいのです。だからこそ、この悲しい世の中を変えなければならないのです」
カリバ2の辛そうな表情を見ると、俺まで悲しくなってくる。早くこの世界を救ってやらないとな。
トタースに来てから結構な距離を歩いたが、結局敵の姿は現れなかった。
「なあカリバ2よ。あの城に倒すべき敵がいるんだよな」
「はい。ですが、今日はあの城に行くのはやめておきましょう。そこまで遠くもないので、しばらく歩けばあそこに着くことも可能ですが、あそこには確実に何百もの人がいるでしょうし」
「だな。出来れば街を徘徊している人を見つけておきたかったが、とりあえずはこっちのトタースが見れただけでも十分だ」
敵の姿こそ見られなかったものの、今日ここに来てしばらく歩いて回ったことは決して無駄では無い。俺達のトタースとこの世界のトタースの違いを、しっかり目に焼き付けることが出来た。
「カ、カプチーノ! 敵が!」
もう帰ろうかと思っていたところで、シュカが声を上げた。
「何!? どこにいいる!」
「あそこ! もうこっちに向かってきてる!」
シュカが指差す方向に、確かにこちらに向かって走ってきている人がいる。あれは――女か!
「お前ら、俺の後ろに下がっていろ。これはむしろ好機だ」
もう一つの目的であった情報収集も、どうやらこれで達成できそうだ。
「カプチーノ様、あれを使うのですね?」
「ああ!」
こいつを落として、情報を吐かせる!
徐々にこちらに近づいてくる女を、俺は立ち止まりじっと待った。
「貴様ら何者だ! ここで何をしている!」
俺の目の前に立つと、女は声を荒げてそう問うた。
「何者だってか? 俺はな、この世界を変える男だ」
「な、何を世迷いごとを! 覚悟しろ!」
女は殺意剥き出しの目で俺を見据え、腰に差していたレイピアを構えた。
いきなり殺す気満々かよ、俺は奴隷には向いてないってか。
ま、そんな気持ち、すぐに変わるんだけどな。
俺は女に向けて、軽くパシッとウインクをした。
これでこの女は俺のものに――
シュン! 落としたはずの女が、俺に向けてレイピアを突いてきた。間一髪で避けたが、状況が把握できない。
どういうことだ? 俺のウインクを見ていなかったのか?
仕方がない。だったらもう一度!
再び俺は、女の顔をしっかりと見てウインクをした。だが――
殺意が、消えていない!?
すぐにまた、俺を突き殺そうと女はレイピアを向けた。
くそ! どうなってやがる!
何度も何度も、俺はウインクをした。しかし、俺を殺すべく連続で突き動かされているレイピアは、止まることを知らない。
やがて俺は、ウインクをするのを止めた。
認めざるを得ない。俺のウインクは――こいつにやっても何も意味が無いということを。