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偽夫婦はじめました。  作者: 伊那
番外編
19/20

数ヶ月後。

 砂埃の舞う荒野があたり一面に広がっている。以前の任務で訪れた惑星ラフタハに似た風景だとセオは感じた。

 全身を武器や防具で固めたセオは、仲間と共に岩影に隠れている。日差しは眩しい。ちらと仲間を見ると、ヘルが頷く。その奥にロジーがいる事を、セオは気にかけないようにしていた。

 敵はこの先の粗末な小屋に潜んでいる。セオは顎を引くと、仲間全員にサインを送る。突撃だ。

 先陣を切るセオが銃を構えて飛び出した。小屋までの最短距離を走る。セオのすぐ後ろをヘルとファスが続く。ロジーとナイツは裏口に回った。彼らはみな、セオが信頼するチームの仲間だ。

 セオたち三人は小屋の前でも一時立ち止まり、突入する。

 銃撃戦がはじまった。最初は相手方もこちらの出方を窺っているのか、セオが焦るほどではない。

 セオはヘルに合図をする。常に冷静なヘルはこれから危険な事をすると思ってもいないような顔で、駆け出す。

 一瞬の隙を縫って、ヘルが敵の一人を動けなくする。セオも銃を撃ちながら小屋の内部へ突き進む。

 後方からファスのむせるような声がして、彼が戦闘不能になったのが分かった。セオは目つきを鋭くする。その間にもセオに銃口が向けられ、彼は動けぬ仲間より自分の身を優先するしかなかった。一時身を隠し、銃を避ける。

 しばらくすると何かがぶつかる音がして、銃撃戦が終わった。ヘルが残りの敵を倒したのだろう。

「セオ」

 多少の事では驚かないヘルの緊迫したような声に、セオは足を早める。

「人数が足りない。ここには三人しかいない」

 残る敵はどこに行ったのか――セオの背筋が粟立った。

「裏口だ!」

 ヘルに何の指示もせず、セオは小屋を飛び出した。

 ロジーとナイツが固めているはずの裏口に行っても、味方はおろか敵の姿もない。二人はやられてしまったのか。セオは焦る。

 冷静さを失わなかったヘルは、セオの見落としていたものを見つけた。

「セオ、伏せろ!」

 遠方の銃口がセオを狙っている。

 セオが反応した時にはもう、遅かった。

 正確に眉間を撃たれ、セオは目を見張るしかなかった――

 世界が、真っ暗になった。




 ブザーが鳴る。

「第二チーム、チームリーダー死亡。第一チームの勝利」

 訓練室の中が明るくなる。さっきまで広がっていた荒野はあとかたもなく消え去り、白い天井と壁が本来の姿に戻った。

 ここはレヴド連邦第二惑星ケーセス、イディル陸軍第五基地。

 セオは小さく唸り声をあげた。

 現在、セオたちイディル第五基地の軍人は隣の第四基地の者と合同演習をしている最中だ。“敵”は第四基地の軍人たち。荒野の任地は本物らしく見せかけただけの映像。銃弾は演習用の、ペイント弾だ。

 これが実戦であればセオは確実に死んでいた。行方不明の仲間に気を取られ、隠れていた敵に撃たれたのだ。

 この日の演習はこれで終わりとなり、監督者の話が済むとほとんどの者が三々五々と歩き出す。

 動かないセオを励ますように、セオチームの仲間は彼の肩を叩いたり「先行ってる」と声をかけたりした。その中で一人だけ、チームのリーダーには目もくれない者がいた。リ=ゼラ=フェイ=ロジーだ。

 ロジーはまるでセオが存在しないかのように、隣を通り過ぎた。同じチームであるはずなのに随分と素っ気なかった。

 セオも彼女にあえて声をかけるような事はなかった。ただ、少しの間だけロジーの背を見つめていた。

 彼女を見つめる作業が遮られたのは、セオの目前に大男が立ちはだかったからだ。現在のセオの直属の上官であるガンドに捕まってしまったのだ。

「最近のお前は様子がおかしいぞ、セオ」

 さっきのは明らかな失態だった。ガンドに言われなくとも、セオも分かっている。上官が“最近”とわざわざ付けた事も耳に痛い。

 苛立ちにも似た、燻った思いがセオを圧迫する。しかしそれを抑えこんで目を伏せる。

「すみませんでした」

「謝罪がほしいんじゃないんだ。このままだとお前は、仲間を率いる隊長としては失格だ。何か悩みがあるのか? 話なら聞くぞ」

 ハーマン人ながらかなりの体格のよさを誇るガンドは、見た目からも頼もしく思える。実際、彼は部下にも親身になり責任感のある頼り甲斐のあるタイプだ。だがセオは、ガンドに何かを相談するつもりはない。他の誰にも話すつもりはない。

 なんとかガンドをごまかすと、セオは一人ロッカールームに向かった。


 着替えとシャワーを終えた男たちは、寮の外で喫煙タイムを過ごしていた。

 他愛もない話をしていたところ、遠くにロジーの姿が見えて、ファスは目を細める。

「……あいつら、破局したのか?」

 ロジーが見えなくなってしばらくしてから、ファスは声をあげた。歩くロジーには気づかなかったが、ワールトはすぐにピンときた。

「最近会話もねえよなあ」

「誰と誰?」

 ロジーの姿どころか、ファスとワールトの意図も見えなかったのはナイツだ。地面に座るナイツは、仲間を見上げる。

「セオとロジーだよ。決まってんだろ」

 決まってる、と言われてもナイツには常識的には思えない。なんとなく納得がいかないながらも、煙草の煙と共に反論を呑み込んだ。

「てか、あいつら付き合ってたの?」

「鈍いなナイツ。ラフタハの任務後から空気違っただろうが」

 勝ち誇った表情でファスは言った。ナイツは眉を持ち上げる。

「さすがモテる男は違いマスネー」

 彼の言う通り、ファスは女性に好意を寄せられる事の多い男だ。休暇の度に違う女性と出かけ、時には相手が一人ではなかったりもする。当然、女性関係のトラブルも絶えない。

「でも破局したんでしょ」

 ナイツはこれまでセオとロジーが付き合っているなど微塵も気づかなかったが、もうそれは過去の話らしい。確かに最近のセオとロジーには会話らしい会話もない。仕事中は普通に話をしているので、ナイツはさほど気にならなかった。

 それにしても、とナイツは思う。セオとロジーが恋人同士をやっている光景が想像出来ない。彼にとって、二人はただの友人か同僚にしか見えないのだ。

 ワールトも途中まではそうだった。セオもロジーも、仲間には親しみをもって接するタイプだ。ワールトやファスにも同じ態度で接していると思っていた。最近までは。

「ただの痴話げんかじゃねぇのお。前からあの二人そういうところあったし、すぐヨリ戻すだろ」

 今のセオとロジーの会話のない姿も、ただの友人同士の喧嘩には思えなかった。ワールトには、元をただせば何て事のない痴話喧嘩のように見える。

「どうかな。ロジーの怒りは根強そうだ」

 分かったような口を利く、プレイボーイのファス。これまでまったく何にも察する事のなかったナイツは彼を向く。

「ロジーがキレてるのか?」

「いや俺はまたヨリ戻すと思うね。二ディリン賭けてもいいぜ」

 二人の破局を認めないワールトが身をのり出す。

「ま、オレも最終的にはセオが折れると思ってるけどな」

 ファスはセオがロジーを怒らせた、と見ている。セオにもセオの理由があって喧嘩をふっかけたので、まだ沈黙しているが、最終的にはセオから謝罪に向かうだろう――これがファスの推理だ。

 結局はファスもセオとロジーが和解すると信じている。

「なんだよファスも元サヤに賭けるのかよ。賭けになんないじゃんか」

 ナイツはどちらに賭けるか決めていないが、仲間がギスギスしているよりは仲良くしてくれた方がうれしい。

 煙草の火を消しながら、ワールトはにやりと笑う。

「じゃあ期間がいつかに賭けようぜえ。今月中に、ヨリが戻ると思うひとー」

 一番最初にその姿を目にしたナイツは息を呑んだ。

「おまえら……」

 怒りとも恨みともつかぬ表情を浮かべたセン=テ=ラング=セオの登場だ。

「げっ、セオ」

 三人は気まずげに視線をさまよわせたり、煙草の火を消したりした。


 同僚に他人の私生活を賭けの対象にするなと説教したあと、セオは彼らに食堂に誘われたが一人自室に戻った。

 他の基地との合同演習で失敗し、仲間と笑って食事をする気分になれなかったのだ。もちろん、セオの恋路をからかう彼らに探りを入れられたくないのもあった。それから――食堂に行ってしまうとロジーに鉢合わせしてしまう可能性がある。

「あいつら、好き勝手言いやがって……」

 セオとロジーの関係性は、恋人同士などではない。だから別れるとかヨリを戻すとか、そういう次元にはない。何もはじまってはいないのだ。

 途中の自動販売機で、炭水化物バーとたんぱく質バー、ビタミンドリンクを買うとセオは自室に引きこもった。

 今日もセオは最悪だった。一番ひどいのは演習での失敗。あれはロジーを死なせてしまったかと焦ったからだ。最近の彼はロジーを以前と同じように扱う事が出来ないでいる。

 ロジーは言った。

『お前の事は受け入れられない』

 セオが、“あの付く言葉”を口にしようとした時の事だ。ラフタハから帰還し、自分の気持ちを自覚してから最初の、二人での任務を終えた時だった。

『頼むから、これまで通り普通にしてくれ。普通の……同僚と同じに』

 まだセオは何も言っていなかった。それなのにロジーは先に、やんわりと断った。

『……俺の気持ちは迷惑か』

 絶対の自信などなかったが、ロジーだってセオをただの友人とは思っていないと信じていた。

『……ああ』

 セオを見ないロジーの声は、いつかラフタハで聞いたものに似ていた。セオがそう思いたいだけかもしれないが、彼女は何か理由があって嘘をついている――。

 彼女が課したものは当然、公私共に以前と――偽物の夫婦を演じる前と――同じ態度をとってくれというもの。だがセオは公も私もロジーの要望に応えられていなかった。

 仕事でなければ想いを隠しきる事など出来ずに彼女を目で追ってしまう。それをやめろと言われれば、変にそっけなくなる。仕事では彼女を傷つけたくないあまりに、判断が鈍ったり作戦より感情が先行してしまう。先程のように。

 どうあってもセオはロジーが関わると以前通りには出来ないし、愛のアプローチをする事さえ許されていないのだ。

 あのキスをロジーが覚えていないというのは本当だろうか。セオは未だに疑っている。受け入れられないと言われた時と同じように、ロジーには何か理由があって忘れた振りをしているのでは。

 セオはもう何度も想像した推理を頭から追い払った。こんな仮定には意味がない。今をもって、セオはロジーに拒絶をされているのだから。

 さっきの演習直後でも、ロジーはセオを視界に入れようとさえしなかった。希望はない。落ち込みたくなどないが、セオは机の上のたんぱく質バーを睨み付けた。




 休日に、セオは仲間内で出かけようと誘われた。同じチームの六人でと聞いて、セオは欠席しようと思った。いくら二人っきりじゃなくとも、今のロジーと共に行動するのはセオにとって楽しい結果にならなそうだ。

 用事があると断りを入れるが、

「えー、最近元気ないタイチョーを励ます会だからセオがいないとはじまらないよー」

 などと言うナイツをはじめ、

「酒が飲めるんだからなんでもいいだろー」

 お気楽なワールト、

「俺ですら行くんだからセオが行かないとか有り得ない」

 妙に譲らないヘルまでが揃って、セオは断りづらくなった。

 五人もいれば、そのうちの一人と話さなくても不審には思われないだろう、とセオは参加を決めた。ロジーは来なければいいと思いながら、それはそれで避けられているのがあからさまでつらいな、とも考えながら。


 残念ながらセオは集合場所でロジーと一番最初に出会った。十五分前行動のセオと、時間にルーズなロジーが待ち合わせ時間の早い段階で会うのは極めて稀な事だった。

「おっす」

 とりあえず挨拶をしてみるセオだが、返ってきた反応は「ん」という唸り声ともつかぬもの。ロジーは普段からこういった手抜きの挨拶をするが、今のセオには挨拶さえ嫌なのかと思えた。

 そして続くは、沈黙。

 待ち合わせ場所は街の中心地からは少し離れた中央公園で、まばらではあるが行き交う人が多い。二人連れの者たちは必ず話をしており、複数名いる者たちなどは大声で笑いあっている。周囲は賑やか過ぎるというのに、セオとロジーはまるで偶然待ち合わせ場所が一致しただけの赤の他人のようだ。

 最初は、時間になってもやって来ない同僚たちをセオたちは素直に待っていた。しかしなかなか誰も姿を見せないので、連絡をとった方がよさそうだと気づいた。

 無言のままセオは、ファスの端末(ワイズ)にメールをする。少し待ってみても反応はないので電話をする事にした。

 何回かけても出ないが、四度目でファスが出た。

『悪い、セオ。ちょっと用事を言いつけられたんだ。オレらは行けねえ』

 まだ職場にいるらしいファスの声は、それなりに申し訳なさそうに聞こえる。

「……オレら?」

『そー。ちょうどナイツたち三人と一緒にいたところを捕まってさ。しばらく……いや今日はもう行けそうにない』

 ファスの言葉を鵜呑みにする程、セオはお人好しではない。

『夜には行けるかもしれないが。食事券送っておいたやつ、もったいないから使えよなー。じゃ!』

 セオが反論する前にファスは通話を一方的に終了させた。

「……あいつら、なんだって?」

 友人同士の楽しい会話は無理でも業務連絡は出来るロジーが訊ねるので、セオは眉間にしわを作る。

「来ないって」

「……ああ?」

 チンピラもかくや、という不満げな声のロジー。彼女だってファスたちの思惑が分からないほど鈍感ではない。

 セオは頭を抱えたくなった。

 つまりは、チームの仲間にセオとロジーの関係性が上手くいっていないのならば仲直りの場を設けてやろう、と思われたのだ。俗っぽく言えばデートのセッティングをされた。

 セオにしてみれば、余計なお世話どころかロジーを苛立たせる行為にしか思えない。

「……じゃあ、今日はもうお開きだな」

 案の定ロジーはセオと話し合いの場など必要としていない事を遠回しに伝える。

「そう、だな」

 気まずいセオにとってあまり喜ばしい状況ではないが、すぐに帰りたいわけでもない。だがロジーはセオが呼び止めても帰ってしまうだろう。同意するしかない。セオは肩を落とした。

「パパ……っ!」

 その時、セオの足に訪れたとても小さな衝撃と、拗ねたような声が彼を動けなくさせた。

 足元を見下ろすと、セオの足に抱きつく小さな子供がいる。まだ三歳かそこらの、小さな小さな女の子だ。

「パパ……?」

 訝る声はロジーのもの。思わず顔を上げると、ロジーは気味の悪いものを見る目をしていた。身に覚えのないはずのセオでも、ひどく後ろめたくなるような眼差しだった――。

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