14 侵入
オレンジがかった照明の光が、会場のあちこちをきらびやかに照らしている。ラフタハやケーセスの重要人物たちが夫人や知人を連れて談笑する。
セオは一度ロジーと離れて行動していた。男性用トイレと女性用トイレが別の場所にあったので、それを理由に大使館の建物内部を別れて探索する事にしたのだ。
セオは利用者を装ってトイレもチェックしたがいたって普通のトイレだった。
洗面所の鏡で、セオは自分がいかに眼鏡が似合わないか思い知った。身長が高くいかにも体育会系な見た目の男が、眼鏡をかけると笑えるものらしい。変装の話が出た時に眼鏡装着姿を見せたらセオはロジーに爆笑された。
とにかく今は任務だ。鏡の中の男へ小馬鹿にした視線をやり、セオは蝶ネクタイを正してトイレを出る。
招待客がうろつける部屋からそうではない場所まで、セオは咎められない限り進んだ。
ケーセス大使館は地上二階、地下一階の建物である。大使館には公にはされていない地下研究所への道とは別の地下があるとは知っていたので、セオは何食わぬ顔で階段をくだった。
ルジェラの記憶とカストの情報収集で、大使館の間取りはすっかり分かっている。しかし、セオは調査では出てこなかった扉を見つけた。
セオはすぐに眼鏡型端末で、仲間と連絡を取る。
『そこに、ドアなんてないはずだけど……。もしかして、そこがけんきゅうじょへの、入り口……?』
カストはすぐに応対した。彼は別所にて端末を使いセオたちの支援にあたっている。
念のためルジェラにも確認をしたかったが、返事はなかった。セオはとにかく、ロジーと合流する事にした。
本来職員以外立ち入りが禁止されている殺風景な地下から一階に戻ると、明かりが眩しい。セオは目を細めながらもロジーと別れた場所に戻り、彼女の姿を探す。
いくらもしないうちに見つけた赤いドレスのハーマン人女の隣には、ラヴァラド人男の付き添いがいた。その男の手がむき出しの彼女の肩に触れているのを知り、セオは表情を険しくする。
ロジーは俯いて、上半身が傾きかけている。パーティ準備中に飲んだ最後の薬の効力が、切れたのだ。それであんな風に体をかしがせて、男に言い寄る口実を与えている。
セオはすぐさまロジーに向かって会場を横切る。ロジーとラヴァラド人男の周りには、美しいハーマン人女性をちらちらと窺う他の男までいた。
セオが拳を握った瞬間、ロジーはラヴァラド人男の耳元に唇を寄せる。何かささやいたのはロジーだ。
男は、ぱっと手を放すと気まずげに立ち去って行った。
気の長くないロジーの事だから武力行使にでも出るかと思えば、ナンパ男を言葉だけで退散させる事が出来るとは。セオには意外でしかない。
「大丈夫か?」
ロジーのそばに立ち、二つの意味をこめて尋ねたら、彼女はにやりと笑った。少し、顔色が悪い。
「ある拷問のやり方を具体的に話したらビビってんの、あのぼんくら」
「お前は何を言ってるんだ……」
ドレスの似合う若い娘が微笑みながら使うような単語ではない。セオはとても残念な気持ちになった。
「ああいうのには口説いてる相手がサイコパスだと思わせる方が手っ取り早いんだ。ヘタに怒りを買うとメンドーだし」
ロジーがナンパ男のあしらい方を充分に承知していると知って、セオはいささか複雑な気分になる。男を殴るようなつもりはなかったが、握った拳の行方もなく、奇妙な思いを持て余す。せめてセオは固い拳をゆるめる事にした。
「体調の方はどうなんだ?」
赤い口紅とチークのお陰で病人のようには見えないが、セオにはロジーが時折目元をひきつらせるのが分かっていた。
セオはロジーの体を支えようと手を差しのべるが、彼女は寄り添ったりはしない。突っぱねるようにセオの胸に手の平を当てると、苦い顔で相手を見据える。
「……セオ。ひとつ言っとくが……」
ロジーは息を吸った。
「あたしを、庇ったりなんかするなよ」
苛立っているのではない。自分に必要のないものを断る、毅然とした眼差しだ。
「お前は“創成計画”について知って同情的になってるだろうが、戦闘であたしを庇ったりなんかしてみろ、あたしはお前を許さないからな」
それではまるで、成人した大人を乳幼児のように扱うのと同じ。
リ=ゼラ=フェイ=ロジーは、誰かの助けなしには生きられないような存在ではない。たとえ不当に押し付けられた“計画”が彼女を押しつぶそうとしていても、簡単に折れたりはしない。最初から諦めて他者を頼ったりは、しない。
「これは、あたしが自分の手で成し遂げないといけないんだ」
ロジーという人物はセオがいなくても一人で生きていける。セオも分かっている。彼女は守られるだけの人生など求めていない。
――それでも、彼女を守りたい、すべての災厄から遠ざけたい、と願ってしまう。それは計画の事を知ったから、だけだろうか。
セオの拳はふたたびきつく閉じられる。
「そんな叱られた子供みてーな顔すんなよ。お前を頼りにしてるからこそ、対等な位置で任務に臨みたいんだ。分かるだろ?」
小さく笑って、ロジーはセオから手を放そうとした。その手を捕まえて、セオは胸の痛みをやりすごす。
「……分かった。いや、分かってる」
手をつないでもロジーはセオを振り払わないので、彼は眉を寄せたまま口角を上げる。
「頼りにしてるよ、相棒」
隠し扉らしきものを見つけたとロジーに伝えると、彼女はすぐに現場に向かおうと応じた。セオもそのつもりで他の仲間に連絡をした。カストたちバックアップ組に異論はなく、ダッタはルジェラがケーセス大使である父親から逃げていてそれどころではない事を教えてくれた。それでさっき彼女は連絡がとれなかったのだ。
前日までにルジェラが隠しておいた荷物を持って、セオとロジーは地下一階に向かった。
途中、大使館職員らしきハーマン人男に「地下への立ち入りはご遠慮いただいていますが」と追い出されそうになったので、セオは相手に静かにしてもらった。麻酔針の仕込まれた小さな器具をもって職員を眠らせ、廊下にあった掃除用具入れに放り込む。
そして見取り図にはなかったはずの扉の前に立つ。
「開くか?」
「いや、ロックされてる」
その扉にはカードリーダーがついていて、鍵となるIDカードが必要とされていた。ロジーはルジェラの鞄をあさり、IDカードを見つけ出す。ルジェラが大使館職員の一人から拝借したカードだ。
カードを読み込ませ鍵を解除すると、扉は開いた。二人は早速中に入るが、そこには狭いトイレがあるだけだ。手洗い場と、扉を隔てての個室が一つあり、便器が置かれている。
セオとロジーは手分けしてトイレ内部を探りだす。この部屋は本当にトイレとして機能しているようで、なかなか不自然な点は見つからない。
そのうちロジーがトイレットペーパーホルダーを押すと部屋は揺れ、ドアが自動的に閉まった。ガタガタと揺れが続きエレベーターの下降にも似た感覚が訪れる。
どうやら当たりのようだ。セオはロジーと顔を見合わせる。この狭い部屋は移動手段のひとつで、地下研究所に向かっているのだろう。
下降が止まった後、セオたちは着替える事にした。パーティに似合いの服は動き回るには不向きだからだ。
セオが気を使ってロジーに背を向けたというのに、ロジーはさほどの距離も取らずに着替えようとしたので彼は注意した。個室があってドア一枚で隔てる事が出来るのに何故使わないのかとロジーに言うと、彼女はその手があったかと言わんばかりの顔をした。まったく常識のないとセオは呆れた。
とにかく二人はドレスやタキシードという夜会の出で立ちをやめた。セオは上着とタイを外し靴を履き替えたぐらいだが、ロジーはTシャツとややゆるいパンツと動きやすい靴に替え、ウィッグを取った。
一般人を装う必要があったのと、入惑星審査が厳しいため武器の調達は現地でした。
セオは彼が独自に用意した光線銃一挺をロジーに使うか尋ねたが、彼女はカストたちの用意した旧式銃があると断った。旧式銃は元々ダッタが持っていたものと、今回の潜入に備えてカストが手配した二挺がある。支度を終え、二人はトイレを出た。
隠し部屋の外に出ると、ラフタハでは珍しい白い壁が広がっていた。継ぎ目のない廊下はレヴドやケーセスの建築様式に似て、科学技術までレヴドに追いついているかのように見える。
地下研究所は、かなり広い空間だと二人は聞いていた。この場所はまだその一端に過ぎない。
静かな空間で誰もいないが、この先ではセオとロジーは歓迎されないだろう。
二人は、どちらからともなく視線を交わすと歩き出した。
上着を脱いだ時に襟元を緩めていたセオだったが、更にボタンを外すと腕まくりする。
横目で見たロジーの顔が、苦痛をこらえるような表情になっているのでセオは彼女を気遣わないようにしなければならなかった。何しろ彼女はまだ一人で歩ける。庇うなと言われたばかりなのだ。
「素朴な疑問なんだが」
今更だと知りながら、セオは尋ねずにはいられなかった。
「被験者にならずに済む方法はなかったのか?」
この話はあまりしない方がいいのだろう。ロジーが嫌そうな顔をするのはセオに予想出来ていた。
「あんま言いたくねえんだけど」
顔を向けてロジーの様子を窺うと、セオはいつもとほとんど変わらない格好のロジーに、いつの間にか安堵している自分に気づいた。ウィッグのない短い赤茶の髪の方が、彼女によく似合っている。
セオが、それならいいと言い返す前にロジーは観念した。
「選択肢は……なかった。計画について話をされたあとでは、被験者になるか死を選ぶしかなかった。まあそうだよな、計画の事は外部にもらすワケにはいかねーから、口封じは必要だ」
“新ハーマン人創成計画”の事はは軍上層部のごく一部しか知らない。知る者は監視され、怪しげな行動をとればすぐに身柄を拘束され、必要と判断されれば処分される。被験者もほとんど同じで、地位もないとるに足らない被験者候補は殺される事だってある――。
これが、ロジーが手術に臨む前に聞かされた話だ。
ロジー本人もその監視がどこまでのものかは知らないが、計画を知るディスもロジーも見張られているのだ。
セオは左手を持ち上げ、彼女の短い髪をくしゃりと撫でる。ロジーの短髪はセオが思っていたよりやわらかい。そのまま彼女の体を引き寄せたくなるのを我慢し、セオは手を放す。
「……とっとと任務を終わらせて、帰るぞ、ケーセスに」
生きて、帰る。
生き延びるために。
それがロジーの、セオの決意。
任務に向かう時はいつだってそう思い、今回も同じだったが――ケーセスを発つ前では重みが違う。少なくとも何も知らなかったセオにとっては生きて帰る事の意味が変わっていた。
「ああ。薬も足りない事だしな。早くもらいに行かねーと」
風邪薬でも取りに行くかのような気楽さでもってロジーは言った。
だが彼女の顔色は悪くなる一方だった。
白い廊下を進むうちに、閉ざされた扉に行く手を阻まれる。カードリーダーが設置されているのでセオはまた大使館職員のIDカードを読み込ませる。
しかしカードリーダーは異常を訴えるような不快な音を上げただけで、扉を開けなかった。向きが違ったかと繰り返しカードを差し込むが、扉は開かない。今度はロジーがIDカードを持ち、読み込ませようとする。三度目で異常な音が続けて鳴るようになった。
「ちっ、こいつのカードじゃ開かないのか」
舌打ちして、ロジーはカードを放り投げる。
「一般職員クラスじゃ地下内部までの立ち入りは禁止されてるって事か」
言ううちに、廊下に警告音が鳴り響く。
『個人情報認識機の異変を感知しました。担当者は早急に原因の究明に向かってください』
アドス語に続きトペレンサ語でも放送される、機械的な女性の声。
「侵入者発見、ただちに出動せよ。ってとこか」
ロジーが片方の口の端を持ち上げて意訳した。
「まだ侵入してもいないがな」
「それもそうだ、なっと」
言いながらロジーはカードリーダーに向けて旧式銃を撃った。実弾を何発も撃つと機械は破壊された。鍵の機能を持ったカードリーダーが壊れると、扉はゆっくりと隙間を開ける。セオがそれを手でこじ開ける。
二人はそれぞれ銃を構えて扉の中に入り込む。
『第九区画で設備の破損を確認。第九区画には武装した人物がいる可能性があります。一般研究員は室外に出るのを控えて下さい。繰り返します、第九区画で――』
やまない警告音を背後にセオとロジーは地下を進む。
途中、初めて人影に出会ったが非戦闘員らしく、二人の手にした武器を見て悲鳴を上げた。セオは白衣を着たそのアドス人男を退かすため、銃口を壁際に向けて二度振った。相手は壁に張り付くまでもなく逃げ出した。
その次の瞬間、武装した警備兵らしき男たちが一気に押し寄せる。セオたちは反射的に死角に逃げる。警備兵たちは警告なしに発砲してきた。
あちらは旧式銃の弾丸を惜し気もなく放ってくる。ケーセスでは博物館に飾られてもおかしくないようなものを、ああも無駄遣いするとは。益体もない事をセオは思った。
「そういえば、地下に着いたってカストに報告しなくていいのか」
ロジーが廊下の角から旧式銃を撃ち、警備兵を戦闘不能にする合間にセオを見ずに言った。
「それが、通信が遮断されているらしい。地下研究所に入ったからかは分からないが連絡をとろうとしてもとれない。この地下では端末は通信手段としては使えなさそうだ」
セオも光線銃で敵を撃ち倒す。未だに装着している眼鏡型端末でセオはもう一度通信を試みるが、つながらない。
「そんなもんか。ま、最初からあたしたちだけでやるつもりだったしな」
上半身を乗りだし、ロジーは射撃で立っている警備兵の数を減らしていく。
セオも旧式銃の性能を試そうと武器を持ちかえ、警備兵の様子を探るため顔を向ける。しかし旧式銃を向けた先に警備兵はいなかった。みな、床に転がっている。
二人は幾人かの警備兵をまたいだあと、警備兵の服を探りはじめる。弾の入った旧式銃や古い型の無線機など、使えそうなものがあればもらっていく。
倒れた警備兵のゴーグルをひとつ持ち上げたセオは、眼鏡を外して装着してみた。操作をするうちにゴーグルはかなり性能のいい端末だと分かった。広域な地下研究所内の見取り図まで出てくる。通信機能を試してみたが、外部との連絡は取れない。
「ダメだ、指紋認証でロックされてる」
見ると、ロジーも他の警備兵のゴーグル型端末を試しているところだ。
「……こいつは指紋認証を設定し忘れたみたいだ。持ってろ」
ゴーグルをロジーに放り投げると、セオは他に使える端末はないか探す。結局見つからず、荷物チェックを終えた。
さすがに新型兵器の場所までは表示されていないが、地図があるなら探索がだいぶ楽になる。ゴーグル型端末をひとつでも手に入れられたのは幸運だ。二人はまた動き出した。
道中、廊下や扉から非戦闘員が現れる事もあったが、彼らはみな無謀な事はせず来た道を引き返すか扉を閉めた。警備兵の到来もあったが、新たに手に入れたゴーグルのお蔭で敵襲を早急に察知する事が出来、突破するのも早くなった。
最初は道なりに進めばいいだけの一本道だったが、二手に分かれる道にやって来た。ロジーは立ち止まる。
「どうする?」
なんとなく、セオにはロジーが分かれて捜索したがっているように思えた。だがセオは彼女を一人にしたくはない。
セオは迷った。一度ロジーにゴーグルを返してもらい地下研究所内の見取り図を確認すると、二手に分かれたあとも何度も分かれ道が広がっている。いずれこの時は来るのだ。いつまでも母親のようにロジーの後をついて回る訳にはいかない。
「お前は右に行け、俺は左に行く。連絡はこの無線機で。次の場合には合流だ。ひとつ、どちらかが一人での戦闘が困難になった場合。ふたつ、ベバハルを見つけた場合。みっつ、新型兵器に関するものを発見した場合」
眉の寄ったロジーは頷いた。
今一度互いの装備品を確認して、二人は別々の方向を向く。
「じゃあまた後でな」
学校の休み時間に交わす挨拶のようにロジーは軽く言い放つ。
その時、えもいわれぬ不安に襲われ、セオは振り返った。ロジーはいつもと変わらないような歩き方をしている。
セオには彼女の体調がどれだけ悪くなっているのかは分からない。分からないからこそ恐ろしく、これが長い別れのように思えた。
一人にしたくない。ならば――セオのする事は一つだけだ。迅速に任務を終わらせるだけ。ロジーの足音が聞こえなくなった頃、セオは背中を押されたかのように走り出した。




